第一話 異端の英雄
「ふんっ。」
息遣いが剣戟と共にあたりに響く、最後の一匹が悲鳴を上げ、あたりには焼き焦げた死体が散らばっている。
「ここ一体の掃除はもう終わったかな。」
アーデン・クロイツは周りを見回しながら独り言を呟いた。ここは田舎町のカンナス、その外れだ。
エリーの加護もここまでは届かない。魔物がうろちょろしてる場所なんて、よっぽどのようでもなければこないだろう。
「帰るか。」
アーデンは大剣を担ぎなおし、町へと戻った。
「今日もお疲れ様です。クロイツさん、あとで商会の方から報酬を受け取ってくださいね。」
俺から魔物の討伐報告を受けたエリー・マグノリアはいつもの笑顔で応対した。彼女は中央の聖教会から派遣されてきた巫女だ。
巫女は魔物を寄せ付けない「加護」の力があるから、本来ならわざわざ俺が魔物の討伐なんかしなくても町人の安全なんて守れるんだが、巫女は数が少なく、質も玉石混交だ。
こんな片田舎に派遣される巫女がだだっ広いカンナス全体を覆えるほどの能力を持っているわけもなく、戦闘能力だけはあるはぐれ者の俺に化け物退治の依頼が回ってくるというわけだ。
「武具の調子はどうですか?かなりの間同じものを使っていますけど、壊れる前にちゃんと替えた方がいいですよ?」
「ああ、考えておく。じゃあな」
「ええ、またよろしくお願いしますね。」
俺は不愛想に教会を後にした。エリーには世話になっているが、あそこは俺が長居する場所じゃない。巫女の加護の影響で、町は教会を中心に建物が建っている。もう慣れたが、遠巻きの冷たい視線なんて自分から積極的に受けるものじゃないだろう。
ネペンテス商会は町の中心から少し外れたところにある。魔物を素材を扱う商会だけあって周りには誰もいない。
「ジャック、いるか?」
俺はドアを開けながら支店長の名前を呼んだ。ジャックは裏から出て聞くると元気そうに手を挙げる。
「よう英雄殿!今日も大活躍だったそうじゃないか、資材の連中が文句言ってたぜ。」
「その呼び方やめろ、今日は報酬をもらいに来ただけだ。」
「もちろん準備できてるよ。売れそうなのはラジットの骨と瞳、あと肉かな、殺すときにもうちょい火の加減ができないのかい?
ラジットの皮は防寒具として結構人気あるんだぜ?」
ジャックは銀貨の入った袋をテーブルに出しながら今日の仕事の精算を行った。
「群れ相手に手加減しろっていうのかよ。こっちだって命はってんだぞ」
倒した魔物の状態に文句があるらしくジャックはいつもより不満げだった。友人の身の安全よりも素材が高値で売れることの方が大事らしい。
「気を悪くしたなら悪かったよ。お詫びに、、そうだな、お~い、エルン。彼の武器のメンテナンスをしてくれるかい?」
店の裏に向かってジャックが声をかける。エルンはジャックの妹で、ここで鍛冶の仕事をしている。髪の色も性格も兄弟とは思えないほどに違う。俺は密かに拾ってきたのではないかと思っているが、さすがに口にしたことはない。
「わかりました。お兄様」
エルンはいつも通りの静かな声で店の裏から出てきた。俺は武器を机に置くと、エルンは軽々と持ち上げて裏に戻っていく。
「普通の子なのにたいしたもんだな」
「あの髪で神の子なら、君と同じ立場だ。家族としては喜べないね。」
異端の英雄。かつてこの地にいたという神々の因子をその身に宿す者。金髪で片方の目が金なら英雄として皆から羨まれる存在だ。しかし、俺の髪は赤と黒、エルンは銀髪だ。髪の色が違うだけで教会からは異端として扱われる。教会の迫害対象に愛想よくするほど、大衆は強くはない。
いつの間か酒をもっているジャックは二つのグラスに酒を注いでいる。
「金を取るならいらんぞ。」
「まあそういうなって、仕事終わりの一杯は大人の日課だろ?」
「俺はそもその飲まんし、お前は仕事中だろ。」
「丁度酒の肴にぴったりな話があるんだよ、接待だっと思って付き合いな。」
仕事と言われるとさすがに弱い。はぐれ者の俺がここで生活できているのは、間違いなくこいつとエリーのおかげだ。
「長くなるなら帰るからな。」
「メンテが終わるまでは待てよ。今フロイズで英雄を集めてるって話なんだが、噂じゃ聖女様の花嫁候補を探してるって話だ。」
フロイズは中央にある聖都だ。今の第一聖女のヘウルア・アンネローズは聖都全域をカバーするほどに加護の持ち主で、教会のシンボルとされている、らしい。
「英雄を集めるもなにも、聖都にいる英雄の中から選べばいいだろうに。教会の考えることはよくわからんな。」
「それが、聖女自身の我儘らしくてな、聖都の英雄だけじゃだめな理由があるんだろ、そこでだ。お前聖都に行ってみる気はないか?」
ジャックの一言に、思わず口に含んだ酒を吹き出しそうになった。
「、、、?は?何を言ってんだお前は?」
酔っぱらいの冗談かと思ってジャックの顔を見ると、ジャックはいつもより数段まじめな顔で話を続けた。
「ここだけの話、今の聖女は異端の英雄に対する教会の姿勢に反対の立場だ。俺は我儘の理由がそこにあると思ってる。アーデン、お前だって今の境遇に不満がないわけじゃないだろ?ウチの親父が捨てられたお前を拾ってなきゃ、お前はとっくに餓死して死んでた。
エルンだってそうだ。あいつのことは必死に隠してるが確実に神の因子が混ざってる。あいつが結婚した時や子供ができたとき、今のままじゃ何が起こるか分かったもんじゃない。教会が今の方針を変えるってんなら今しかねえんだ。」
「もし仮に、俺が聖都に行って聖女にあったところで、ほんとに花婿になれると思ってんのか?」
「婿になれなかったとしても、現状を変える、一歩になるって思ってる。」
酔っぱらいの与太話の範疇だと思う。だが、これほど真剣な友人を前にしてNoと言えるほど薄情でもなかった。
「町の魔物はどうすんだ。エリーじゃ町全体をカバーできないんだぞ。」
「それについてはもう考えてある。エルン、例のエーテルを持ってきてくれ。」
目の前の友人はいつもの陽気な表情に戻ると、大声で裏のエルンを呼んだ。エルンは俺の大剣と妙な液の入った瓶をもって出てきた。
「はい、お兄様。それとクロイツ様の武器のメンテナンスも完了しました。これでアンジャーの討伐にも耐えるかと」
「アンジャーだと、、、?それにその瓶は?」
アンジャーは大きな猿の魔物だ。普段村の周囲に現れることはないが力が強く、危険度はラジットの比ではない。
「これはアンジャーの体水晶から生成した増強液だ。神の因子の効果を高めることができる。効果は永続じゃないが、一体丸々狩れば、お前が町を離れてる間くらいは余裕で持つはずだ。」
俺が離れても町を守る秘策、俺が使わないならこの町であと使えるのは二人しかいない。
「お前、エリーにこれを飲ませるつもりか。」
「あいつも町の巫女だ。自分の力だけで町を守れるなら、それが本望だろ。それにあいつはこっち側の人間だ。きっと協力してくれる。もしそうでなかったとしても、俺が説得するさ。」
「クロイツ様、アンジャーの大体の位置はすでに把握しているので準備ができましたら声をかけてください。」
エルンは巨大なハンマーを持って出てくると言った。自身で改造したものらしく、バーナーらしきものがついている。俺の前まで出ると、いつもよりはっきりとした声で言い放った。
「私も同行します。」
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