棄民の園

霧継はいいろ

第一章 聖女の花嫁 

黎明編

第〇話 教会に咲くバラ

「私がきっとみんなにあなたを認めさせるから!」


離れているその子は唇をかみしめながら離れていく、追いかけることも抱き寄せることもかなわない。だってそれが大人たちの決めた意思だから。私は小さくなっていくあの子の背中を大人たちに囲われながら眺めていることしかできなかった。


「ヘウルア様、ヘウルア様!起きてください!」


侍女のコールを受けてヘウルアは静かに目を覚ます、体を起こすといつもの起床時間をとっくに過ぎていることに気づいた。侍女達は服、化粧品を運びながら次々と部屋に入ってきて、慌ただしくヘウルアの朝支度を始める。先ほどヘウルアを起こした侍女がヘウルアの髪をとかし始めると彼女に向かって話し始める。


「いつも私たちが来るよりも前に準備を済ませているものですから、すっかり油断していましたわ。」


「ごめんなさいシモーヌ。とても懐かしい夢を見ていたのよ。」


「悲しい夢なら、仕方がありませんね。しかし、民衆の前で泣き顔など見せてはなりませんよ。カミュル、いつもより厚めに塗っておいて頂戴。」


シモーヌと呼ばれた侍女はヘウルアに化粧を施していた侍女に言い伝える。カミュルは了解すると、テキパキと化粧をこなしていく。


「泣き顔?私泣いていたかしら。みんなの前で顔に出なければいいのだけれど…。」


「ご不安は承知しましたが、時間がありません。みなすでに集まっておりますので。」


支度はすでに整い先ほどまで寝間着だった暗い雰囲気の少女はそこにはなかった。白のドレスに身を包んだヘウルアは頷くと立ち上がり、寝室を後にする。




侍女達に連れられ、私はいつもの演台へと到着した。すでに通りからの自分の名を呼ぶ民衆幾人もの声が聞こえ自然と体が熱くなっていく。胸に手を当て深く息を吐く、息と同時に不安や緊張が吐き出され、体の奥底から光が湧いてくるのを感じた。私は数歩踏み込む。民衆たちの姿が見えたところで、彼らからの歓声で通りは満ち満ちた。私は歓声に右手を挙げて答えると、この場の全員、いや聖都全域に聞こえるように声を張り上げる。


「栄光ある聖都フロイズの民達よ、太陽は慈愛を持って皆を照らし、風は皆に栄誉と好転をもたらします。今日も教会に集う皆の祈りが闇を退け、この聖都を覆っています。光輝く聖都その一つ一つがあなた達の信仰の証なのです。祈りなさい、さすれば私と教会が未来永劫の安寧をお約束します。」






湧き上がる歓声の中、ヘウルアは微笑を返すと演台を降りた。すると廊下から修道服を着た少女が私めがけて突っ込んでくる。


「ヘウルアお姉さま~!」


少女はヘウルアに抱き着いたまま顔を上げるといつものように興奮した面持ちで話し始める。


「今日もすっごく素敵な演説でしたよ!いつもより神々しいオーラであふれててなんかこう…すごかったです!」


この子はアリエル・エーデルワイス。二代前の聖女の娘で教会で暮らしている。ヘウルアと血のつながりがあるわけではないのだが、この子はヘウルアをお姉さんと呼んでいる。ヘウルアはアリエルの手を握りながらしゃがむと、彼女と目線を合わせる。


「ありがとうアリエル。でもまた朝の講義を抜け出して来たの?ちゃんとお勉強しないと立派な聖女になれないわよ?」


「でも~アルべリヒの授業って難しくって何を言っているのかさっぱりなんだもの!」


ヘウルアがアリエルをなだめていると金髪の青年が何かを探しながらこちらに向かってくる。彼は手前にいるアリエルに気づくと申し訳なさそうに小走りで近づいてくる。


「やはりここでしたか、少し目を離した隙にいなくなってしまって。申し訳ありません。」


「いいのよアルべリヒ、この子に会うことが出来るのは私にとってとても大切なことですもの。今から執務室に向かうところだから教室まで一私も緒に行くわ。さあ、行きましょうアリエル。」


教室への道すがらアルべリヒが声量を落としてヘウルアに話しかける。


「教皇様からのあのお話、聖女様はどうお考えですか?」


「ウォーレンハルト騎士隊長との婚儀についてなら、まだ考えています。彼自身は尊敬に値する人物ですが、教皇の意図を考えるなら慎重にならざるを負えません。」


ウォーレンハルトは教皇の家系の人物である。現在、教会内の勢力は教皇と聖女であるヘウルアが二分する形になっている。本来聖女は教会の象徴としての側面を持ちつつも内政に干渉するほどの力を持ってはいなかったが、今代のヘウルアは歴代の聖女の中でも類を見ないほどの加護の持ち主であり、肥大化する聖都を支える上で、教会上層部はヘウルアの顔色を窺うを必要があるのだ。しかし、教皇がこの婚儀によって増長した聖女側の勢力を取り込み教会の権力を掌握する算段なのは間違いない。


「教皇様は根っからの異端排斥派ですから、このまま政策の急進させたいのでしょうね。」


ヘウルアはしばらくの間、あごに手を当て考え込む。三人がアルべリヒの教室についたとき彼女は一つの結論を導き出した。


「このまま黙って飲み込まれるわけにはいきません。アルべリヒ、広報の者数人にあとで私の部屋に来るように知らせてもらえますか?」


アルべリヒが意図をくみ取れぬまま了解すると、ヘウルアは急ぎ足で教皇の部屋に向かう。彼女が教皇の部屋のドアを開けると、教皇は本棚に手をかけながら彼女を見た。


「おや、聖女様。面会の約束はなかったと思いますが、いかがなさいましたか。」


教皇は驚いた様子もなく笑顔をヘウルアに向けると、ゆっくりと席に着いた。大方彼女が来ることを予想していたように見える。


「おはようございます教皇。先日のお話しについてのご返答をと思いまして。」


「なるほどなるほど、それではウォーレンハルトとの婚儀について、お考えいだだけましたかな?彼は家柄も良く、騎士隊長を勤め上げるほどの実力と名声を兼ね備えた男です、これ以上あなたにふさわしい男はこの国にはいないでしょう。」


教皇はなおも笑みをこぼす。だが今ヘウルアが考えていることの一ミリも彼は予測ができてはいなかった。


「確かに、ウォーレンハルト隊長は素晴らしい人物です。ですが、私に最もふさわしいかどうかは試してみなければわかりません。それに象徴の夫となるこいうことはその人もまた象徴となるということ。このアテナは広い。数多の英雄たちを比べれば彼より象徴としてふさわしい人物が見つかることでしょう。」


笑顔が張り付いたままの教皇をよそにヘウルアは続ける。


「私が直々に花婿の選定を行います。」

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