【タツミーホーム会議】
【タツミーホーム会議】
日本のCCRC構想の一歩も二歩も先を行くこの島では【働かざる老、住むべからず】が法的に決められ、高齢社会に未来を担う一大実験場と化している。
つまりこの二人は【緑のおばさん】ならぬ【緑のおばあさん】として働いているのだ。【労老特区】のこの島では健康な状態で移住して3年以上、健康な内はその人が、できることを、できるときに、できるだけ、働けば、その後たとえ寝たきりになっても、新薬の治験、療養食・ベッド・衛生用品・介護用品の【モニター】として各開発企業から賃金が出るシステムになっている。賃金収入とはいうものの実際は入院費や介護費、税金でトントンになってほとんど手元には残らないが、安心して最高水準の医療・介護が受けられるのだ。それこそが、この巽島が【永住したい田舎】三年連続NO,1の理由の一つである。ただし、唯一の移住者用施設【タツミーホーム】はあまりの人気のため、全国から平均、3年から5年といわれる入居予約待ち状態が続いている。
きっかけは行きつけの眼科医に置いてあったパンフレットだった。
白内障の名医がいるこの「巽先進医療総合病院」で行っている対外サービスの一つで、最上階が温泉になっている「タツミーホーム」のゲストルームに宿泊して3泊4日で白内障手術が受けられるというのに申し込んだが、何かの手違いで気が付けば、7階の角部屋にトントン拍子で入居手続きが済んでいた。
他人様も羨むその7階南東角部屋はハマ1人には広過ぎる。
夫婦で入居もできるよう3口のIH付きキッチンとバストイレは当然別で、6畳の寝室と12畳のリビングの1LDKは通常のマンションよりも全てに余裕のある作りで36平米。
完全バリアフリー化されていて、可動式の間仕切りを畳めばちょっとしたホール並の空間になる。
それと外にはL字のバルコニーが15平米。
オーシャンビューというには海より1.5kmほど離れている孤島の高台の7階からはスーパーオーシャンビューを通り越してアースビューと言いたくなる程の広大な視界が開けている。
その部屋の主人であるハマは趣味で集めていたバラバラな色形の小さめのカップに淹れたてのコーヒー7杯注いで、今回集まった6人に、みんなのお土産の中から適当にオーガニックチョコレートやらナッツやらクッキーやらを小皿に盛りつけたものと一緒に配って回った。
急遽、施設の会議室から運んでもらったテーブル4台を四角く並べただけの即席会議円卓のそれぞれの前にはパソコンのモニターが置かれ、WEBカメラで繋がったさらに1人を入れて9人が小さく分割されていた。
「錚々たる顔ぶれね。皆さん、今日はそちらに行けなくてごめんなさい。ちょっとこちらも立て込んでいて」
大統領執務室から直接オンラインで参加しているアメリカ初の女性大統領ヘレンが声をかけた。
「実際に目の前にいるのに、こっちにも映ってるって、変な感じよね。」
キッチンに一番近くて、羽根付きの白猫のぬいぐるみが置いてあった自分の席に腰掛けながらハマは集まった【龍人】達を見渡した。
皆それぞれ自分の【龍】を小さなぬいぐるみサイズにして伴っている。
【(白魔女)シャルロッテ】は輝白のユニコーン【ニコル】を純白のロングドレスの胸に抱きまるで少女のように微笑んでいる。
【(黒龍の王)ナサニエル】は漆黒のドラゴン【シーヤー】を威風堂々と真黒な仕立ての良いスーツの肩に乗せてシャルロッテに熱い眼差しを送っている。人目を惹く広い額に後退した黒い巻き毛と黒い瞳に黒い口髭の三流コメディアンのような顔。
新龍人の【ポーラ】は金色の羽根付きライオン【マルコ】をテーブルの上に置いて、お菓子(の気)をこっそりマルコに食べさそうとしている。【龍】は基本的に(気)のみを摂取するので、龍が食べた後は神棚仏壇にお供物したもののように味気がなくなるのだ。
同じく新龍人の【マリー】の黒い羽根付き柴犬【チビクロ】は、嬉しそうにマリーの頭の上で輪を描いてパタパタと飛んでいる。
そして一番新しい【龍人】。
ネイティブの青年【アーロック】は突然の師匠の死に、未だに目を真っ赤に腫らしながら、手のひらで黄金色の羽根付きサバクツノトカゲ【ヤツィ】が勝手におしゃべりをしないように押さえ付けている。
この巽島の主である【トワ】と、前回の東京でハマとポーラがお世話になった【キミコ】はそれぞれが違うぬいぐるみをテーブルの上に置いていた。
「トワさんのは、それ?」
「そうなの、ハマちゃん。キミコさんがさっき、東京から持ってきてくれたの。」
「メーカーに言って急いで作ってもらいました。」
「ハマちゃんのは自分で羽根をつけたのね、可愛いわよ」
20年近く和裁教室に通っていたのがこんな所で役に立った。
》なんだか不思議なものだな《
》ああ、面白い《
勝手に会話を始めたぬいぐるみ達を見てポーラが叫んだ
「『ロボペッツ』!?オリジナルなの?へーすご〜い!イイなー!」
(※『ロボペッツ』は日本の玩具メーカーが作っている学習型AIを搭載したぬいぐるみで、基本は猫と犬型だが、色々なアニメのキャラクターとコラボしたり、大枚を叩いてオリジナルのものをオーダーすることができるのだ。)
「あら、では今度【マルコ】ちゃんのも頼んであげましょうか、他にも欲しい方はいますか?」
モニター越しのヘレンを除いてその場にいる全員が手を挙げていた。真っ赤に目を腫らしたアーロックまでも。
トワのそれはクリスタルオーロラが混ざった純白の海龍で手足の代わりに大きな4つのヒレが自由に動いた。
そしてキミコのそれはゴールデンオーラの混ざった金色の烏で鳳凰のように冠羽が伸びている。そしてもう一つの特徴は足が3本あるところだ。
》久しいな【シロ】《
》ああそうだな【ミサキ】《
「はいはい、お友達同士の挨拶は後にして、初めましての人たちもいることだし、まずは自己紹介しましょう。」
普段の老人面を脱ぎ捨てて、永遠の四十路のトワが仕切り始めた。
「私は【トワ】。そちらの方達の紹介はハマちゃんお願いね。」
「はい、こちらの蒼い目をしたお人形さんがシャルロッテさん。そしてその旦那さんの…」
「『元』ね『元』」
「いや、離婚したつもりはないぞ」
「結婚したつもりもありません」
「何を言う!【聖なる館】で誓ったではないか、【長老】の前で!」
迂闊に放たれた【長老】という言葉で冷たく細い何かがその場に注ぎ込まれた。
33時間前に通常では死ぬはずの無い【龍人】が一人亡くなったばかりだった。
【龍人】でありながらそのことを隠していた前大統領の【カーズ】は、同じ【龍人】でありシャルロッテとナサニエルの子供でもある【アロ】を不老不死の研究材料として閉じ込めて残虐な扱いをしていた。
その悪党から少年を取り戻すために共に戦った6人の【龍人】仲間。
【シャルロッテ】【ナサニエル】【ハマ】【マリー】【ポーラ】そして【長老】。
元大統領のヘレンは、Dragon Carrier Liberation Organization Network 通称【ディクロン】という、国や宗教団体や個人の金持ちや組織などに囚われて利用されている【龍人】の解放活動をしている組織の一員であり【アロ】奪還作戦時に行動を共にしたのだった。
彼女は【長老】の死に少なからずショックを受けていた。なぜなら
「私が、この作戦に【長老】を巻き込まなければこんなことにはならなかったかもしれない。ごめんなさい。まさか【龍人】が病気に罹るとは思わずに、『伝染病』の蔓延地域でマスクもさせずにバカで強気な【カーズ】の真似をさせてしまった。」
「いいえ、ヘレン。これはただの伝染病ではないわ。長老が最後に教えてくれたの。これは【龍戦】だと。」
【龍戦】という言葉を聞いて、その場にいた【龍人】達の脳裏にペンタゴンの地下946,6117mの秘密の施設で繰り広げられた凄絶な戦い、強大な黒龍同士が互いを飲み込もうとし、大理石の柱や壁を滅茶苦茶に破壊する程の激しい戦いが蘇ってきた。
「【龍戦】と言っても、みんなが想像している様な激しいものではないの。ちょっとモニターを見てくれる?」
シャルロッテがパソコンを操作して画面中央に大きくあの映像を映し出した
「えっ何これ!?」
「気落ち悪―い!」
「………この蠢いている小さな黒いもの全てが【龍】なの?」
「なんて事でしょう…」
マリー、ポーラ、トワ、ハマは初めて見るソレに一様に嫌悪感を露わにして、若い二人は恐る恐るモニターの画像をピンチインしてみたりしていた。
「この中で一番古い私の経験から言って、これは自然界ではあり得ない【龍】です。」
【キミコ】が歌うようなよく通る声で断言した。
「エッ!?キミちゃんってそうなの?」
驚くポーラに魅惑の笑顔で頷いて続けた。
「この【龍】に近いものには心当たりがあります。そこで、ハマさん、マリーさん、ポーラさんの3人に行って欲しいところがあります。」
「我々が行くと国際問題になりかねぬのでな。」
「バックアップは任せてちょうだいね。」
【黒龍の王】ナサニエルと【白魔女】シャルロッテにそう言われてハマはなんだかむずむずした。
「わかりました。新人の出番というわけね。それでどこに行って何をすればいいのかしら?」
むしろ楽しそうにハマは訊ねた。
「上海にいる【毒龍】に会ってもらいます。」
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