【上海】

【上海】


 9段ごとに12度づつ捻じれる巨大なヤングコーンの周りをガラスのファサードでクルリと巻いたような上海中心大廈 (上海タワー)はその捻じれた形状と2重のガラスの外壁構造という事も相まって、地上よりも海底から顔を出す方がお似合いな感じのする127階建ての最新の超高層ビルだ。屋上までが565.6m、さらにガラスの二重外壁のㇺの字の形をした最頂部が632mという高さで、陸家嘴の 高層ビル群が立ち並ぶ浦東地区の中でも頭一つ突き抜けている。

それ自身も明かりの点いたフロアーが多いが、周囲のビルのライトアップに照らし出されて自分こそが一番だぞと主張している感が強い。

その、通常上ることのできない632mのガラスの端ギリギリに立つ一人の輝く女性の姿があった。

金色のバスローブに身を包んで川からビルを伝って螺旋に昇ってくる涼しい風に長く濡れた黒髪を靡かせている。

「映画の台本を三角形に丸めたみたいな形ね」

そうつぶやくとためらうことなく若いその身を投げた。

落下したのは一瞬。

黄金に輝く大天使のような大きな羽根を大きく一度羽ばたかせて、ビルの間の風を掴んだ。

左に弧を描いて100mも離れていない上海環球金融中心(上海ワールドフィナンシャルセンター)の巨大な栓抜きを南側からくぐり抜けて金茂大厦(ジンマオタワー)の先っちょのとんがりをクルリと回ってそのまま間の抜けた串団子みたいな東方明珠電視塔(オリエンタルパールタワー)の一番上の展望台(太空艙)の上で一休み。

 351mから見下ろす上海の夜景は先程の超高層から見下ろす点描画とは違って、近すぎず遠すぎず程よい生活感を持って人間という生き物が作り出した雑多な造形美を、松明からLEDまでとありとあらゆる照度と赤黄青朱緑紫と色とりどりの灯りが染め分けた黄浦江に不思議と統一感を持たせて浮かび上がらせている。


「馬馬虎虎。豫園の露店で売ってる絵葉書みたい。」

》メイフォン、そろそろ戻りましょう人に見られたら大変です《

「あなたがいれば大丈夫でしょ?【ファンニャオ】」

》怒られても知りませんよ《

「はいはいわかりました・・・」

言うが早いか団子の上から北東に飛び立ち、川幅500mの黄浦江を1分もかからずに渡り、黄色一色にライトアップされた本来の外灘(バンド)から外白渡橋を渡った北側にある、ハイアット オン ザ バンド の最上階にある2フロアで300㎡のチェアマンズスイートの上階部分、屋外テラスのジャグジーの側に降り立った。

つけっぱなしにしておいた、騒々しいジャグジーのスイッチをoffにして、頭にバスタオルを巻きつけた。

「あ~あ。飛んでけば3分もかからないのになぁ。」

ハイアット オン ザ バンド から明日の『上海国際映画祭』が開催される上海大劇院まではBaiduMapによれば福州路で3.4km車で13分の距離だ。ただし、混んでなければの話。高速道路を自転車が平気で逆走するこの国では、交通規則はあてにならない。少なくても30分はかかると見ておいた方がいいだろう。そう考えながら幅の広い高級木製の螺旋階段をできるだけ足音を立てないように下のフロアーに降りていくと、3つあるリビングルーㇺのうちの真ん中の丸いバカラのシャンデリアのかかったテーブルにマネージャーでもあり、師匠でもある【チュエおじさん】の小さな背中が見えた。

「随分と長い風呂だったな。散歩にでも行っとるのかと思った。」

「(…バレてる)あのね、明日の下見をしておいた方が良いかなーと思って、【ファンニャオ】でちょっとひとっ飛びして…」

お説教を覚悟した彼女に師匠は告げた。

「お客様じゃ。メイフォン。」

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