【RUIN(ルイン)ウィルス】

【RUIN(ルイン)ウィルス】



ユニバーシティー・ホスピタル・ クリーブランド・メディカル・センター・イマージェンシー・ルームは討論会会場から250m離れただけの大学病院の中にあった。

完全機密措置のとられたICUに横たわるのは運ばれてきた【カーズ大統領】その人だった。ハーマン揮下の精鋭に守られたその中は幾重にも感染防止ビニールが張り巡らされている。

そのビニール越しに体外循環装置『ECMO』につながれた患者を見つめている男女の姿があった。

「まさか、彼ほどの者が『疫病』ごときにかかるとはな。」

「近いわよ、ナサニエル。」

「元気そうだなシャルロッテ。『キープ・ディスタンス』か今更だな。僕らは100年前からそうだった。」

「それで?『軍用低エネルギーホログラフィー電子顕微鏡』には何か映ったの?」

 ナサニエルがCEOを務める世界第3位の規模を誇る軍需産業企業の研究所にあるその最新型電子顕微鏡では、原子レベルで電場や磁場を見ることができる。

通常のコロナウイルスであれば、シャルロッテが筆頭株主兼主席研究員を務める世界第2位の製薬会社の研究所にある透過型電子顕微鏡で調べることで事足りる場合が多いが、この【ルインウィルス】に関してはさらに精密かつ立体的にできうる限り調べる必要があった。

「【龍人】が罹る病気なんてこれまでなかったわ。」



【龍】を見ることができる【見人】と波長が合う【相】の【龍】は最初の儀式【血分】で繋がることにより【合龍】して【対合】というペアになる。

【龍】は【流】でこの世を流れる大きな流れから波頭のように私たちの世界にときどき顔を出すことがある、そのとき【合龍】すると、実体をもつことができる。

だが【合龍】できない【流】はまた大きな流れに戻る。

それに【合龍】しても永遠に存在できるわけではない。

【合龍】すると【龍】としていられるが、パートナーはそのままなので、パートナーの寿命がくれば一緒に消えてしまう。そういう人間がほとんどで歴史上の偉人って呼ばれる人にはこのタイプが多い。

戦場で怪我したり、事故にあって流血してて、ちょうどそこが【龍穴】のそばだったりなんていうのが。

けれど【合龍】してさらに【合一】すると、お互いだけで【流れ】の循環ができるので、この世界に実在し、留まることができる。

人間は【龍人】となりそれ以降、身体的に年を取ることはなく、病気にもかからなければ、めったなことではケガもしないし、すぐに治るのだ。


「今さっき結果が届いた。これを見てもらおうか。」

そう言って最新のi-padを手渡した。

その画面にはニュースで見るようなモヤッとしたトゲ付きボールや、CGで作られた数百本のポッピンが付いた琉球ガラスの玉のような静止画ではなく、まさに生物が映っていた。

 通常、『コロナウイルス』はプラス鎖の1本鎖RNAという遺伝子を持つ核酸を内部に持ち、その周囲をタンパクの殻(エンベロープ) で包まれている構造を持つ。円形の膜上に『スパイクタンパク質』という突起がたくさんあり、これらが王冠(ギリシア語でコロナ)に見えるので『コロナウイルス』と呼ばれる。

 ウイルスは自己単独では増殖できない(=自己複製能力がないので生物ではない)が、細胞に侵入して自己の核酸やタンパク質を複製、合成させる事で増殖し、細胞を破壊してまた別な細胞に感染して…を永遠に繰り返す。

この、細胞に侵入するときに使うのが『スパイクタンパク質』であり、細胞表面にあるACE2(アンギオテンシン変換酵素2)という受容体に結合してから細胞に侵入する。ACE2は肺、心臓、腎臓、腸の細胞で見られ、これらの細胞はウイルスによる感染の対象となるが特に肺で多く発現するため肺炎を引き起こしやすい。

緊急搬送された患者の肺がレントゲンで真っ白に写った時には既に手遅れになっている。文字通り息の根を止めに来るのが『コロナウイルス』なのだ。

「何この形?!まるで卵から無数の鳥の足が突き出てるみたい。」

「よく見てごらん。」

「!?動いてるの?」

「そう。普通の『コロナウイルス』ならば、イオンでスッと引き寄せられて『スパイク』がピタッと細胞にくっつく感じだが、こいつは違う。」


ナサニエルが手を伸ばして画面にタッチする。


卵から突き出た無数の鳥の足が一斉に動き出し、細胞めがけて漕ぐ足、細胞を掴む足、細胞を突き破る足と、まるでそれ自体が一つの生き物のように獲物を捕食しているように見えた。そして卵の殻を割って出てきた一本の『DNA鎖』が蛇のように細胞内に入り込んでいった。

「【龍の目】を使うんだ。」

シャルロッテは自分の龍【ニコル】を意識して画面を凝視した。

蛇の様に蠢く『DNA鎖』に目を疑った。

「これは!?【龍】!なの!?」

「ああ、間違いない。【黒龍】だ。100nm(ナノメートル)のな。」

「中国の古い絵画にある、雲から顔を出す【龍】…」


その時ベッドに横たわって首と足の静脈に管でエクモと繋がれた【カーズ大統領】が血を吐いた。

「ゴフッ!!!」

ベッドサイドモニターがけたたましいアラームを鳴らし始めた。


シャルロッテは【龍の目】のまま彼を見た。

そこには瀕死の【カーズ大統領】ではなく、高齢のネイティブ【長老】が自分の龍【アティラ】を身に纏っていた。

そして【金龍】であるはずの【アティラ】は、胸の部分を中心として既にほぼ全身が黒く染まりつつあった。


この【ルインウィルス】は人間だけではなく【龍人】と【龍】にも感染するという事実と共に、通常【白龍】【黒龍】そのどちらの影響も受けないはずの【金龍】が【黒龍】に侵されているいるという事実に重ねて驚愕せざるを得なかった。


「…これは…お二人ともお揃いで…」

「長老。ごめんなさい。薬が間に合わなくて。」

「…いやいや…これは…【龍】の仕業ですじゃ…」

長老が自分の吐いた血を指に取って持ち上げて見せると、【龍の目】越しのそれは黒く、蠢いていた。

「…シャルロッテ様…ナサニエル様…どうか…お気を付けて…くだされ…これは…【龍戦】ですじゃ………………………………………………………………………………………」

言葉が消え入り【アティラ】の姿も消えていってしまった。

【カーズ大統領】の姿が縮んで【長老】の姿に戻った・・・


PIPIPIPIPIPIPIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII


モニターが心肺停止を知らせる。


慌てて飛び込んできた防護服の医者が曇ったフェイスガードとさらに曇った眼鏡越しで、患者の見た目が変わっていることに気づかぬままアラームを止め、ペンライトで瞳孔反応の停止を確認し首を振った。そしてエクモを止め、人工呼吸器やその他の管から遺体を開放すると、また別のアラームに急かされて次の患者へと走り去っていった。


「なんてこと。【金龍】は【黒龍】の影響を受けないんじゃなかったの!?」

「君の【白龍・ニコル】が『癒し』の能力を持つように、『他の【龍】に干渉できる』それがこの【黒龍】の力なのだろう。どれ」

ナサニエルが己の【黒龍・シーヤー】を出しての長老の体を覆っている、黒く蠢く血を薙ぎ払った。ビニールに飛び散ったそれは【龍】が抜けて赤い普通の血になっていた。

きれいになった長老の亡骸がいつもの優しいほほえみを浮かべていた。

「なんともない?」

》わたしは破壊の【龍】よ。これしき何でもないわ。でもこれに囲まれたらと思うとゾッとするわ。【龍戦】は一対一。それを瞬時に微弱な力しかないとはいえ、無数の敵と連続して行うという事だもの《

ナサニエルの代わりに【黒龍】のシーヤーが答えた。

》そうですね。少量なら私も『癒しの力』でなんとかなりそうですが、こんなに小さいものにまとまってこられると対応のしようがない《

シャルロッテの肩に付いた血を払いながら【白龍】のニコルが応えた。

「君のところで薬はできそうかい?」

「ゲノム解析ができたから人間用のワクチンはすでに治験段階に入っているけれど。人間だけじゃなくて【龍】にまで感染するなんて。」

「実際、罹患者の中には【見人】も多いらしいじゃないか。どうする?」

「そうね、まずはアロが心配。日本と連絡を取りましょう。」


飛沫予防のビニールを乱暴に押しのけて、防護服も着ずに飛び込んできた者があった

「長老!オオオオ!」

「アーロック!触ってはダメ!【龍人】にもうつるの!」

ナサニエルが首根っこを掴んで持ち上げると5歳児の様に手足をじたばたとさせて暴れた。

「騒ぐな、小僧。もう遅い。長老は死んだ。お前が彼の後を【聖なる館】を継ぐのだろう?」

その言葉を聞いておとなしくなったアーロックをポイとビニールの外側に離した。

 陽炎の様に力なく立っている彼は一呼吸スゥッと吐くとカメレオンの様に白人の金髪の青い目の青年からネイティブの黒髪を編んで後ろに束ねた茶色い目をした本来の姿へと変わった。

「長老を【聖なる館】に連れて帰ってあげないとね、アーロック。」

優しくシャルロッテが言うと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のままコクンと頷いた。

「長老の亡骸はどうするかだが…」

「それは任せて。」


防護服に身を包んだヘレン大統領候補が入ってきた。

「長老…。残念だわ。でも予定通り【カーズ大統領】は亡くなったことになる。丁度銃声も記録されている事だし、計画通り『狙撃による暗殺』ということになるわ。私は大統領になる。そしてこの国の過激な白人至上主義者達を根絶やしにするために、あなたの力を借りたいの。アーロック。」


「…これが、長老と、初めて、同じ【龍人】として、一緒にできること、だった。だから、最後まで、やり遂げて、見せるから、俺、ね、長老…」

自分の心臓の上に手を置いて誓いのポーズをとるアーロックの頭の上に金色のトカゲが現れてヒーリングボールのような声で叫んだ

》え~ん~アティラ~~さみしぃ~よォ~~~アティラ~~~《

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