【狙撃】

【狙撃】


ハーマンはインカムで無線を終えると、ハンドルを切ってヴァンホーンフィールド中央のサッカーグラウンドの手入れの行き届いた芝生に、しっかりとケブラー繊維配合のランフラットタイヤの跡を濃い緑色に刻み付けながら真っ直ぐに横切り、体育館の正面にアメリカ大統領専用車『ビースト』の8トンもある巨体を、事も無げにピタリと横付けした。


「大統領。それではお時間です。」

「ゴホッ!カッ!ペッ!」

「顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」

「なに、どうせあとわずかなこの身。ゲホッオホッ!」

「本日、この件が済みましたら、ご自宅でゆっくりと静養なさってください。」


 昨日、大々的に『新型伝染病による国家非常事態宣言』をアメコミヒーローばりに強気のマスク無しでぶちかまし『チャイナ・ウイルスに、アメリカは負けない!!!』の雄たけびと共に勝利宣言の如く両手を突き上げて締めくくったばかりだというのに、今日になって急に咳込み始めた。バックミラー越しにいつもの尊大で傍若無人さと違う様子の『THE WHITE MAN』をみてハーマンは心の中で独り言ちた。

(今日の大統領は随分と小さく見えるな。大丈夫か?)

「さあ、参りましょう、大統領。」

「うむ。大仕事が待っておる。この後の手はずは抜かりないな。ゲホッツ!」

「はい。全てお任せください。これが終わりましたら、速やかに安全な場所までお運びいたします。」

「よろしい。頼むぞ。グォッホッ!!!ホンッっと!」

 

 待ち構えていた黒いマスク姿の USSS が重々しく車のドアを開けた。携行式ロケット弾の攻撃にも耐えられる 装甲板のようなドアの厚さはおよそ8インチ(20cm)、嵌め殺しの防弾窓にしても5インチ(12.7cm)という厚さを誇っている。この車はさらに、生物兵器・バイオテロ対策として、キャビンは完全に密閉されている。生物兵器や化学的攻撃を受けた場合でも車内の空気は完全に独立して清浄な空気で満たされており、外界とは完全に遮断される。この『ザ・ビースト』の性能が彼、ハーマンの命を救ったのだ。


咳込みそうになるのを作り笑顔で必死にこらえ、片手をあげて無差別に愛想よく振るまいながらカーズ大統領は車から降りた。そしていつもの様に両手をガッツポーズのまま振り上げた。


「合図だ。次に手を上げた時が最期だ」

》がんばってねェ《

「ああ、長老の為にも一発で決めてやる」

アーロックはユナートルスコープの十字型のレティクルの中央部分に刻まれた細いミルドットのど真ん中に、少し赤らんだ白い大きな顔を捕らえてその時を待った。

カーズ大統領は前後左右を USSSに囲まれて、選挙陣営が呼び寄せたメディアのカメラに握りしめた拳を向けていつものように片方の口の端だけ引き上げて見せる。

アーロックは一瞬、大統領の青い目とスコープ越しの今は同じ青い自分の目が合った気がしてハッとした。

その気持ち分、引き金を引く指が遅れた

”タンッ!!!”

引き金を引いた時にはスコープの視野から大統領の姿が消えていた。

「何が起こったんだ?!」

》あーれェ~?長老が倒れてるよォ!!!《

アーロックが放った spitzer bulletは当たるはずだった大統領の代わりに『ザ・ビースト』の防弾ガラスにかすかに傷をつけてぺちゃんこにつぶれて芝生の中に転がっている。

そしてその前に血を吐いて倒れているザ・白人【カーズ大統領】の姿と、ザ・ネイティブ【長老】の姿とが、壊れた点滅信号のように目まぐるしく入れ替わっていた。

ハーマンが慌ててコートを頭からかぶせてそのまま車の座席に押し込んで、予め緊急時用に確保してあった300m先の大学病院へ向けて芝生を削り倒しながら猛スピードで走りだして行った。


「どうすればいい?」

》そうねェ、長老のところにいってみればァ?《

指紋の付いた狙撃銃をそのままに部屋を飛び出て階下へ向かうと、イーロンも慌てた様子で飛び込んできたところだった。

「計画変更だ。とりあえず俺と一緒に来い。」

「長老はどうなったんだ?」

「倒れた。詳しくはわからんが数日前から微熱と咳が続いていたらしい。今、ハーマンが大学病院へ運んでいるところだ。」

「俺もそこへ行く。」

「ああ、合流して一度作戦を練り直す。お前を『狙撃犯』として捕まえるのはその後だ。」

二人は歩道に乗り上げるようにして停めてあった黒いサンバーバンには乗り込まず、2ブロック先の大学病院に向かって走り出した。

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