おばあちゃんと龍 2

@TAPETUMSHIMON

【大統領暗殺(偽物)】

【大統領暗殺(偽物)】


白い肌に金色の髪、緑と橙のチェックのネルシャツに何年も洗ってないリーバイス、黒の履き潰れたウエスタンブーツに草臥れたスエードのチョッキ。雀斑の赤らんだ右頬を銃床に密着させ、長くて明るいユナートル7.8倍バーミット型スコープを覗いていた青い瞳は、海兵隊払い下げのスプリングフィールドM1941狙撃銃を構えたまま、右手首のハックウォッチに目をやった。

「あと15分か」

10代にも見える白人の青年は、束の間、全身の力を緩めると軽く目を瞑った。

 

               ・・・・・・


 半年前のあの日、

囚われている少年を救うため、【聖なる館】の主のマスターシャーマンであり【龍人】の【長老】が【聖なる泉】に飛び込もうと立ち上がった時、

一陣の漆黒い風と共にへし折れた長老の首から血飛沫が噴き出し、

そのまま細い身体が後ろに倒れ込んだ。

慌てて駆け寄ろうとした。

目の前を漆黒い影がよぎった気がした。

ヒヤリとした自分の首筋に手をやると外の浴場に湧く乳白色の温泉みたいに温かくヌメっとした液体が噴き出してきた。

一呼吸する間もなく目の前が狭くなって暗くなって立って居られなくなって【聖なる泉】に突っ伏した。

左手がザバンっと泉に落ちた。今まで触れたことのない心地良さに閉じていた目が少し開いた。

紅く狭い視野の中、光る【サバクツノトカゲ】が美味しそうに左手から滴る血を舐めていた。

そして・・・


             ・・・・・・


 左耳のインカムから、USSS( アメリカ合衆国シークレットサービス)の大統領警護部隊長の【ハーマン】の低太い声が引き戻した。

「間もなくだ。後5分で【カーズ大統領】と【ヘレン大統領候補】は会場入りする。」

「了解」

改めて現場確認。


アメリカ東部といっても工業地帯に連なる五大湖の南側に栄えたよくある地方都市。

その中心を成しているのが、このケース・ウエスタン・リザーブ大学だ。

 中華人民共和国湖北省武漢市付近から発生が確認され、全世界流行(パンデミック)により、現在進行形で感染の拡大が止められない新型ウイルスの影響で、当初予定されていたノートルダム大学が討論会開催を辞退したため、近隣で医学部と大学病院を持ち、新型ウイルスのゲノム解析やワクチン研究などを正に行なっているこの大学に会場が急遽変更されたのだ。


 変更のバタバタが今回の暗殺計画には都合よく働いた。

現在、医学部と一部を除いて授業は全てオンラインで行われるため、大規模な規制をしなくても、学園都市内の人影はまばらだ。

 会場は直前まで秘密裡にされるため、数カ所あるホールそれぞれの周辺の警備警護で人員が裂けるため、息のかかったメンバーだけで本会場周辺を固めることができた。

 そもそも、警備しやすく非常時に逃げやすいという理由で選ばれた、広いサッカーグラウンドと幅の広い敷地の複数の線路に挟まれたこの体育館は、通常狙撃の範囲1000m内の建物が数えるほどしかなく、それ以上3000mや7000mまで狙える最新式のロシアの銃を持ってきたとしても逆に障害物が多く、狙撃スポットが無いのだ。

 

 アーロックは今、アデルバート・ロードのコーナにある古い2階建ての煉瓦造りの褪せた赤茶色をした、今は学生のカウンセリング室となっている建物の2階の右側の部屋の窓際に、これまた古くて大きい机を縦につけ、1098mm4473gの銃身を構えて800m先のターゲットポイントに狙いをつけている。

 そしてその建物の入り口付近にわかりやすい黒服を着てヘッドセットを着けて銃を携帯した体のデカいシークレットサービスの【イーロン】が配置されていた。

「車は会場の正面に着ける。中に入るまでの13歩が勝負だ。」

》3歩で十分よね《

窓際に金色に光る平べったいトカゲが姿を現すと同時に、ザ・白人青年の姿が消え、伸ばした黒髪を後ろで編み込んだザ・ネイティブアメリカンの青年がそこにいた。

「うるさい、ちょっと黙ってろよ」

「何?なんか言ったか?」

「いや、こっちの話だ、なんでもない」

「ではこれで回線を切る。しっかりな。」

「了解」

》ねえ、アーロックゥ《

「なんだよ、【ヤツィ】」

》だいじょうぶゥ?《

「当たり前だ。3歳から銃を撃ってるんだ。これくらいどおってことないさ。」

》でもねェ、こっからだとォ、木が2本とォ風力発電の太いポールがァ邪魔じゃないィ?《

「なあ、【龍】ってやつはみんなそんなにおしゃべりなのか?」

》だってェ、楽しいじゃないィ《

「長老が言ってたぜ。【合一】を果たした【龍】と【龍人】は一心同体だから、頭の中で考えるだけで会話してるんだって。【ヤツィ】みたいにいちいち出てくる【龍】は見たことないとさ」

》ほんとは嬉しいくせにィ《

「お前なぁ…」

》ほらほら、そろそろじゃあないのォ?《

「よし、それじゃ戻ってくれ。頼りになるお前の【龍の目】を借りなきゃな。」

》わかってるってェ、任せてねェ!《

吸い込まれるように光るトカゲがアーロックの伸ばした薬指の指先から入っていくと、その指先から肌の色だけではなく骨格まで別の人間『ザ・白人青年』へとまた変わっていった。


 計画はこうだ。万全の警備の隙をついて白人至上主義の『ライフル協会』狂信者の白人青年が、これまでの主義主張と180度方針転換を打ち出し『完全なる銃社会からの脱却』を図る方針を選挙方針に組み込んだ『裏切り者』の【カーズ大統領】に鉄槌を下す。

そして、対抗者無きままの選挙でヘレンが大統領になる。

さらに、拘束された白人至上主義の若者は護送途中で白人至上主義組織に奪還されてしまい、その事件がきっかけで、アメリカ国内に巣食う『シロアリ』の一斉駆除が行われる・・・

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