第31話 心の恋人
本気で醸造家生活始めたら、ひとつわかったことがある。
敷地内に引きこもらざるを得ない。
葡萄も醸造中の酒も生き物で、長く放っておくことなんかできない。
葡萄酒の納入とかも、のんびりご飯食べてる時間なんかない。
荷車引いて飛びながら、サンドイッチむさぼり食べてる。
農夫、半端ない。
もちろん不在の間は師匠が面倒見てくれるけど、師匠だって自分の酒造ってるんだから、あまり苦労させたくない。
「苦労? なんじゃそりゃ」
師匠、きょとんとしてる。
「わしは学んでおるのだぞ。これまでなかった酒、新しい酒に巡り会ったのだ。これを学ばずになんとするのか」
ほんとに頭が下がります。レジェンドとなってなお学ぶという姿勢。
納品、ビンの回収、畑の世話、発酵具合の確認、品評会に行ったり、納税に行ったり、とにかくほんとに休む暇がない。
ときどき戦争に遭遇するし。
農夫から英雄にジョブチェンジ。
ダミニ、文字通りの狂喜乱舞。
みるくも子猫から大オオカミに変身。
やめてくれよもう、おれは畑に戻って研究しなきゃならないの!
どれくらい凍らせるのが最適なのか実験しなきゃならないの!
発酵の状態も確認しなきゃならないの!
農夫は忙しいんだから邪魔しないで!
お前らみたいに戦争しかやることない閑人とは違うの!
本当に急いでたから、戦争は三十分程度で手短に片づけてしまって、さっさと村に帰って実験。
カチカチに凍らせたり、半ばくらい凍らせたり、みるくに手伝ってもらって、とにかく試す。
最初の年は衝撃波出されて、葡萄の実全部吹っ飛ばされたね。泣いた。
それから少しずつ、みるくに加減を覚えてもらって現在に至る。
衝撃波出さないように、そーっと、そーっと息かけてもらって凍らせる。
何種類も造っては味見。その繰り返し。
多忙な日々を送るうち、今年も納税の季節、帝都まで半月、大急ぎで行った。
納税手続きが終わったら、一年ぶりにナオとご飯。
年に一度のデート。
今日のナオは休暇が短くてとんぼ返りしなきゃならなくて、ランチだけ。お酒はNG。
ちょっと寂しそう。
「おれも忙しいから、ちょうどいいね」
そう言うと笑顔になった。
「忙しいのに会ってくれてありがと。すっごく嬉しい!」
いつものホットドッグとポテトを、向かい合わせでパクリ。
今日はお茶で。
「英雄すごいね、こないだ三十分で五百羽墜としたって新聞でみたよ」
「英雄言わない、そこ」
「サエキのことだなんて言ってないもーん。英雄は英雄」
そらっとぼけるナオ。
「急いでたんだよ。葡萄酒は毎日発酵してるし、作物だって毎日育つでしょ。生き物相手の仕事なんだから、そりゃ急いで帰りたいよ」
「急ぐけど倒せないよー」
って、ナオはコロコロ笑う。
元帥閣下から下賜されたピアスがね、ちょっと半端なくて。
漆黒で、でもキラキラ輝くピアス。
『刹那の石』だってパパドが言ってた。
パパドさえ初めて見たっていうくらいの希少品だって。
動体視力が飛躍的に上がるんだ。敵の動きが緩慢に見える。
だから訓練して戦闘力を磨いておけば、鍛えた分より上乗せで強くなる。
ダミニの槍、炎のリング、風のブレスレット、氷のペンダント、守護の金環、みるく。
そして刹那のピアス。
実際に驚く。自分が倒したとは思えないくらい。
結果、短期決戦ですむ。
さすが、超絶短期決戦好みの閣下からご下賜いただいたアイテム。
「ご下賜いただいた品々のおかげだよ。おれが強いわけじゃない」
「サエキはいつもそうだね。自分の力じゃないって」
「だってそうだもん。そりゃ、できる範囲では鍛えてるけどさ、丸腰じゃなにもできない農夫です」
「やっぱり、木の槍くらいはないとダメかな?」
ふたりで笑う。楽しい時間。
みるくは隣の椅子でハム食べてる。3皿目。
「今だったら木の槍でどれくらい倒せるかな?」
「んー…………三羽」
ナオはよく笑う。おれも幸せ。
「なんでそうなるのー」
「耐久性の問題。四羽墜とせれば上出来だと思う」
「でも、この国に来たばかりでなにもわからなかったきみは、木の槍で三羽も墜としたんだよね……やっぱり強いよ、サエキは」
「どんどん戦争に巻き込まれてるみたいで、すごく怖かったけどね」
「サエキの国は戦争なかったの?」
「おれが住んでた間は、戦争っていうのはなかったな。政治は腐ってたけど」
「すごい」
「ん?」
「ぼくは戦争がない世界なんて知らないもん。堕天使はみんなそう」
「日常茶飯事だもんねえ」
戦争を日常茶飯事と捉えるようになった自分が怖い。
でも実際そうだから、どうしようもない。
やらなきゃ、やられる。
おれがやられるならまだしも、目の前で誰かがやられるのは耐えられない。
今もときどき夢にみる、血まみれのパパド。
もうあんな思いはしたくない。
「ね」
「うん?」
「——サエキは、平和な国に帰りたいんだよね」
「……そうだね、そう思ってるけど、いつになるか、もう全然見当つかない」
「五年後とか、十年後とか?」
「無理。確実に不可能。やればやるほど絶望的な気分」
「そんなに難しいんだ」
食べかけのホットドッグを例にする。
「これを五十年かけて食べろ、っていうほど難しい」
「普通、一分で食べるよね」
「や、もう少しよく噛もう」
「サエキだって早食いでしょー」
「葡萄酒造り始めてからだよ。昔はちゃんと噛んでた」
「ぼくは食べられる時に食べないと、空腹で出動とか最悪。思うように力出ないもん」
「ナオは治療兵だから長時間力使いっぱなしだもんな」
「こっちが倒れるわけにはいかないし」
「ほんと、お疲れ様です」
「サエキもお疲れ様です」
そして、顔を見合わせて、ふたりで笑う。
周囲からみたら完全に恋人同士だろうな。
……おれもね、心はナオが好き。
ずっとそうだ。たぶんこれからも。
でもどうしてもそれ以上いけない。
心の恋人、だ……。
「ね、また村に遊びに行ってもいい? きみは忙しいから、ダメならダメって言って」
「時期によるね。本当に手が離せないこともあるし、ちょっと暇になることもあるから」
「休暇が合うといいなー」
「決まったら教えてよ。時間空けられそうなら都合つけるよ」
「ほんと!? じゃあ上に相談してみる!」
ゆっくりランチを楽しんで、ナオは部隊に、おれはただのサエキから農夫にスイッチ。
さあ、飛んで帰って実験だ!
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