第28話 賢者の祝福
休暇を取って、ナオが来た。
村の外れまで迎えに出て、再会を喜んだ。
——おれよりも、みるく……とかな?
のどかな農村は癒やされる〜とか、ゴキゲンで飛んでる。
「ナオはどんなとこで育ったの?」
「西の田舎だよ。乾酪農家」
「西の乾酪美味しいよね!」
乾酪。チーズね。人間界とほとんど変わらない。
さすがにフレッシュチーズとかだと輸送範囲が限定されるから地元の味になるけど、多少の距離だったら冷気箱に入れて運べる。
コストかかるから、その分値が上がっちゃうけどね。
あー、チーズケーキ食べたい。今度西に行ったら食べよう。
「懐かしいなー、一面の葡萄畑! ときどき村の人が葡萄くれたりして、ずっとここにいたいなって思ったくらい。葡萄大好物なんだー」
「そこは兵士の悲しさだね」
「転属命令には逆らえないからねー」
お昼頃家について、師匠とダルーばあさんに紹介。
ふたりとも嬉しそうにニコニコしてる。
おれが友達連れてきたの、初めてだから。
村のみんなとはうまくやれてるし、仲良くしてるし友達もいるけど、村の外の友達は別らしい。
「こんな出来損ないと仲良くしてもらえるとは、実にありがたい。今後とも仲良くしてやってくれ」
ナオは天下の醸造家サモサに対面して、超緊張。
「はいっ、こちらこそよろしくお願いいたします!」
いや、敬礼してどうするの、そこ。
自分で今なにやってるか、わかってないな、絶対。
民間の人に敬礼してどうすんの。
お土産に乾酪くれた。人間界でいうとハード系。
そのまま食べても溶かして食べても、焼いても美味しい。
師匠、狂喜乱舞。
そりゃそうでしょ。
ワインっていったらチーズでしょ。
この乾酪と合う葡萄酒を見繕いに、倉庫に飛んでった。
ダルーばあさんの心づくしのお昼ご飯食べて、パパドとサマエルに紹介に行った。
パパドは止まってた枝から切り株に下りた。
ナオはパパドの前に膝を折って、右手を胸に当てた。
「賢者パパド、お目にかかれて光栄の至りです。わたしは——」
「元北部方面隊のナオラタン伍長だな。対面は赴任の時と離任の時、これで三度目だ」
「かっ、感激の極みです、賢者様!」
パパド、すげー……もうろくしてない。
侮れない、賢者。
やっとパパドの前の丸太に座った。
「サエキのような未熟者には惜しい。考え直すなら今のうちだぞ」
いきなりなに言ってんですか賢者。
ナオ、真っ赤になってうつむいてしまった。
「隠しだては適わぬ。耳を澄ませよ、樹々のざわめきを聞くがよい。木の葉たちがささやいておろう。そなたの胸の震えが伝わっておるのだ。想いなど、そうそう隠しおおせるものではない」
そういうの、口説き文句に使えるよ、賢者。
他の堕天使さんに言いなよ、即陥ち保証します。
だからナオにそういうこと言わないで。
「……賢者様におかれましては、すべてお見通し……仰せのとおりでございます」
うわー、きたー。
波風どころか津波起こされた。
だから男の娘は守備範囲じゃないって言ったじゃん!
そりゃ、ナオは可愛い。すごく快活で素直でいい子だ。
おれの超ストライクです。
でも、残念ながら女子限定。
これはどうしても動かせないの。
無理なの。
妥協の余地ないの。
ほんとごめん、無理なものは無理!!
「うむ。己が本意を隠すでない。呑み込み続けるゆえ胸が痛むのだ。明らかにしてしまえば心は晴れる」
どうしよう、どうカタをつけたらいいんだ、おれ。
「はい。心の内を明らかにしましたら、胸が楽になりました」
「よい。ナオラタン、そなたに祝福を授ける」
……なんか、意味わかんない展開なんだけど。
サマエルに話したら、突然ゲラゲラ笑いだした。
「あっはっはっはー、パパドに祝福されちゃったのか!」
「どゆことなのこれ?」
「ナオちゃんに賢者の守護がつきましたー。……不実なことすると、痛い目みるよ?」
一気に血の気が引いた。
「大丈夫サエキ? 顔色よくないよ……」
いや、いいんだ……きみのせいじゃないから……。
「あ、これただの優柔不断だから。自業自得だから放置しといて平気」
「ですが、サマエル様……」
「や、だから、様要らないって。たかが樹一本見張ってるだけなんだから」
「いえ、陛下と昵懇の間柄でいらっしゃいますから」
「昵懇かあ……昵懇ねえ……年一くらいで念波像来るかな。でも世間話くらいしかしないよ。おれが非国民だから気楽なんじゃない?」
そうだった……いつもチャラいから普通に聞いてたけど、サマエル、陛下呼び捨て。
そして誰もそれを咎めない。パパドですら。
サマエルが実を食べた時、陛下が謝って樹焼いてしまおうって言ったんだっけ。
普通に友達じゃん、それ。
「そうだ、なんならおれから頼んで、ルシファーから祝福もらう? 直接ってわけにはいかないけど、宮殿からちょっとなら」
これにはナオも焦りまくった。
「そっ、そのような畏れ多いこと! ご無礼ながら、そのような大層なことは望んでおりません」
ありがとう、辞退してくれて……。
「サエキのことなら気にしなくていいよ、こんなヘタレ、尻叩かれなきゃなにもできないんだから」
針のむしろ、実在しました……今座ってます。
というか、なんかもう簀巻きなんですけど。
魔界のLGBT公認社会、強すぎる……。
家に帰って、晩餐は年代物の上級酒とチーズと、ばあさんが腕によりをかけた料理。
話聞いてると、魔界にはそもそも結婚っていう制度がないらしい。
「そんな面倒くさいことをするのは人間だけだ」
と、一刀両断する師匠。
まあ、ね……日本においては三組に一組が離婚するわけで。
内縁のご夫婦も大勢様いらっしゃるし。
結婚というシステムにどれだけの効力があるかと問われたら、おれも返答に詰まる。
師匠もばあさんも、ナオのこと、普通に公認してしまっているらしく。
なんか『彼女を親に紹介してる』様相を呈しており。
おれは、どうしたらいいんでしょう……。
もしかしたら味方はみるくしかいないかもし——って!
ナオに完全に懐いてるじゃん!
みるく、お前もかーっ!
実感した。四面楚歌は実在した。
夕食後、おれたちは客間に行って、まだ若くて軽めの葡萄酒を飲んだ。
「……あのね、サエキ」
「うん?」
「……好きでいちゃダメ?」
視線を葡萄酒のグラスに落として。
「サエキは、ぼくがきみのこと好きだっていう気持ちも迷惑なのかな?」
「……んっと……正直に言うね。おれはナオに好かれて嫌だとは思わないよ。逆に嬉しい」
「うん」
「おれもナオのことが好き。でも男の子とはつき合えない。理屈じゃないんだ、自分でもどうしようもないんだ」
「サエキは違う国から来たんだもんね。この国の当たり前は通じない。それはぼくにもわかるよ。ぼくの方がこの国に慣れきってるから」
「だってこの国の常識だもん、当然だよ」
「——ぼく、本当に女の子だったらなって思う……」
ああ、傷つけてしまった……。
こうなるとわかってたから、波風立てたくなかったのに。
ナオは自分のあり方をずっと受け入れて生きてきたのに。
ずっと自然に生きてきたのに。
こんな自己否定、させたくなかったのに。
「あ、でもね、ぼくはサエキが嫌じゃないって言ってくれて、ものすごく嬉しいんだ。ずっと好きでいていいんだよね? 迷惑じゃないんだよね?」
「うん、ナオが辛くなければ。おれも嬉しいし、ナオのことは好き」
ナオはすごく明るく笑った。
こんな笑顔、初めて見た。
「誰かが好きだって気持ちなんか、辛いわけないよ!」
「そ、そう?」
「好きって気持ちは幸せなんだよ。相手を縛りたくなったら辛いんだろうけど」
ああ、ナオが言うとおりだな。
思い通りにならないから辛くなるのか。
うわ……もしかして今、おれの方が辛いですか……?
性別にがんじがらめの自分が情けない。それはわかる。
言われなくてもわかってる。
おれだって……おれだってナオとつき合いたいんだよっ!
わかってよ、そこんとこ……。
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