第27話 誰かを守れたら

 今回も帰宅したら兵士さんたちが待ってました。

 ええもう待ち構えてましたよ。

 アガリアレプト大将閣下から。鉢金のご下賜です。

 忍者とかが額につけてる防具。

 額を敵刃から守ったり、血や汗が目に入らないようにするやつ。

 カッコだけじゃなくて、ちゃんと意味がある。

 これはそんな無骨なものじゃなくて、金環っていうか。

 装飾品、だなあ。

 幅は三センチくらい。とても丁寧な彫金がされてて、額の中央になる場所に小さな石が嵌まってる。

 疲れて寝て、起きて、ばあさんが作っておいてくれたご飯を食べ、パパドのところに。

「今回の戦果はたいしたものだったと聞く」

「町に天使入れたくなかったんだ。被害が出るの嫌だから」

「うむ、よき心がけ。それでこそ誇り高き堕天族よ」

「ところで、これ見てほしいんだけど」

 金環を呼び寄せると、パパドはじっくりと見て言った。

「サエキ、これは守護の石だ」

「守護?」

「これを持つ者は石の力に守られる。たやすく傷つくことはない」

 ……バリア、みたいなもの?

 虹みたいな光沢がある、透き通った小さな石。

 守護の石か……まだおれに働けっていうのね。

 おれ、葡萄酒造り覚えたい農夫なんですけど。

「ところで品評会はどうだった? 学べたか?」

「ものすごく! すごく親切な醸造家さんがいて、いろんなこと教えてくれて、畑も案内してくれたんだ。師匠は教えてくれないけど、どこを見て覚えればいいのか、コツを教えてくれた。師匠の仕事のどこをどう見たらいいか、みえてきた」

「うむ、よき先達に出会えてなにより。出会いと繋がりは宝。大切にせよ」

 引きこもりのあんたに言われても説得力に欠ける。

 言ってること自体は正しいけどさ。

 少し前から考えてたことを相談した。

「おれ、やっぱり民兵には入らないよ」

「やはり入らぬか」

「葡萄酒造りに集中したい。近くで戦いが起きれば戦うけど、普段から訓練とか非常時の招集とか、ちょっと辛い。手が空いた時に鍛錬はしてるけど、時間を作って合同訓練とかは無理だよ」

 それに、ほんと、近くに仲間がいない方がいい。正直危ない。

 ダミニの力を抑えなきゃならなくなって、誰の得にもならない。

「ふむ……確かに民兵になったからといって、陛下にお目通りが適うものではない。サエキの目標は人間界に帰ること。葡萄酒造りに専念するのが本道であろうな」

「腹括ったよ、千年覚悟した。思いっきり腰落ち着けて葡萄酒造る」

 ドゥルーヴさんで三百年。陛下に謁見したことはない。

 おれは今はまだ本当のド素人で、あらゆる知見や技術を蓄えなきゃならない。

「サエキの葡萄酒か。実に楽しみ。我も気長に待つとしよう」

「頑張るよ。絶対飲ませてあげる」

 パパド、感慨深げに呟いた。

「始めは無理かと思っておったお前が、よく立派な堕天族になった。地に足がつき、しっかりと目標を定めた。我は嬉しい。こういったものを、子を持つ親は感じているのだろうか」

 おれ、パパドの息子?

 これはさすがに笑う。

 超名門エリート魔族が、元人間で未熟な農夫と親子。

 最上級とド底辺。

 ないない。

「パパド子供いないの?」

「おらぬ」

「えー、周りからあれこれ言われない?」

「言われる」

「作ればいいのに」

「我にはそういった感情や欲求が欠落しておるのだ。まったく考えもしない。この点に関してのみ、報国叶わず面目がない」

 森の賢者、色気皆無。

 人間でもいるもんな、恋愛感情とかそういうの、全然ない人。

 パパドの子供、可愛いだろうなって思うけど。

 いろいろ持ちすぎると、なにかが欠けるのかも。

「なんだ、我の養い子にでもなりたいのか? ならば最上級の葡萄酒を持ってこい」

「最上級酒なんて持ち出せないって。上級で勘弁して」

「そうではない。お前の葡萄酒だ。品評会に出せる上質のものをな」

 別に養子になろうとは思わないけど、それ、けっこうな無理ゲーです。

 葡萄酒造って何千年とかいうの、普通にゴロゴロしてるから!

「とりあえずパパドがおれを養子にしたくないのは十分伝わってきた」

「当然であろう、人間界に定住したがるような不孝者、誰が養い子になどするものか」

「賢者がお父さんになると、愚息は肩の荷が重すぎて骨折確実なので、謹んで辞退させていただきます」

 丁重にお断りして、次はサマエルのところ。

「今回はまた、派手に暴れたねー、英雄」

 サマエルに笑われた。

「お前と槍とみるくで三百以上墜としたって?」

「わからない。数なんか数えてないから」

 これは本当にそう。

 数なんか数えてたら、隙ができて殺されるじゃん。

「いっぺん生で見てみたいなー、サエキの戦いっぷり」

「見世物じゃありません」

「みるくに堕天の実食わせたらどうなるかなとか」

「結果が推測できない一方通行の実験やらないで」

 にしてもさ、ってサマエルが話題を戻した。

「新聞で出た数字は公式だからデマじゃない。いくらみるくがいても、ひとりで三百以上墜とすって、もう民兵どうとかのレベル超えてるよね。倒した後も疲れたふうもなく余裕があった、って兵士の証言も出てる。ひとりで三個中隊分だ」

「装備とみるくのおかげだってば。丸腰のおれなんか葡萄の管理もできない無能な農夫だし」

「丸腰どうとかは論点ずらしね。却下」

「サマエルはなにが言いたいわけ?」

「サエキは軍に入らないの? 葡萄の木を凝視してるより、はるかにこの国に貢献できるよ」

「でも陛下に謁見はできないよ」

 当然じゃないか。

「兵士は敵を倒して国民を守るのが仕事でしょ。たとえば三百くらい蹴散らしたって、全然お話にならないよ。総司令は一個師団を数分で墜とすってパパドが言ってた。三百なんて武勲のうちに入らない」

 サマエル、納得してない顔。

「武勲は敵がいなきゃ上げられないけど、葡萄は面倒見てやると確実に育つ。だから葡萄酒造るのが確実で早道。わかってくれる?」

「まあ、武勲稼げるような大きな衝突なんか、ここ数千年起きてないしね」

「ときどきそれ聞くけど、なんで大きな戦争があるの? 向こうはこっちを滅ぼしたいわけじゃないんでしょ」

「ほどほどに国力削ぎたいんだよ。つまり死なない程度に絞めておく」

「……どれくらいの規模?」

「大軍で来て、大きな町はいっせいに狙われる。文字通り大戦だよ」

「帝都も?」

 サマエル、苦笑。

「奴らそこまで無謀じゃないよ。あそこに手出したらサタナキアの餌食。殺されに行くようなもんだよ。……まあ、ルシファーよりは全然可愛いかな」

「陛下も戦争に出るの?」

「力が強すぎて被害甚大になるので出ませーん」

「そんなに、お強い?」

「天界で天使のトップにいたんだぞ。神に次ぐ力持ってんだから」

 災害並みの戦闘力……そのまま玉座にいらしてください。

「奴はルシファーが堕天すると思ってなかったんだ。自分より天使を守るとは想定してなかった。だから、最初の思惑以上に魔界には力があるんだよ。ときどき削ぎ落とさないと安心できないんだろうね」

 計算違いする神。

 なんか、ものすごく胡散臭い。

 そもそも天使の庭にこれ見よがしに堕天の実の樹置くとか、パラダイスに禁断の実の樹を置くとか、性格悪すぎじゃん。

 さんざん人を試しておいて、神を試してはならない、とか、どゆこと?

 あー、おれ、なんかそういうの嫌い。すっごいヤな奴。

「サマエルは戦わないの? 堕天の樹の守護専門?」

 あ、うっかり聞いてしまった……サマエルは国民じゃないのに。

 嫌な質問に、サマエルは嫌な顔をしなかった。

 穏やかな、あまり見たことがない顔で微笑んだ。

 綺麗な髪が陽を受けてキラキラ。

「ルシファーたちはね、脱走者。神に処罰される前に時空を超える時計でここに来た。でもおれは違う。追放されて、ここに来た……おれはここに来る前に力を剥奪されてるんだよね。ルシファーたちを処罰するはずが大脱走されて懲りたみたいで、真っ先に戦闘力取られた。残ってるのが蛇の擬態と空間転移だけじゃ、天使の一羽も墜とせない」

 なにも、言えない……。

「——ああ、おれはきっとサエキが羨ましいんだろうな……誰かを守れたら、いいんだろうなあ」

 そう言って、サマエルは草の上に寝転んだ。

 おれの技術も装備も譲れたらいいのにな。

 戦いたいサマエルが戦えて、葡萄酒を造りたいおれは葡萄に専念する。

 本来なら、それがベストなのに。

 魔界でも、うまくいかないことがあるんだなって、少し悲しかった。

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