第26話 成長
そんな調子でまた一年が過ぎ。
なんか、人間界にいた時よりめっちゃ早い。
そもそも一日が早い。
朝ご飯食べて、師匠と一緒に畑に出て、仕事を観察してるとすぐに昼になって、お昼ご飯食べてひと休みして、葡萄の選り分け。
最近は房の選り分けも始めた。
粒はすぐ見てわかるけど、房はそうはいかない。
ダルーばあさんが丁寧に教えてくれるけど、ものすごく難しい。
でもこれ、上級酒と普通酒の原料を分ける作業だから、重要なんてもんじゃない。粒選んでる方がはるかに楽。
実の育ち方のバランスとか、全体的に見て考えて分けなきゃならない。
これはさすがに、簡単には身につかないぞ。
これだけで五十年くらいかかりそう。
一心不乱に房を睨んでると、あっという間に夜になる。
毎日同じことの繰り返しなのに、人間やってた頃はもっとずっと長かった気がする。
槍の英雄もときどき出没してる。
好んで出たくはないけど、戦争に遭遇すれば見過ごすわけにはいかないでしょ。
ここのところの木の槍の英雄は『魔獣を従えた英雄』にクラスチェンジ。
確かに『漆黒の魔獣を従えた木の槍の英雄』は長すぎる。
なにか略語があるといいんだろうけど。SMEとか。
西にも何度か行ったけど、特に問題は起きてない。いいことだ。
来た頃は立て続けに戦闘して報奨もらって、思いっきり振り回されてたけど。
丸二年過ごしてたら、やっと少し落ち着いた感じだ。
師匠は、みるくブランドのワイン開発と、葡萄の世話と、酒の仕込みと世話で猛烈に忙しい。
品種改良なんて、そう簡単にはできないもんな。
他の種類の葡萄を作ってる村民さんから木を譲ってもらって、いろいろ受粉させたけど、木になって実がついて、そこからまた掛け合わせするわけで。
いくら魔界の葡萄でも、おとぎ話の豆の木みたいには育たない。
むしろ遅い。
完成までどれくらいかかるやら。
でも師匠は挫けない。絶対にみるくの葡萄酒を造ると決意してる。
ので。
今年の品評会もおれが代理で行くことになり。
普通酒と上級酒を三本ずつ持って、パタパタ飛んで。
今年の品評会場は西。
毎年あちこち移動するんだって。葡萄酒造ってる地域に。
そういえば去年美味しかったワイン醸造家さん、確か西だったな。
もしかしたら会えるかも。去年は戦争あって全然話せなかった。
…………。
いや、そんなことない、大丈夫。
何度も西に行ったけど大丈夫だった。だから今回も大丈夫。
半月かけて到着、会場で招待状見せて中に入って、係の人に葡萄酒渡して。
おれの任務はここまで。あとはフリータイム。
他のところの葡萄酒とか、いろいろ試してはみるんだけどねえ……師匠の葡萄酒が日常になってしまってるから、どうにも……ノーコメント。
会場内うろついていたら、見つけた、去年の人!
向こうもおれのこと覚えてた。
「久しぶりだな、ちゃんと木の世話をしているか?」
「とてもそこまでいけません。まだ見学で精一杯です」
「ああ、おれもそうだったよ。最初は苦労するもんさ」
「それに、葡萄の房をより分けるのが、とにかく大変で……」
「慣れだ、慣れ。そのうちすぐに分けられるようになるよ」
彼の名はドゥルーヴ。
ド素人のおれにいろいろ教えてくれる。
「サエキは急いで帰るのか?」
「いえ、この町で宿を取ろうと思って」
「ならおれの家に泊まれよ。ここからそんなに遠くない」
「いいんですか?」
「せっかくだ、畑も見ていかないか?」
「はい、ありがとうございます!」
これは嬉しい。
普段から村民さんたちの畑はよく眺めてるけど、村の外の畑は初めてだ。
美味しくて綺麗なロゼが穫れる畑、すごく楽しみ。
会場で試飲する時も、一緒にいていろいろ解説してくれて、ものすごく親切。
おれも最初は苦労したからなー、って、笑って言える。
強いなあ。おれもそういう農夫になりたい。
ドゥルーヴさんが教えてくれて、美味しい葡萄酒をいくつも試飲できた。
「これは去年の最優秀葡萄酒だ。今年はどうかな」
ふたりでひと口含んで、何秒かして、申し合わせたみたいに顔を合わせた。
ドゥルーヴさんはおれの耳元でそっと、
「管理がまずい、失敗だ」
おれも耳元でこっそり。
「なんか変な渋味が」
「お前、意外と舌肥えてるな」
「それほどでも」
「いや、そこそこやれてる奴でないと、この微妙なのはわからんぞ」
「おれ、賢者の村から来てるので、日常的に美味しいの口にできるんですよ」
「……羨ましい。できれば今度、サモサ氏の上級酒を送ってくれないか。代金ははずむ」
「定価でいいですよ。定価で買うんですから」
「ありがたい、試飲したかったんだが、どうもおれは運がない。いつも乗り遅れて飲み損ねるんだ。それを丸々一本とは、嬉しすぎて眠れんぞ」
そんなに喜んでもらえるの、嬉しい。
おれも普段は普通酒だけど、たまに上級酒が食卓に出ることがある。
普通酒よりほんの少し軽くて、目が覚めるような、華やかで優しい葡萄酒。
どんな料理にも合う。
今年は無事に品評会も終わり、おれはドゥルーヴさんと一緒に会場を離れた。
並んで飛んでたら、懐に入ってたみるくが顔を出して鳴いた。
「ん? 子猫じゃないか。いつも連れてるのか?」
「ええ、出かける時は一緒なんです」
みるくが鳴いた理由。天使が来るから。
かなりの数だな。数が多いほど気配でわかるようになった。
ホバリングして気配がする方を見てたら、ドゥルーヴさんも止まった。
「ドゥルーヴさん、近くに駐留軍いますか?」
「ああ、町にいる。どうした?」
「敵襲です——おいで、みるく」
手の上に出したみるくは、ほんの数秒で大オオカミになった。
「町に近づけたくないので、できる分だけここで食い止めます」
装備を呼び寄せた。
槍の金色の鞘が柔らかく光って、ダミニが姿を現す。
「久しぶりの戦争! いっぱい痺れさせちゃうんだから!」
可愛いのか怖いのか、よくわからない。
槍に宿ってるんだから、当然といえばそれまでだけど。
「みるく」
声をかけると一気に走り出して天使の群れに向かって行く。
できるだけ町には行かせたくない。死傷者が出るのは嫌だ。
やっぱり、命を天秤にかけるのは好きじゃない。でも今のおれにはもう、天使を憐れむ理由がない。
上からの命令なんだろうから、個々の責任を問う気はないけど。
でも、これは戦争だ。
殺しに来る以上、殺されても文句は言えない。
なら容赦はしない。
無抵抗の天使を刺すことは、まだできないけど。
みるくが吼えると、近づいて来てた塊の一角が崩れた。
二度吼えて、先頭集団が半分墜ちた。
「おいで、みるく!」
一直線に駆け戻ったみるくは天使の群を睨みながら、おれの隣で唸ってる。
みるくにドゥルーヴさんを乗せた。
「大切な先生だ、落とすなよ」
槍を握り直し、敵に向かった。
そう、おれは太極拳使い。小さな頃からどれだけ練習し続けたか。
毎日、ただひたすら毎日。
そうして世界で戦えるようになれたはずだったのに、おれはやっぱりバカだ。
武器を持ったら、自然と頼るようになってた。
でもそれじゃだめなんだ。使えないと。使わないと。
使いこなさないと。
でなきゃ武器に振り回されるだけ。
こんな単純なことを思い出すのに二年以上もかかってしまった。
今は空中でも地面と同じくらい『立てる』ようになった。
だから、跳べる。回れる。素早い宙返りもできる。
どんな体勢からだって攻撃できる。
敵に囲まれても怖くない。雷の有効範囲は、以前より長く広くなった。
実戦を積んでいくうちにダミニと息が合うようになった。
囲まれたら、舞うだけ。おれに襲いかかろうと近づけば、逆に墜とされる。
そう、もともとの身体能力は高いんだ。
長器械を持たせたら世界で五指に入ってたんだ。
おれの唯一の特技。使わないのはもったいない。
槍の端を持って横に一周薙ぐと、三百六十度に強烈な雷撃が走って何十羽も落ちる。
「ダミニ、もう一発!」
「最近のご主人様、素敵っ! いくらでもあたしを使って!」
雷撃倍増。ダミニの乗せ方も覚えてきた。
身辺の敵を一掃、ふと見ると、すぐそこに兵士さんたちがいるのに気がついた。
見物かよ。
「すみません助けてください。おれ、一介の農夫なので」
おれが分断した敵の半分に、みるくが吼えてる。
ドゥルーヴさん、ちゃんと乗せてるな。いい子だ。
兵士さんたちに後をお任せして、おれは戦域離脱。
駆け戻ってきたみるくの背からドゥルーヴさんを下ろして、両手をみるくに差し出した。
「おいで、みるく」
優しく呼ぶと、子猫になって手のひらに収まった。
まだ天使はいるけど、もうここまでだよって合図。
「今日の戦果はあたしの勝ちよ、ケモノ」
挑戦的にふんぞり返ってるダミニ。
ない胸張るなよ……とは絶対言わない。
シャー! って毛を逆立ててるみるく。
はいはい、両者そこまで。どっちも頑張った、お疲れ様。
きみたちが競い合ってくれるので、最近は戦争が楽です。
みるくをポケットに戻し、装備を外して、ゆっくりとひと息、ついた。
英雄から農夫に切り替えるルーティン。
「お騒がせしました。こんなところ早く離れましょう」
と、声をかけたけど、ドゥルーヴさんは現実についていけなくて、しばらく茫然自失してた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます