第25話 優柔不断

「サエキー! 久しぶりっ!」

 役所の塔の向かいにある噴水で待ってたら、ナオが手を振りながら駆けつけて抱きついてこようとした。

「うわ、待って! ここに子猫いるの!」

 胸を指さすと、ナオ急停止。

「そんなとこにいたんだ。どんな子なの?」

 ツナギのボタンをひとつ外したら、みるくがちょこんと顔を出して鳴いた。

 ナオの頬が少し赤くなった。興奮状態。

「かっ……可愛いっ!! 可愛すぎる! この子、名前は?」

「みるくっていうんだ」

「みるく? あーん、響きが可愛いっ! いやー! 抱っこさせて!」

 テンション上がりまくってる、ナオ。

 もしかして、おれ、どうでもよくなってます?

 みるくを手の上に載せたら、もう興奮が止まらないナオ。

「今までいろんな子見てきたけど、この子の可愛さは破格だね! 目が金と紫なんだね、すっごくきれい。真っ白でふわふわ! 気持ちいい〜〜〜」

 うん、まあ……衝撃波吐くけどね……。

「お昼、どうする?」

 訊いたら、やっとおれを見てくれました。

「腸詰めの屋台に行きたい!」

「え? あれってパニールでしょ」

「双子で屋台出してるんだよ、おんなじ味。美味しいよ!」

 みるくを内ポケットに入れて歩き出したら、ナオがおれの腕をギュッと抱き込んだ。

 うわーすごいカップルみたいー、でもおれ、そっち無理。

 当然だけど、胸の感触はない。ナオ男の子だから。

 個人的にはあまり大き過ぎない方が好きだけど、まったくないのは大問題。

 屋台はパニールのと同じ、簡単なテーブルと椅子が並んで。

 一緒に買いに行ったら、店主のおじさんにからかわれた。

 うわ、ほんとに同じ顔。魔界にも双子いるんだ。

「久しぶりだなナオ。なんだ、彼氏できたのか?」

「うん、そうだよっ」

 いや、そこは、その、肯定せずに……。

「お前の趣味、案外地味だな」

 思うのは自由だが、本人の前で言わないで、おっさん。

 これでも一応、顔は十人並みより少しは上らしいし、線は細めだけど脱いだらすごいんだぞ。

 武道者にして農夫、舐めんなよ。

「違うよ、すごいカッコよくて、ぼくを守ってくれるんだー」

「この兄ちゃんが? そりゃすげえわ」

 絶対信じてない、このおっさん。

 でも、おれがおっさんの立場だったら絶対信じない。

 どこからどう見ても、頼りなさげな農夫です。

 一応断っておこうと思って、ポケットからみるくを出した。

「この子一緒でもいい?」

 おじさんいわく。

「無害ならかまわんさ。昔サラマンダーを連れた奴が来て——」

 あちこちで起きてるんだな、魔獣被害。

 ホットドッグとポテトと麦酒。今回はハムの盛り合わせも。

「じゃあ、再会を祝して!」

「うん、久しぶり。ぼくも会いたかったよ!」

 麦酒で乾杯。冷めないうちにホットドッグ。

 うわ、ほんとにパニールのお店と同じ味。

 懐かしい、このうまさ。

「あれからどうしてた?」

「ぼくはひたすら軍務だよー。でもあれからあまり大きな衝突なくて、町のあたりはそこそこ平和。やっぱり殲滅しないとダメなんだねー。じゃないとあいつら全然懲りない」

 と言って、ナオはため息。

「サエキは?」

「……いろいろありました……」

「……あんまり訊かない方がよさそうだね……でも元気そうでよかった!」

「うん。そういえばおれ、サモサじいさんの弟子っぽいものにしてもらったんだ」

「えーっ、ちゃんと弟子入りできたんだ!」

「師匠はなにも教えてくれないよ、見て覚えろって」

「そういうのってあるよね。治療兵も勉強だけじゃダメ、現場で経験積まないと身につかないの」

 そっか、そうだよな。座学で覚えたってなんにもならないジャンルはある。

 治療も葡萄酒も経験が必要だ。太極拳だってそうじゃないか。

 油断すれば鈍る。どんなに忙しくても日々の鍛錬怠るべからず。

 すべては日々の積み重ね。葡萄も、武道も。

「そっかー。サエキが造った葡萄酒飲みたいなー」

 さすがに少し笑っちゃった。

「何百年先になるかわからないよ」

「何百年も先かあ……ぼくはどうしてるかな、少しは昇進してるのかな」

「ナオは今どれくらいだっけ?」

「伍長だよ」

 伍長、伍長……曹くらいだったかな、たぶん三曹あたり。

「でもさ、もしぼくが昇進するとしたら、仲間が降格させられるか戦死するかなんだよね。降格はまだしも、戦死は嫌だよ。それが軍隊だっていうのはわかってるんだけど」

 パパドが刺された時のこと、思い出した。

 大事な人が傷つく、死んでしまう、そんなのは本当に嫌だ」

「少し前におれのとても大事な仲間が重傷を負って、ものすごく辛かった。ひとり傷ついただけでも辛かったのに、大勢傷ついたらもっと辛いよね」

「そっか……サエキも大変だったんだね」

 そしてナオはジョッキを持った。

「暗い話はここまでだっ! 冷めないうちに食べよ!」

 そしたら、みるくがポケットから出てきて飯を要求したので、隣に置いてポテトをやった。

「その子、なに食べるの?」

「なんでも」

「なんでも?」

「肉でも野菜でも果物でも、畑の雑草でも虫でも、師匠のつまみでも、なんでも」

「すごい! 好き嫌いのないいい子なんだね!」

 ……いろんな言い方があるんだな。おれは悪食だと思ってた。

「みるくー、ほら、これもお食べー」

 と言って、ナオはハムの一番美味しそうなところを惜しげもなくみるくに。

 師匠もそうだけど、ほんと、惜しまないよね。

 おれはせめて半分こにしたい。猫飼いとして修行が足りないんだろうか。

 食事がすんだら、一緒に市場を見て回った。

 ナオは完全におれの腕を抱き込んで熱愛カップル状態。

 ……嫌ではないけど、やはり寂しい胸の感触。

 夜はナオお勧めの店に。

 ちょっと地下に入って隠れ家的な。

 もちろん、みるくの持ち込みは確認した。大丈夫だった。

 なんでも昔、大サソリを持ち込——。

 お昼とは違って葡萄酒片手に穏やかな語らい。

「そういえばサエキって以前はなにしてたの?」

 そうだよな、今まで訊かれなかったのが不思議だったかも。

 うーん……正直に言うしかないよなあ。

 もともと人間、時空の裂け目に落ちてここに来た、堕天の実を食べて堕天者になった——。

 ナオは驚いた目でおれを見つめてる。

「じゃあ……サエキは元の世界に帰っちゃうの……?」

「そんな簡単にはいかないよ、時空を超える時計って知ってる?」

「上位の堕天使さんたちが人間界と行き来するのに使う時計でしょ」

「持ってるのは陛下だから、使うためには謁見しなきゃならない」

 驚きを通り越して、ナオは息を呑んでしまった。

「えっ……そんなの、あの……」

「わかってる。司令官と戦うか、謁見に値する技能をつけるか、どっちかだ。簡単に帰れるなんて思ってない。たぶん何百年もかかる。もっとかかるかもしれない。だから、すぐに帰るわけじゃないんだ」

「そうなんだ……いろいろ大変だったでしょ、知らないところに来て、友達もいなくて、大変だったよね」

「実はそうでもなかった。パパドと仲良くなれたし、サマエルも優しい。ふたりの紹介で師匠が下宿させてくれて……こうやって考えるとあまり苦労してないなあ。読み書きが苦手なくらいで」

「うん。サエキの手紙、すごい」

 そう言ってナオは笑った。

 ああ、うん、そうだったろうな……ナオをみるくに食べさせるところだった。

 本当に食べそうなのが怖い。

「大丈夫、パパドに教わるから。たくさん時間あるからね」

「——でも、いつかは帰っちゃうんでしょ?」

「遙か遠い未来のことです。目処はまったく立ってません。だって今のおれの技能って、最上級葡萄酒を造るための葡萄の選り分けしかないんだもん」

「でもサエキは強いよ。普通の兵士より」

「数分で天使の師団を殲滅できるくらいなら、強いといっていいと思う」

「ずっと、いてくれたらいいのにな……」

 うつむいてそんなこと呟かないで。

 いくらおれでも、ちょっと胸に刺さります。

 たぶん……おれはナオのこと、好きなんだと思う。

 でも『女の子だったら』って条件がついてしまう。

 これはおれの一方的な都合。ナオはなにも悪くない。

「ね、ナオ、これからもずっと仲良くしてくれるかな?」

 こんなことしか言えなくて、ごめん。

 ナオは笑顔で頷いたけど、少しだけ瞳が潤んでたかもしれない。

 ——といった話をサマエルにしたら、説教されました。

 綺麗な金髪を、わしわし掻いて。

「ひっどい奴だなお前っ、ダメなら潔く別れろよ! それが誠意ってものじゃないの? 相手にズルズル引きずらせてさっ、だからって責任取れるわけでもなくてさ!」

「やっぱりナオはおれが好きなんでしょうか……」

「それ以外のどういう結論があるのか訊きたいよ。賢者パパドでも思いつかないだろうね」

「いや、その……おれもね、ナオのこと、好きなのかなーって思うんだけど……」

「じゃあくっつけよ」

「だから、おれは男の娘は守備範囲でなく……」

「好きなら関係ないだろ、そんなの!」

「おれにとっては関係なくない。めっちゃ重要です」

「あーもー面倒くさいなお前っ! じゃあ人間界に帰るまでずっと悩んでろ!」

 パパドにも話したら、双子かっていうほど同じ説教をされた。

 優柔不断男の烙印捺されました。

 そりゃあさ、堕天族はそうなんだと思うよ。

 男も女も関係ないよ。

 人間界だってそういう方向に進んでるけどね。

 でもね、そういう人たちの権利を守ろう、っていう話で、じゃあお前もやれ、という話にはならないわけで。

 ストレートにはストレートの権利というのもあるわけで。

 ああ、もう熱が出そう。

 でも、もしかしたらナオはおれよりずっと切ないのかな。

 すみません、おれ、ほんとに優柔不断だわ……。

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