第24話 初めての納税

 北東の町で漆黒の魔獣にまたがった堕天使が天使の軍勢を蹴散らした……という報道が帝国に流れてる。

 正体不明の魔獣に完全にフォーカスされてて、誰が乗ってたのかについての情報はない。

 まあ、槍の英雄とか言われるより気持ちは楽だけど。

「で、これ、どうしたらいいの、パパド?」

 みるくは気楽なもんで、蝶みたいな虫を追いかけて、跳ねて、捕まえて食べてる。

 子猫バージョンの時は、いいとこ50センチくらいしか跳べない。

「我に言われても、どうしようもない」

「いきなり大オオカミになって衝撃波出す猫なんて飼えないってば」

「そうは申しても、お前が名付けてしまったではないか。母上にお返ししても何度でも戻ってくるぞ」

 サモサじいさんには絶対言えない。みるくが危険生物だなんて。

 誰にも言えない。おれとパパドとサマエルの秘密だ。

「母上はお前に恩義を感じられ、護衛をとお考えになったのであろう」

 そうはおっしゃいましても。

 番犬と呼ぶには、あまりにも猛獣。

「有事でなければ姿を変えることはあるまい。案ずるな」

 案ずるなといわれましても、おれは毎日生きた心地がしない。

 みるくがおれの脛を掻いて、抱っこを要求している。

 抱き上げれば本当に可愛い。

 小さくてほんわか。ほんのりあったかくて。

 ——大オオカミになって衝撃波吐くけどね。

「みるくは主のお前を守っておるだけなのだ。無邪気なものよ」

 邪気があったら大変です。

 サマエルは大笑い。

「みた、新聞みた! バルバトスすごいのよこしたなー! さすがは子離れできない母ちゃん」

「笑い話じゃないよ、サマエル……お前は実物見てないから笑えるの」

「え? 笑い話じゃん。だって敵しか攻撃しないだろ? 強いし、すっごい楽じゃん」

「そうだけどさあ……」

「お前だって戦うじゃん、槍と宝石フル稼働で」

「そうだけどさあ……」

「みるくは戦闘力が高いだけ。そこにお前の石の波動が伝わって、爆発的な威力になった。別にどこも悪くないだろ」

「……まあ」

「真面目な話、バルバトスも想定してなかったと思うんだ。たぶん番犬くらいの感覚だったんじゃない?」

 元人間と高位魔族の感覚のずれ、深くて暗い河の両岸。

「パパドも護衛だろうって言ってた」

「ほんと、息子に甘いからねえ、あいつ」

「そんなに甘いんだ」

「あちこちで子供けっこうたくさん産ませてるけど、パパドだけは自分で産んだから特別」

 ああ、そういうことですか。

 いるよね、息子溺愛するお母さん。

「かなりの難産だったらしいし」

 そりゃ、よけい可愛いよな。

「前にも言ったけど、高位魔族同士はほんと子供できないの。それが奇跡的にできちゃって、しかも超優秀じゃん? 子離れなんて無理無理」

 確かにいくら自慢しても足りないレベル。

 美男にして傑出した文武両道。もはや嫉妬する気にもなれない。

「形としては二世代目になるけど、事実上は最高位堕天使みたいなもんだし」

 溺愛しない理由がない。

 その結果、おれの元には衝撃波を吐く大オオカミが。

「みるく、お前本当に戦争の時しか大きくならない?」

 おれを見て、可愛い声で鳴く。

 衝撃波は出ない。可愛いオーラがダダ漏れだけど。

「オオカミは明らかに戦闘モードでしょ」

「でも育つよね。どれくらい大きくなるかな」

「それもう成獣だと思う。それだけの魔力使う幼獣とかいないから」

 そうか、みるくはこれ以上大きくならないのか。

 大オオカミにはなるけど。

 でもそれは秘密。

 家に帰ればダルーばあさんの膝の上で寝たり、師匠になでくり回されたり、食事の時間には椅子の上でご飯もりもり食べたり。

「そうじゃ、サエキ」

 みるくを撫でてた師匠がおれを呼んだ。

「税を納めに行かねばならん、忘れるところじゃった」

 ああ……師匠、新開発ワインの勉強にのめり込んでるからね……。

 酒造り以外のことは頭からこぼれちゃうんだよね……。

「急ぐ?」

「いや、急ぎではない」

「じゃ少し待って。おれパニールでできた友達に会いたい」

 書いたよ、苦手な手紙。教科書見ながら練習してるけど、やっぱり外国語は難しい。

 翌日、出す前にパパドに見てもらった。

 いつもよりちょっと長めだったから。

 実体に戻って、丸太に座ったパパド、手紙を手に言った。

「サエキ、これを相手に渡すつもりだったのか……?」

「え? まずい?」

「単語を適当に並べているのは、まあよかろう。相手に推理力があれば文脈は繋がろう」

「今まで二回出して、なんとかなってたけど」

「猫 一緒 ご飯 なる」

「——一緒に猫のご飯になる?」

「相手をみるくに食わせるつもりか。かようなものを送りつけられたら、我は絶対に出向かぬぞ」

 パパドの家に強制連行されて、問答無用で全部書き直し。

 そういえばパパドの家って初めてだ。

 とにかく、本。かろうじて机とテーブルとベッドはあるけど、本。

 全部本。そのへんの図書館じゃ勝てない。

「どうやって生活してんの……」

「寝に帰るだけだな」

「ご飯は?」

「森の小動物ですませる」

「お風呂は?」

「泉ですませる」

 名門エリート堕天使のとんでもない私生活。

 そうだよな、普段フクロウだもんな……猟で餌獲って、泉で水浴び。問題ない。

 口の周りを血まみれにして生肉食ってる実体パパドを想像したら、ちょっと怖い。

 スパルタでビシバシ書き直させられて、やっと書簡屋さんに行った。

 書簡屋さん、超速い。鉄砲玉みたいに速い。料金を少し上乗せすると、一番速い書簡屋さんが全速力で届けてくれる。

 帝都の向こうのパニールでも五日で届く。

 おれ、二十日かかりますけど。

 速達で出したら、速達で返ってきた。

 帝都で待ち合わせすることになった。

 師匠の白金貨十枚、おれの白金貨二枚と金貨五枚、路銀、非常食その他あれこれ。

 忘れちゃいけない、みるく。

 うっかり置いていってオオカミになって追いかけてきたりしたら、やばい。

 服の胸の内側にポケットつけたから、そこに入れておけば大人しくしてる。

 いつも通りにパパドとサマエルに挨拶して、村を発った。

 宿に泊まったり、野宿したり、善意で泊めてもらえたり。

 懐かしいな、帝都一年ぶり。

 例の旦那さん一家のとこにも行った。お土産にサモサじいさんの葡萄酒持って。

 ごめん、荷物少なくしなきゃならなくてハーフボトルなんだけど。

 でも上級酒だからすごく美味しいよ。

 ご主人、大喜びだった。

「そういえば最近はあまり英雄の話は聞かないな」

「そりゃ平和が一番でしょ。……おれたちの知らないところで戦争は起きてるはずだけど」

 奥さんと子供はみるくが気に入ったみたいで、坊やが「ほしい、ほしい」って駄々こねてる。

「うーん、ごめん、あげられないんだ」

「みるく、ほしい」

「あげてもいいけど、すぐいなくなっちゃうよ? おれの猫だから、おれの言うことしか聞かないんだ」

「へえー、頭のいい子なんだねえ。こっちにおいで、みるく。おやつをあげるよ」

 みるくは奥さんの後ろを追っかけてった。

『ご飯』と『おやつ』という言葉に対する反応が早い。

 楽しい一夜を過ごして、一路帝都へ。

 役所の塔に入ろうとしたら、衛士さんに止められてしまった。

 どうやら、みるくが問題みたいだ。

「大昔、ドラゴンを持ち込もうとした不届き者がいて大変なことになったようだ」

 で、以来、生き物持ち込み禁止とのこと。

 しかたがないから、みるくを門の前に置く。

「いいか、みるく。ここで待ってるんだぞ。いい子にしてろよ?」

 言い含めて、納税課へ。

 係の人、おれを覚えててくれた。

「一年間ご苦労様。よく働いたんだね」

 褒めてもらえた。嬉しかった。

 師匠の分とおれの分、納税証明書を二枚もらって建物を出た。

 みるくは言いつけ通り、一ミリも動いてませんって感じで座って待ってた。

 猫なんだけど、犬みたいな性分も入ってる。

 ハイブリッド。

「賢いなあ、この子猫。きみが言ったとおり、まったく動かなかったよ」

「はい、賢くていい子なんです」

 衝撃波吐くオオカミですけどね……。

 さあ、明日はナオが来るぞ!

 ああ、楽しみだー!

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