第14話 奇跡
地図を確認するのに、かなり高く飛ばなきゃならなかった。
空気が薄くて辛い。でもこうしなきゃパニールに行けない。
それでも川が流れてるだけましだ。目印がなかったら方向を見失ってる。
この国でも日が昇る方角は東、沈むのは西で、東や西はわかりやすいけど、南北は本当に感覚がつかめない。だからご主人がくれた超簡略された地図でもありがたかった。
少し空気が薄くなるだけで翼が重い。息も切れるし楽じゃない。
でも、なんでも経験だ。これからだって何度も来るんだろうし。
——いつまでこんな風に暮らすのかな。
魔界生活、まだ一年未満。
この先、葡萄酒造りのスキルを磨くとしても、何十年もかかるだろう。
寿命があるわけじゃないから、先を急いでもしかたがなし、ゆったりかまえるしかない。
とりあえず目先の用事をすませよう。
パニールに行って、ダルーばあさんが好きな酒を買おう。
パニールの町までは五日くらいかかった。
その間は野宿と民泊。対価は労働。
収穫を手伝ったり、荷物を運んだり、いろいろ。
土地は変わっても、やっぱりみんな優しい。天使よりも天使。
あちこちで話を聞くと、戦争は毎日必ずどこかで起きてるようだ。
両軍の主力がぶつかり合うような大戦争はないらしいけど、おれが遭遇してきたような小競り合いレベルの衝突は、毎日そこかしこで起きてるらしい。
意外と物騒だな、そうして考えると。
そうだよ、ピンポイントで戦闘に巻き込まれるなんて思う方がおかしい。
よくあることなんだ、戦いは。
五十羽くらいの襲撃は、この町でもたびたび起きるって。
嫌な予感。
ほんとやめて、おれ戦争大嫌い。
怖いし痛いし、いいことなにもない。
平穏無事に旅が終わることを祈りつつ、宿を決めて、なによりもまずダルーばあさんの好物を確保。
それから市場を見て回った。帝都みたいな規模じゃないけど、このあたりはまだ都会なんだろう、かなり賑やかだ。
ちょっと郊外に出ると見渡す限り一面桃の木。
自然と文明の共栄みたいな。
土産は、じいさんには葡萄酒のつまみになりそうな日持ちがするもの。パパドには地物の美味しそうな干し肉。
サマエルには立体パズルを買った。何万通りも答えがあるっていうから、しばらくは飽きないんじゃないかな。
いったん宿に戻って土産を置き、少し早めの夕食に出ることにした。
買い物に出た時みかけた、ホットドッグみたいな食べ物の屋台。
簡単なテーブルと椅子が並んでて、たまになこんなのもいいなと。
行ってみるとほんと、ホットドッグそのもの。パンにソーセージが挟んであって、ものすごくうまそう。
フライドポテトもある。美味しいんだよね、この国のイモ。
ほぼビールみたいな酒も置いてある。麦酒。
食べ応えがありそうなホットドッグとイモ、麦酒を頼んで、お盆で受け取って空席に座った。
ソーセージ、ジューシーでめちゃくちゃうまい。
これ、おかわり案件だ。ほんとうまい。
で、ビールにポテト。
大人のファストフード。
ふと、お盆を持って席を探してる人が目に入った。
——やばい、超好みだ。どストライク!
ショートカットの髪は濃いブルー。人間にたとえると二十才、くらい?
ちょっとボーイッシュな雰囲気の可愛い子。
ほんと可愛い子!
話したい……でもおれ、声なんかかけられない。可愛すぎる。
このままやり過ごすなんて大損だと思うけど、声かける勇気はない。
「ナオ、ここ空いてるぞ!」
声をかけてきた相手に、彼女は舌先を見せて返した。
「やーだ。こないだお尻さわったじゃない」
すっごい可愛い! なんかもうおれのアイドルです!
耳に優しい高すぎない声。あの声で名前呼ばれたい。
ど、どうしよう、声かけようかな。実際、おれのテーブル空いてるもんな。
話ができたらすっごく嬉しいけど、どうしようっ……。
「ね、ここ座ってもいい?」
奇跡が起きた。こんな可愛い子から声をかけられるなんて。
しかも相席!
「ど、どうぞ、空いてます」
彼女はおれの向かいに座って、麦酒をひと口飲んで、嬉しそうにホットドッグにかぶりついた。
そんな様子もほんとに可愛い。もう、なにからなにまで可愛い!
全然つくろわない、ナチュラルな可愛さがたまらない。
「この町の住民じゃないでしょ? 商いに来たの?」
屈託なく話しかけてくるフレンドリーさ。
「北から来ました。納税のついでに、ちょっと買い物に」
「北かあ、少し前まであっちにいたの。葡萄酒美味しいよね」
「葡萄酒作ってるよ」
「あー、今晩葡萄酒飲も。思い出したら我慢できない」
そう言って笑う。
いくらでもあげたい。上級葡萄酒何本でも。
真面目にこつこつやってると、こんないいこともあるんだな。
遠い町まで飛んで来た甲斐があった。
サモサじいさんありがとう、お遣い言いつけてくれて。
「サモサの葡萄酒知ってる?」
「知ってる! でもなかなか手に入らないもん」
「特別高くはないけど」
「量が少ないの。だから元の売値の何倍もする」
いくらでも送ります、住所訊きたい……。
「確かに小規模だからね、あの農園。働き手雇ってないし」
「北には四年いたけど全然飲めなかったよ。一杯くらい飲んでみたかったな」
そしてホットドッグをパクリ。
頬ふくらませて美味しそう。
おれもホットドッグを頬張った。うますぎる。
こんな可愛い子と差し向かいで気取らないご飯、まるで夢のよう。
「あ、そうだ、ぼくナオラタンっていうんだ。ナオでいいよ。きみは?」
ぼくっ娘。可愛い。これが夢なら覚めないでくれ。
「おれはサエキ。賢者の村から来たんだ」
「北の賢者? パパドだね!? ぼく会ったことがあるよ。向こうは覚えてないと思うけど」
「きっと覚えてる。だって賢者だもん」
こんな可愛い子を忘れるようじゃパパドももうろくしたと言わざるを得ない。
「きみはこの町の住民?」
「ううん、元々は西の生まれ。十年くらい帰ってないなー」
「そういえば西には行ったことがないや。どんなところ?」
「牧畜の地だよー。お肉は本当に美味しい。乳も卵も、あと乾酪! ここの腸詰めも西の肉で作ってるんだよ。美味しいでしょ?」
「ものっすごく! 絶対おかわりする」
「じゃあ、ぼくが買ってきてあげるっ。ちょっと待ってて」
お金を渡そうとしたけど、彼女はもう席を立ってた。
戻って来たら渡そう。
最後のひと口を味わって麦酒で流し込んだら、いきなり、爆発音がした。
また、戦争だ……いいところだったのに!!
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