第15話 死闘
攻撃されたのは近くだ。風に煽られて空席が倒れた。
誰かが「襲撃だ!」と叫んで、みんな周囲に声をかけ始めた。
「大丈夫か?」
「逃げられない奴はいないか?」
「手が必要な奴はいるか?」
慣れてるみたいだ。町はやっぱり狙われやすいのか。
思い出して店の方を見た。ナオが転んでて、おれはあわてて駆けつけた。
また爆発音。炎の魔術らしい。爆弾そのものだ。
「大丈夫!? 怪我はない?」
「ぼくは大丈夫……早く逃げて」
逃げられるわけ、ないじゃないか!
上空に敵が迫ってきてる。魔術を使う天使だ。今度はどこが狙われるかわからない。
「ナオこそ早く逃げろ、ここも危ない!」
この子を守らなきゃならない。
翼を広げたら、ナオが腰に抱きついてきた。
「なにしてるの! 農夫が素手でなにするの!」
「素手じゃない、大丈夫だから、みんなと一緒に、早く!」
火の手と黒煙が迫ってきていた。
「サエキ、きみも逃げないと!」
「大丈夫だから——早く!」
ナオの腕を振り切って飛び上がった。
来い、ダミニ、そして宝石たち!
念じて、頭の中にイメージを描く。
槍、指輪、ブレスレット、すぐにおれの手に収まった。
「すっごい退屈だった! やったね、戦争♥︎ 戦争♥︎」
ほんと、誰かなんとかしてください、この子……。
民兵らしい堕天使たちがもう戦闘に入ってた。
すぐに駐留軍が来るだろう、それまでは持ちこたえないと。
相手は百羽くらい。軍が来れば追い払える数だけど、問題は魔術使いがいること。
遠くからでも攻撃できる。厄介だ。
まだナオがおれを見上げてる。
「早く逃げて!!」
言って、おれは前線に向かった。
ナオを守らないと。彼女だけは絶対に!
槍の鞘が消えて、ダミニがおれの肩に。
「あの子守りたいの?」
「そうだよっ」
「じゃあお願いして?」
「お願いダミニ、手を貸して!」
「あぁん♥︎ なんでも聞いてあげちゃうっ!」
ダミニを頼もしいと思ったの、初めてです。
さあ、魔術使いはどいつだ、そこを最初に叩かないと。
斬りかかってきた天使を槍で薙いだ。雷撃に撃たれた天使はそのまま墜ちていった。
ターゲットを探したいのに、前衛が攻撃してくるから見定められない。
必ず周囲に護衛がいるはずだけど、たぶん攻撃用の隙間がある。
空中戦だけど、同士討ちを避けるために下を狙ってると思う。
そう、狙いは一般魔族。最初から軍は計算に入れてない。
こいつらはいつもそうだ。ヒットアンドゴー。やるだけやって逃げるんだ。
抵抗できない弱者を踏みにじって。
絶対に逃がさない、勝手に暴れて逃げるなんて許さないぞ。
視界の右側で、下に向かって炎が飛んで行くのが見えた。
あそこにボスがいる!
飛び込もうとしたけど相手も簡単には通してくれない。
すぐに向かってきて、おれを狙う。
剣を振りかざしてまっすぐ突っ込んで来る。
とてもかわせる速度じゃなくて、かろうじて槍の柄で受け止めた。
すごい圧力。全力で抵抗しないと殺される。
両手が塞がって隙ができてる。やばい。
穂先で雷光が小さく散った。
「うわ、やめろっ、おれまで死ぬだろ!」
至近距離で指輪を使うのも危ない、共倒れになるかもしれない。
なら、風だ! 力を見せてくれ、風のブレスレット!
台風並みの突風がおれを中心に巻き起こって、飛べなくなった天使たちがバランスを失って落ちる。
でもこれは気休めだ。すぐにまた襲ってきた。
だけど距離は十分取れた。
くらえ、ファイアストーム!
右手の上に左手を重ねて天使達に向けると、炎の突風が相手を包んだ。
威力数倍増。これは使える。
さあ、ボスを倒しに行くぞ。
とはいっても、相手の数はまだ多い。簡単にはボスにたどり着けない。
今回は今までと違う、かなり本気で攻撃に来てる連中だ。
町を丸ごと焼き払う気かも。
そんなことはさせない、あの子が住む町を廃墟になんかしてたまるか!
寄ってくる天使どもをダミニの雷撃で薙ぎ払い、一直線にボスがいる集団に向かった。
抵抗もすごい。軍人じゃないおれなんかじゃ太刀打ちできないかも。
それでも諦めない。全力でやるんだ、ナオを守るんだ!
ボスを守る奴が斬りかかってきて、かわしきれずに右の二の腕を切られた。
矢で射られた時よりはるかに痛かった。気が遠くなりかけた。
しっかりしろ、おれ! こんなところで気を失うな!
戦え、絶対に守り抜け、これ以上攻撃をさせるな。
懸命に踏みとどまり、おれを切った奴を槍で刺した。火花が散って、墜ちていった。
その陰に、敵が隠れていた。
持っていた槍を突き出してきた。
左の脇腹になにかが通る嫌な感じ——激痛が走った。
刺された……!
「触らないで! 抜いたら死んじゃう!」
ダミニの声。
ダミニが刺さった槍の柄を握って放電。
柄が焼き切れて、おれは腹に槍が刺さったまま、相手を刺した。
墜ちていった。
「絶対抜かないで、痛くても我慢して。あたしをひとりにしないで!」
死ぬほど痛い。脇腹も腕も、体が千切れそうなほどの痛みだった。
でも、まだやれる——やるんだ。絶対にボスを墜とす……。
墜ちるふりをして高度を下げた。ボスが魔術を使う態勢に入ってるのが見えた。
姿勢を変えて下から一気にボスを目指した。
護衛の奴らがこっちに向かってくる。
ファイアストームを見舞った。
怖くなるほどの威力だった。おれに向かってきた天使は根こそぎ墜ちた。
ボスも片翼が燃えていた。
容赦しない。もう一度、ファイアストーム。
向こうも魔術を撃ってきたけど、風で煽ってる分、威力はおれの方が強かった。
墜とした……確認して、それからの記憶はない。
痛みで目が覚めたら、いきなり叱られた。
「動かないで! 今治療中なんだから!」
ナオの声だった。
ものすごく痛い。腕も痛いけど脇腹がとにかく痛い。
「まだ時間がかかるよ、深手だからね」
ああ、この子兵士だったんだ……治療兵なんだな。
「ごめん、ぼく、なにもできなくて。治療しかできないんだ。でも治すから、頑張って」
「うん……ありがと……」
「すごかったよ、きみの戦いぶり」
「必死、だった」
きみを守りたくて。ただそれだけで。
「パパドの村の、槍の英雄……だったんだね。雷の槍はサルガタナス閣下からの報奨でしょ」
「嫌だけど……そう呼ばれることもある……」
「でも無茶しちゃだめだよ……きみは農夫でしょ、危ないことは兵士に任せてよ」
「軍が来るまで、食い止めなきゃと、思って」
「大丈夫。もう敵は掃討したよ。残らず討ち取った。逃がすと調子に乗るからね。これで当分、この町は襲われないと思うよ」
「よかった……」
本当によかった。それだけで報われたと思う。
町が戦火から遠ざかって、きみが無事で、もうそれだけでいい。
「ナオラタン伍長か。今日は非番だったはずだが、治療中か」
男の声がした。誰かが上から降りて来た。
「はい、えっと——旅で北から来ていた農夫です。深手で手が離せません」
「よし、そのまま治療してやれ。終了次第部隊と合流するように」
「了解しました。ナオラタン伍長は民間者治療ののち部隊に合流します」
すごい、ナオ、軍人だ……ホットドッグ食べてた時のイメージと違う。
でも、カッコいい。
「隠してくれて……ありがと」
「だって嫌なんでしょ、英雄って言われるの」
「うん……嫌なんだ、戦争するの……嫌なんだけど……」
「でも戦うんだね」
「だって、女の子は守らなきゃ……」
会話が止まった。
薄目を開けてみると、ナオがきょとんとしておれを見下ろしてる。
「——女の子って言われるの、嬉しい」
「だって、兵士でも女の子は女の子だよ……」
「体は男なんだけどね」
——はい?
「でもねっ、心は完全に女の子なんだっ。サエキに守ってもらって嬉しい、ほんとに!」
——男の娘を助けてしまいました……激痛に耐えながら命がけで。
それってアリですか!? ナシでしょ、ないって言って!
「がっかりした……? 隠しておいてもよかったんだけど……」
でも、と言って、ナオは続けた。
「サエキは木の槍の英雄だってこと隠したかったのに、戦ってみんなを守ってくれた。ぼくだけ自分のことを秘密にしておけないよ……ほんとのこと言わないと」
正直な子なんだな……嫌われるかもって思っても、話したかったんだ。
そりゃ、ガッカリしてるよ、本当は。ものすごく好みだったから。
でも、正直なナオは嫌いじゃないよ。
「早く打ち明けてくれて、ありがと……好きになりそうだったから」
「別に好きになってくれてもいいけど……ぼくはサエキのこと大好きだよ」
ゴメン、ちょっとそっち系は無理かも。
でも友達にならなれると思う。
ほんの少しの心の痛み。これはたぶん魔術でも治せないんだろうな。
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