第13話 サエキ、税務課に行く

「サエキ、すまんが税を納めに行ってくれんかの」

 サモサじいさんからの指令。

「いいよ。税務署どこ?」

 帝都の塔の十二階だというから、また一か月半のロングフライト。

「ついでに、南の町に行ってな、桃の酒を買ってきてくれ。あれを水で割ったのがダルーの好物でな」

 そうと聞いては頑張るしか。

「お前が来てからいろいろ助かるわい」

 よかった、役に立てて。

 たいした仕事もできない農夫見習いの下宿人。

 せいぜいこき使ってください。

 取り急ぎの旅じゃないから、全行程二か月あまり。

 税金と路銀と非常食を持って、旅に出た。

 槍も指輪もブレスレットも強く念じれば手元に現れるので、持って行かない。

 荷物は必要最小限。

 登録に行った時と同じ、導きの石に従って帝都まで十六日。

 飛ぶのが少し上手くなった。スピードもそこそこ出せる。

 通常は三十キロくらいかな。短距離ダッシュなら、たぶん五十キロくらいまでは出せた。

 まだまだ練習が必要。

 五十キロくらい、競技用の自転車なら楽に出せる。堕天者たる者、自転車ごときに負けるわけにいかんでしょ。

 地理も多少は把握できるようになってきたし、こうして長距離のお遣いもできる。

 以前泊めてもらったところにまたお世話になったり、野宿したり、それはそれで楽しい。

 人間界にいた頃は人付き合い苦手だったんだけどな。理由を考えると、よくわからない。

 しいていえば、あまりいい思い出がなかったからかもしれない。

 親が有名だったから、かえって厄介だった。

 おれの背後にはいつも、親の影があった。

 今はずいぶん楽だ。誰もおれを特別な目で見ない。

 一宿一飯をお願いして断られたことがないどころか、野宿の準備してるとこで遭遇した村民さんが家に誘ってくれたりする。

 みんな、いい人だ……。

 帝都近くでお世話になった家にも寄った。

 この間はさっさと行っちまって! と奥さんに叱られた。

「それにしても驚いた、立派な槍を持ってるなと思ってたら、あんた木の槍の英雄だったんだってな。どこから見ても農夫だから気づかなかったぜ」

「いや、普通に葡萄摘んでる農夫なんで」

「今日は槍は持ってないんだな」

「呼べば来るのが判明したので、家に置いてきました」

「雷を放つ魔法の槍だって兵士から聞いたぞ。すごいな」

「サフェードさんっていう鍛冶屋さんが作ったんだって」

「サフェード! 帝国きっての刀剣鍛冶だ、おれでさえ知ってるぞ」

 そんなに有名な職人だったのか。確かにパパドは狂喜してたけど。

 道中見た限り、村はまだ再建半ばだった。そう簡単には立ち直れないよな。

「晩ご飯まで、おれ手伝ってきます」

「なにを?」

「石積むくらいはできるから」

「手伝ってくれるのかい?」

「ええ。泊めてもらうんだから、なにかしたいです」

 日暮れまで数時間、ご主人と一緒にご近所の手伝いに行った。

 家の土台は石で、家屋は木材。

 コンクリートの基礎に木の家と構造は同じか。

 石、あまり大きくないけど、見た目より重い。

 おれが格闘してたら、ご主人が笑いながら手伝ってくれた。

 以前だったら「ああ、大変そうだな」でスルーしてたと思うけど、自分が大事にされるから、周りを大事にしなきゃと思う。

 んー、人間だった頃より人間らしい生活だな。

 新築中の家の柱が一本だけ丸太で、目を引いた。

 なんだろうと思って見てたら、ご主人が教えてくれた。

「子供のいる家は、ああして丸太の柱を一本使うんだ。パパドの森の木だ」

「パパドの?」

「知恵のある子に育つって言い伝えさ。賢者パパドにあやかってな」

 パパド、実は本物の著名人。

 ていうか、信仰対象?

 ひと仕事終わって汗を流して、夕食をごちそうになった。

 ここのパンはうまいんだ。奥さんの手作りで、干し葡萄や木の実が入ってる。

 人間とあんまり変わらないものを食べてる。

 人間界にあるのと大差ない動植物があるからだろうな。

 肉も野菜も、ハムやチーズみたいな加工食品だって、いろいろある。

 しかも無添加食品。うまい。すっごい贅沢。

「そうか、納税か。うちもそろそろ行かなくちゃな」

「いくらくらいかかるんですか? サモサじいさんは白金貨十枚だけど」

「出したい分を出すのさ」

 え? 累進課税とか定額とかないの?

「それじゃ少ししか出さないこともあるんじゃ?」

「ないとは言い切れないが、そこは陛下への忠誠や国への感謝の気持ちで決めればいい。怠けている国民などいないと思ってるぞ」

 じゃあおれも税金払わなきゃじゃん。やばいな、住み込みだからあんまし給料もらってないんだけど。

 それに今は旅費しか持ってないし。窓口で訊こう。

 ものすごくちゃんとしてると思えば、すごくアバウトなところもある、変わった国だ。

「税金集めに来たりする役職ってないんですか?」

「希望があれば回収に行く。うちは帝都に近いから頼んだことはないが」

「どうやって伝えるの?」

「念波を飛ばせる者に頼むんだ。それで税務課に伝える」

 魔力的電話。

「でも遠いとこだと大変でしょ」

「税務課には転移魔術を使える者がいるのさ」

「転移魔術?」

「遠いところへ一瞬で移動する。魔力で空間を圧縮するんだ」

「そんなことできるんだ」

「パパドの村なら蛇を知っているだろう、あいつは跳べたはずだ。空間を縮めるのに相当な魔力を使うようで、長距離を跳べる者は少ないそうだが」

 どこでもドア持ってたのか、あいつ。

 そうか、でなきゃ樹の守護しながらどこかに行ったりできないよな。

 あー、劇団に入れてもらえる手はずはつくのに、おれったら葡萄作ってます。

 それはそれで楽しいからいいけど、サマエルに無駄足踏ませちゃったかな。

「ところで、訊きたいことがあるんだけど」

「ん?」

「南のパニールって町に行きたいんだけど、目印とかあるかなあって」

 帝都までは行けるけど、その先は全然わからない。

「パニールか、ちょっと待て、飯を食ったら簡単な地図を描こう」

 そう言って、ご主人はすっごい略図を描いてくれた。

 おれは読み書きが不自由だから、絵にするしかない。

 なので、ご主人から聞いた説明を日本語で書き込む。これしかないでしょ。

「それが人間の文字か。書きにくそうだな」

「この言語は人間界でも特にややこしいんだよ」

「言葉がいくつもあるのか、通じなかったら困るだろう」

「辞書という言語を変換する書物があるから平気」

「大変だな、人間は」

「そう、だね……言われてみればそうかもね」

 当たり前に過ごしてたから、そんなふうに考えたことはなかったな。

 埒もなく「猫はいいなー」とか思ったりしたことはあっても、人間が大変だと思ったことはなかった。

 生きにくいなと思うのはしょっちゅうだったけど。

 そうこうして帝都に着き、納税課の窓口で用事をすませた。

「あの、お訊きしたいことがあるんですが」

「なんですか?」

「おれ、ちょっと前に堕天した元人間なんですが、税金はどうしたらいいでしょう?」

「え、元人間? いつ堕天したんですか?」

「一年まではいかないです。今、住み込みで農夫やってます。賃金もらってます」

「なら来年からでいいですよ。まだ生活も安定していないでしょう」

 なんてアバウトな。そういうのって窓口で勝手に決裁していいのか?

 ほんとにシステマチックなのにアバウト。

 便利、だよな。こういうのって。

 こんな奴が来たのでこうやっておきました、ああわかった、で終了なのか。

「相場ってないんですか?」

「ないですよ。それがこの国の税法です」

 ないのが法定。すごい。いろんな意味で。

「家族連れで納税に来て、子供が親に倣って銅貨を置いていったりしますよ。もちろん納めますし、納税証明書を出します」

 納税ごっこ。この国すごい。教育が実践的。

 やばい、おれも払わないと子供に負ける。来年までに貯めよう。家賃や光熱費がないから白金貨三枚くらいはいける気がする。

 そうか、考えてみたら天使は元々税金なんか取られてなかったんだ。

 天使が神に税金納めるとかありえないわけで。

 ここでは組織を維持するために経済は必要だが、それは集まる分だけでいいって話なんだ。

 つまりお布施だ。

 きっと、始めの頃は物品の納入だったんだろうな。

 それが通貨ができたことによってお布施になったってことなんだろう。

 徐々にシステムができて、それを維持する貨幣経済ができた。

 なんか学校の授業より頭に入りやすいな。

「来年必ず自分の納税もしに来ます」

 そう窓口で約束して、おれは帝都を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る