第12話 風の宝石

 気を失ってたようだ。目が覚めたら焼け残った町の一角にいた。

 矢で射られた傷はまだ痛かったけど、我慢できる範囲だった。

 応急処置をしてもらえたらしい。

 ちょうど酒屋の近くで、うちの荷車が停まってる。

 よーし、逃げるぞ。面倒事はごめんだ。

 荷車に空きビンを積み、全力で逃げた。

 そりゃもうライオンに追われるウサギくらいの気持ちで、本気で逃げた。

 そう、脱兎の如く。

 飛べてよかったよ、歩いてなんて逃げられない。

 三日目にたどり着いた町で医者を探して、手当てしてもらった。

「葡萄酒納めに行った先で怪我しちゃって〜。そうです、戦争のとばっちりで」

「なら兵士に診てもらえばよかったのに」

「いや、なんかすごく取り込んでたから」

 適当にごまかして宿で一泊、そそくさと発った。

 さらに七日かかって村にやっとたどり着き、納屋に空きビンと荷車を納めて家の扉を開けた。

「ただいま〜……もう疲れちゃったよ、町で戦そ——」

 じいさんばあさんと兵士がふたり、テーブルにいた。

 予感もなにもない、ドッキリ企画。

 早すぎる……おれより先に来てるって、どんだけだよ。

「サエキに間違いないな。我らは東部方面隊司令官、ネビロス少将閣下の遣いである」

「先の戦いにおいて天使三十一羽を撃墜したる武勲、また、町の火の手を防いだこと、まことにめでたいとネビロス閣下の仰せ」

「ゆえに、閣下よりの報奨の品を託され、訪ねてまいった」

「謹んで納めるがよい」

 はい……ありがとうございます……。

 でも、せめて、先に水が一杯欲しかった。必死で逃げ帰って来たのに。

 今回の報奨はブレスレットだった。緑の石がついてた。エメラルドみたいな。

 明日、パパドに鑑定してもらおう、今日はもう動けない。

 兵士が帰ってから、かけつけ二杯、葡萄酒を飲んだ。

「お前、戦闘で怪我をしていたんじゃないのか、兵士がそんなことを言っておったぞ」

「うん、右脚に矢が刺さって、死ぬかと思うほど痛かった。痛みで失神するのって本当だったんだなって」

「農夫より軍務の方が向いとるんじゃないのか」

「幸運と道具のおかげでやってるだけで、丸腰になったら無能者だよ」

 無能ですめばいいけど、おそらく足手まとい。

 早々に殺られた方が御国の御為。嫌だけど。

 寝床に入って、即、意識が落ちた。夢もみないで、ひたすら寝た。

 目が覚めたらすっかり日が昇ってて、大あわてで身支度した。

 小屋でダルーばあさんが葡萄の粒を選ってた。

「ごめん、寝坊した!」

「いいんだよ、今日はゆっくりしておいで。葡萄酒引いて納めて戦いまでしてきたんだからね、さぞ疲れたろう」

「帰り道、必死で逃げてきたしね」

「なんで逃げるんだい、堂々と武勲を誇ればいいのに」

「もし偉い方の前とかに連れて行かれたら困るよ。どうすればいいかわからない」

「そうだね、あたしもたぶん、そうだねえ。でも、そういうところが、武勲を鼻に掛けないって、よけい好かれるんじゃないのかねえ」

 うわ……逃げ道なし。

「昨日の腕輪がなんなのかわからないから、パパドのところに行ってきてもいいかな?」

「ああ、行っといで。ついでに葡萄酒を一本届けておやり」

 サクサク飛んで、パパドの森に。

「おお、これは風の宝石ではないか」

 風を司る宝石。

 風か。炎を風で煽ったら火炎放射器になるな。アニメみたいな合体技が使えるぞ。

 くらえ、ファイアストーム! 的な。

 うわー、勘弁して。ほんと許して。

 アイテム増えるし!

 ダミニは戦争大好きだし!

 口ではご主人様とか言ってるけど、おれを手足にしか思ってないぞ!

「どいつもこいつも、どうしておれを戦争に巻き込みたがるの! 俺は葡萄酒作りたいの、時間かかってもいいから、地道にコツコツとスキルを上げて、長期戦で人間界に戻る覚悟なの。あんな怖くて痛い思いはしたくないの!」

「では、そうすればよいではないか。宝物ほうもつを賜ったからといって戦いを無理強いされているわけではない。これは働きに対する報奨。褒美だ。報酬の前借りではないぞ」

「武運長久とか、期待されてるんだけど!」

「言わせておけばよい。お前は軍属ではないのだから、戦わねばならぬ義務や責任などない。戦に遭遇したら一般の者と同じに逃げればよいのだ」

「そりゃそうだけど」

「で、今回はなにゆえ戦ってまいった?」

「槍を盗んだ子供が親の仇取るってきかなくて……つい」

「ほれみろ、今回もそうではないか。お前は性根がよいのだ、受け入れて諦めろ」

 受け入れがたい。

 受け入れがたいけど、反論もできない。

 ブレスレットを手に取った。けど、おれの手が入るような大きさじゃない。

 それでも一応押してみた。一瞬消えて、すぐに右の手首に現れた。

「右がいいのか、こいつ」

「好きにさせてやれ、腕輪はそこが気に入ったのだろう」

 ちょっと腕を上に伸ばしてみた。

 不意に風が巻き起こって、森の木々がざわめいた。

「バカ者っ、我の森を坊主にする気か!」

「あ、ごめん。そういえば前回もサマエル焼きそうになったんだった」

「閣下らは何故こんな物騒な奴に宝物など授けるのだっ」

「しかたないだろ、知識ないし不慣れだし」

「吹き飛ばすのは天使だけにしろ」

「もう戦争は嫌なんだってば!」

 正直なところ、天使=敵って感覚はない。

 ただ、攻撃してくる奴らは『敵』だと最近思うようになってきた。

 戦えない人らを平気で殺そうとする奴らなんて、まともじゃない。

 こっちはなにも悪くないんだ。

 ——本当は、殺したくない。

 綺麗事だとわかってるけど、自分の手で命を奪うのは辛い。

 でも、どちらかしか選べない……殺すか、殺されるか。

「あっちはあっち、こっちはこっちでやっていけないのかなあ……」

「それは向こうに言ってやれ」

「問答無用じゃん。堕天使とみれば見境なしだよ」

「だからといって殲滅する気はないのが厄介だ」

「なんで?」

「殲滅したらまた闇を作らねばならぬだろう。天使が半減する。増やすとなればいくら神とてひと苦労、大量の欠員は出したくないのであろうよ」

 めんどくさいなー、パワーバランス。

「他にやることないの、天使って?」

「人間への干渉だな。信仰心をもたせるために、いろいろやっておる」

「病気が治る、なんとかの泉とかあったな。えっとー、ああ、ルルド」

「そういうこともする」

「堕天使はなにもしないの?」

「するぞ。音楽を創る手助けをしたりな」

「あー、それ知ってる。悪魔のトリルとかって」

 文化・芸術活動が主なんだろうか? 知性高っ。

「病を治してやったり、男女の仲を取り持ったりもする」

 エンジェル役をする堕天使。

「でも魂持ってきたりするんだろ?」

「まあ、そうなるな」

「なにに使うの?」

「取引だ」

「取引?」

「捕虜交換の人質だ」

「そんなことできるんだ!?」

「ひとつの魂で一名。聖職者の魂であれば複数の返還ができる。神に近い人間の魂ほど価値がある」

 あいつらに交渉能力があるなんて、考えたこともなかった。

「向こうも〝神の子〟である人間の魂は邪険にできぬのだ。天使などしょせんは神のしもべ、子には勝てぬ。ゆえに回収のために一定の捕虜を確保する」

「捕虜って、ちゃんと扱われてるの……?」

 おそるおそる訊いてみた。

「おお、ちゃんと責め苦に晒されている」

「ちゃんとじゃない、それ!」

「だから、それが天使の存在意義だと言うておるだろう。死なぬ程度に責められる」

「なんの意味があるんだよ、そんな拷問」

「神を裏切った罰であろうな」

 脚を射られた時の激痛を思い出して、身震いした。

 魔界と天界に戦争協定なんかあるわけないか。

 まだ人間の方がまともだ。

 讃えよ人道精神。

「パパド」

「ん?」

「これって、終わらないの?」

「終わらぬな、向こうが攻めてくる限り」

「向こうに返された魂ってどうなるの?」

「転生する」

「人間に?」

「うむ。悪い人間にな」

「……なんで?」

「人間界にも闇が必要ゆえ。これも神を裏切った罰なのであろう」

 頭痛がする。なんなんだ、この理不尽。

 そりゃ、悪魔に魂売り渡す方もどうかと思うけど、ちょっとひどくないか?

 まさかサイコパスが天界で作られてるなんて。

「パパドはいろんなこと知ってるんだな」

「我はこれでも少々知恵者なのだ。捕虜交換を考え出したのは我よ」

「——今、おれは本気でパパドを尊敬している」

 だからパパドは一目置かれてるのか。そりゃ尊敬されるわ。

 根こそぎ惨殺されてたんだろう兵士が、多少なりと生きて帰れるシステムを作ったなんて。魔界のジュネーブ条約ここにあり。

「でも、やっぱり、戦争なんか嫌だな」

「心底から好きな者はおらぬ。やらねばやられる、ゆえにやる。どうせやるなら武勲を上げたい……そんなものだ」

 そう言って、パパドは土産の干し肉をつついた。

 堕天使が人間界に干渉する方法……それはたぶん『時空を超える時計』だ。

 陛下の時計を介して、堕天使は人間界と魔界を行き来する。

 長期戦でも、なんとかして陛下に謁見しなきゃ。

 人間界に帰る方法は、それしかないんだから。

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