第7話 コンプレックス

「へえ、天使墜とした農夫ってお前だったのか、やっぱり強かったんじゃん」

 音沙汰ないから来てみれば、麗しい金髪のサマエル青年は「お前が来るのが筋だろー」とか言ってて、正論だったから反省した。

「確かに報奨当然の武勲だわ。お前、劇団より軍に入った方がいいんじゃね?」

「いや、たぶん相手も油断してたはずだから。すぐ逃げて行ったし、下っ端とかじゃないのかな」

「雑魚でも関係ないね。天使墜としたって事実が重要なわけ。農夫が天使三つ墜としました、これ大ニュースだよ、新聞沙汰」

 大本営発表。そんな雰囲気。

「嘘、大げさ、紛らわしい」

「事実じゃん。大げさでも紛らわしくもない。純然たる事実だろ」

 ビギナーズラックで持ち上げられても困る。

「そうだ、お前ここまで無事に来られたか?」

「うん、問題なく。こないだバトルしてから飛行技術少し上がったっぽい」

「実戦に優るものなし、かあ。慣れてくると歩くのバカみたいだろ?」

「でも、いちいち飛んでいられないし。畑から葡萄運ぶときくらい」

「いいねそれ。負荷トレーニング。力ついてきたら荷車引くのもいいぞー」

 超絶ウエイトトレーニング。鬼軍曹健在。

「じいさんたちはあまり力がないから、お前がいると助かるだろ」

 そう、そこがずっと気になってたんだ。今訊こう。

「じいさんたちって、なんで年取ってんの?」

「天使にもランクがあるからね。職種によって適性が違うから、体力や体の作りにも差があるの。マナをもらえなくなって衰弱が激しかった堕天使はそうなるよ」

 それでみんな年齢に差があるように見えるのか。

「老化はしないの?」

「最初の堕天使は老化しない。神がそう造ったから。二世代目以降は個体によるから、一概には言えないね」

「子供もいるじゃん」

「どこまで育つかも個体差。まあだいたいは成体くらいまでは伸びると思うけど、たまにちっちゃいまま止まるケースもあるみたいだし」

「だいたいなんだ」

「そういえばお前、えっと、サエキだっけ、帝都に行くんだろ?」

「行かないと不法滞在者」

「いったん戻る? それともそのまま劇団行く? 行くなら口利くよ?」

 これは困ったな……。

 なんだか、ここにいたらすっかり居心地よくなって、実は本当に困ってる。

 仕事手伝ってればじいさんの家に下宿していられて、給料だって少しはもらえて、不自由なく暮らせる。

 光熱費とかスマホ代とか、全然要らない。

 葡萄摘んでもピザ運んでも仕事は仕事、なにも変わらない。

 時々、昔の食べ物が懐かしくなることもあるけど、似たものはいろいろあるし、極端な不自由はないんだ。

 この間、冷気を売りに来た堕天使がいた。

 定期的に来て、箱に冷気詰めていくんだってさ。

 冷蔵庫の親戚みたいなやつ。案外便利。

 魔術も売り物、なかなかやるな。

 もちろん人間界には帰りたい。

 そこは変わらないけど、もし魔界でどう暮らすかって訊かれたら、都会がいいのか田舎がいいのか、まだ判断できない。

 でも、とりあえず国民登録手続きはしないと。パパドの顔に泥を塗る。

「うん……いったん戻るよ。みんなに全然恩返しできてないし」

「天使三羽墜としたろ。それで十分以上の恩返しじゃん」

「そうかな」

「でもまぁ、慣れるまでここにいてもいいんじゃないかな。パパドもそう言ってたんだろ? バルバトスにも事情話しておくよ。手が足りないってわけじゃないから大丈夫」

 うん、もうしばらく村にいよう。

「ところで、帝都ってどんなとこ?」

「おれ行ったことないから知らない」

「ええっ、サマエル行ったことないのかっ」

「おれは国民じゃないから帝都行く理由ないんだよね。っていうか出歩く用事がほとんどないよ。食事は一日二回、果実ですませてるし」

「飽きない?」

「天使は元々マナしか食ってなかったから、同じもの食うのは平気だね。毎日違うの食べるとか、めんどくさ」

「同じのばっかりじゃ辛いなー、おれは」

「おれはめっちゃ大昔から果実だけで過ごしてるけど?」

「二千年じゃないんだ」

「それ、ジーザスが出てきてからだろ。人間が堕落したのはもっと前」

 そうだった。アブラハムはイサクの父なり。

「じいさんたちもいろいろ食べてるけどなあ。肉とか……あれ、なんの肉だろ」

 無批判に食べてた、食事。美味しいから。

「豚か牛じゃね? イノシシとか」

「そっか、豚かう——こっちにもいるのっ」

「人間界と似たのがウヨウヨいるよ。勝手に繁殖してるし、飼育もできるし、堕天族は食い物に困ってないんだ」

「サマエルもみんなと同じにすればいいのに」

「おれはルシファーとは一緒に動けなかったから……」

 サマエルはちょっと悲しそうな目をした。

 失敗した、こいつは堕天した経緯が違ってて、立場が微妙なんだ。

 神が闇を作ろうとした時、サマエルは耐え抜いて天界に残った。

 結果的に堕天はしたけど、一枚岩の堕天族たちとは違う。

「ルシファーは一度来いって言うんだけどね……なんか、いったんは神に従ったのに落っことされて、後から来て臣下の席をちょうだいって、調子よすぎなくない?」

 ああ、ちゃんと自分の立場を認識してるんだ。

 だから樹を守るのにも戦わずに問答をするのかもしれない。

 力がないのは事実かもだけど、堕天使と戦いたくないのかも。

 そんな奴だから、陛下はサマエルに『居場所』をくれたのかな?

 堕天の実の樹を守護する、っていう役目を。

 じいさんたちはサマエルのこと『蛇』っていう。

 それが敵意なのか慣習なのかは知らない。

 おれが聞いてる感じだと、ただの仇名ってふうだけどな。

 堕天族が神を恨むならわかるけど、サマエルは恨まれる理由なんかない。

 これはあれだ……お互いに後ろめたいわけだ。

 サマエルは新参者だから気後れしてる。

 で、おれが思うに、堕天族たちはあの時堕天しなかったサマエルに、無意識に引け目を持ってる。

 でも他人のコンプレックスに口を出すのはよくない。

「サマエルがそれでいいならいいと思う。誰にだって自分の生き方ってあるし」

「そ。これがおれの生き方。役目も食べ物もあるんだから十分さ」

 本人納得ずくなら、それでよし。

「ところで、帝都ってどこにあるのさ?」

「え? 帝都の場所知らない堕天使なんかいな——そっか、お前元人間か」

「堕天使間では常識なのか……」

 知らなきゃ非国民なのね。

 うん、おれ今非国民な。まんまの意味でも。

「どうやって行ったらいいんだ? 全然わかんないよ」

「んー……どうやって説明すればいいのかわからない」

「じゃあ行けないじゃん。やばいんだけどそれ」

 GPSとかないのか、GPS。

「案内して、お願い」

 綺麗なサラサラの金髪をかき上げて、サマエルは首を横に。

「やーだね。行ったら最後、ルシファーに首根っこ引っつかまれるじゃん。パパドも無理だぞ、あいつ引きこもりだから」

 うわ、最悪。おれどこに向かえばいいの? いや、帝都なんだけど、どうやって?

「サモサじいさんに相談してみれば? なにか方法あるかも」

「うーん……じいさんも仕事忙しいんだよな。地図とかあればいいのに」

 あ、そっか、ってサマエルが手を叩いた。

「南に行けばいいんだ。そうそう、帝都は魔界の中心だからね、ここから南にまっすぐ向かえばいいんだ。なんだ、簡単じゃん」

「そっか、簡単——なわけないだろっ。南ってどっちだよ」

「あっち」

「そうじゃなくて。飛びながらどうやって把握するんだって話だよ。ここら一帯、全部畑じゃん、目印ナッシング」

「なにか持ってないの、サエキ」

 おれの個人的所有物なんか、ほとんどない。

「服と靴。以上」

「それとサルガタナスの槍かあ」

「あとはパパドの羽根くらいで」

「やっぱサモサじいさんに相談、これが手っ取り早いよ」

 そうすることにして堕天の丘を発ち、ついでにパパドのとこに寄ってみたけど答えは同じ。

 さすがのパパドも、おれが帝都へのルートを知らないってのは盲点だった。

「村の者が誰か案内できればよいのだが、みな多忙ゆえ」

「ですよねー」

「我はゆかぬぞ」

「うん。引きこもりなんでしょ?」

「蛇め、よけいなことを」

 しかたがない。

 村に戻ってひと仕事してたら、サモサじいさんが葡萄のカゴを担いできた。

「じいさん、おれ、帝都に行かなきゃならないんだけどさ」

「おお、そうだったな。行ってこい」

「行き方がわかんない」

「帝都の場所を知らんだと!?」

「おれ、元々人間なんで……」

 じいさん、はっと気づいて、ちょっと困り顔。

「うかつじゃった、お前が知らんでも無理はないの。しかしなあ、みな多忙で案内も難しい」

「遠いの?」

「飛べば普通に二十日くらいじゃな」

 普通の距離って言わない、それ。

 っていうか、ほんと道案内なんか頼めない。往復一か月半も仕事休んでもらうわけにいかないし。

 と、じいさん、カゴを置いてどこかに行った。

 おーい、相談に乗ってよーじいさんー。

 しばらくすると、戻って来たじいさんが、おれになにか差し出した。

 ペンダントかな、小さい青い石がついてる。サファイアみたいな。

「これはな、頭に傷を受けたりして帝都に向かう感覚をなくした者が使う導きの石じゃ」

「じいさん、帝都の場所わからないの」

「昔、町に酒を卸に行った時、財布を落として困っていた者に、これを売って金にしろと一ビンやったら、返礼にと寄越したんじゃよ。わしもいつどうなるかわからん、そう思って受け取ったものじゃ」

「その堕天使さん、困らなかったのかな」

「その者自身は健康だったから、誰かの遺品か、縁あって巡り巡って来たのだろう。これもなにかの縁かもしれんの」

 受け取った石は一筋の青い光線を出してる。

 それが帝都への道だ。

 やっとここまで来たんだ。

 早く国民登録しないと。

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