第4話 紹介
「どこにいるの?」
会社を出たタイミングで唯依から電話があり、不機嫌な声がスマートフォンのスピーカーから聞こえてくる。
「どこって、会社からの帰り道だけど、何か用?」
約束なんかしてるはずがなくて、いつも唯依は唐突に連絡をしてくる。別に歓迎しているわけでもないので口調は自然と攻撃的になる。
「いつ帰ってくる?」
「後1時間くらいだけど」
電車で30分で、家まで歩く時間と、ついでに夕食も調達したいので、多めに見積もってそのくらいだろう。
「そんなに掛かるの!?」
「普通の通勤時間だけど、何か用?」
その質問には唯依は答えずに一方的に通話は終了する。
何だったんだと思いながら帰宅をして、帰ってきたとだけメッセージを送っておくと、10分後にインターフォンが鳴った。
応答に出るとそこには唯依がいて、もしかしてずっと待っていたのだろうかと思いながらもオートロックを解錠する。
「来るならいるかどうか聞いてから来てくれる?」
それに唯依は顔を横に向けて拗ねたふりをする。
正直に言って面倒くさい。
これだから年下なんか嫌なんだと熟々思う。
「別にうちに来なくても唯依ならいくらでも相手いるでしょう」
「今日は面倒だったの、そういうの」
「はいはい」
その日の唯依は私を襲うこともなく、ただ泊まっただけだった。
そういうことが何度かあって、単に避難場所にでも使われているのだろうかと気を抜いていたところに、昨晩はがっつり唯依に襲われていた。
「ほんとに、人として最低ね」
私が嫌がっても唯依は手を止めない。何度もいかされて、もう勘弁して欲しいと言っても聞く耳を持ってくれなかった。
「知ってる」
知っているということは唯依はわざとそう振る舞っているということになる。
「私が唯依のストレスの捌け口なんだって知ってるけど、私はそこまで唯依につき合うつもりないから。そろそろ次の恋人も探したいし、唯依もうちになんか来ないで、大事にしてくれる人探したら?」
「可愛くない」
「年下相手に可愛さなんか見せようと思ってないから。ちょっと、人の話聞いてる?」
再びのし掛かって来た存在は、私の話なんか無視して体に吸い付いてくる。
「年増好みだもんね、
今、私に恋人がいないことは唯依は気づいている。この関係から抜け出せるなら何でもいいと、私は唯依の提案を受け入れることにした。
唯依に指定されたのはゆかりのバーではなく別のバーで、唯依は紹介するために同席したものの、すぐにその場を去っていた。
でも一目見て、その存在が唯依の母親だとはわかった。
恐らく唯依は早くにできた子供なのだろう、見た目は三十代後半で、唯依に顔立ちは似ている。でも唯依が真っ赤な薔薇だとすれば、唯依の母親はその赤みを煮詰めた黒に近い深みのある赤で、私の今までターゲットに見事に当てはまっていた。
でも、この人はゆかりの恋人ではなかったのだろうか。
「唯依、我が儘でしょう? ごめんなさいね。誰に似たのか我が儘放題に育っちゃって」
「確かに我が儘ですね。時々何をしたいか本当に分からない時があって、勘弁して欲しいなって思う時があります」
「七海ちゃんは年上がいいって聞いたけど、ワタシはどう?」
流石に唯依の母親だけあるな、というがっつきぷりだった。
「まだよく知らないので、はっきりは言えませんけど、対象には入ると思います」
「なら良かった」
「藤木さんはいろいろ経験豊富そうですね」
互いにどこまで踏み込んでいいかを探り合う。こんな会話は久々だった。唯依との会話は言葉にはなっているもののお互い石をぶつけ合うに近くて、駆け引きを楽しむような関係ではない。
元々、私はもっと大人な関係性を望んでいて、久々に刺激を感じていた。
「
「じゃあ瑛梨さんと呼ばせていただきます。瑛梨さんは唯依から紹介されてって、よくあるんですか?」
「今回が初めてよ。あの子のターゲットとワタシのターゲットは基本的に違うから。唯依に七海ちゃんのような友達がいたことにはちょっと驚いたかな」
友達、そう唯依は伝えているらしい。
セフレもまあ友達と言えば、広義的には友達に入らなくもない。
「ちょっといろいろあって、唯依とは知り合いました。唯依にいい人がいるからって言われて来たんですけど、まさか唯依のお母さんが来るとは知らなかったので驚きました」
「心配しなくても大丈夫よ。ワタシも女性しか愛せないから」
瑛梨さんとの会話は緊張を覚えたものの、久々の年上との会話は充実を覚えていた。
流石にその日はバーで飲んだだけで別れて、連絡先だけを交換する。その翌週には食事に行かないかと再び瑛梨さんからの誘いが掛かっていた。
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