第2話 初めての人

親元を離れて一人暮らしをして、私は生まれて初めてレズビアンオンリーのバーを訪れた。

自分が女性に惹かれることは以前から自認していたけど、田舎暮らしではなかなかそういう相手を捜すこともできない。大学進学で地元を離れたこともあって、下調べを念入りにしてその店に辿り着いたのだ。


バーに入ると、中は勿論女性しかいなくて、どうすればよいかも分からないまま、空いているカウンターの角に座る。


バーテンダーも女性で、目が合うとそのまま目をそらせずにいた。二十代後半くらいか、短髪のすっきりした小顔の女性で、襟のついたシャツにベスト姿という男装の麗人と言っても過言ではないような存在だった。


「あなた、初めてだよね?」


声も口調も女性のもので親しみやすい声に、私は肯きを返す。


「ちなみにいくつ?」


「20歳です」


「本当に?」


じっと目を覗き込まれて、後ろめたさがあった私は思わず目を逸らす。


「お酒を飲む以外も目的がある場所だから、来ちゃ駄目とは言わないけど、年はちゃんと言って欲しいな」


はにかんだ笑顔が夜の街にいる存在には見えなくて、私は自分の年を正直に伝えてしまった。あと一歳なのに、その一歳がまだ大きい。


特別にソフトドリンクね、と言ってアルコール抜きでシェイカーを振ってくれた。


ちょうどその日は客が少ないからと、そのバーテンダーの女性はいろいろバーでのルールを教えてくれて、それから私はそのバーに通うようになっていた。


「ナナちゃんの好みってどんな人?」


何人かに声を掛けられ、仲良くなった存在はいたものの、バーの外で会うという一歩を私は踏み出せずにいた。


バーに来るのは社会人ばかりで、まだ学生でしかない私にとっては誰も彼もが大人に見えて、気後れしてしまう。


「ゆかりさんみたいな人です」


それは目の前のバーテンダーの名前で、何度か通っている内に名前を知った。


「あらら。困ったね」


「ゆかりさん、恋人いるんですか?」


「内緒。夜の街にいる人間は信じない方がいいわよ、ナナちゃん」


「ゆかりさんになら騙されてみたいです」


「こらこら」


もうその頃には私はゆかりに対してはっきりとした恋心を抱いていて、バーに行くのもゆかりに会いに行っているようなものだった。ナナちゃんと名前を覚えてくれて、名を呼ばれるだけで舞い上がってしまう。


通って、通って、やっとゆかりが折れてくれて、私はゆかりの部屋で、初めて人肌を知った。


それはあまりにも幸せで、ゆかりの部屋に入り浸るようになった。


夜の街で仕事をしていると言っても、ゆかりはバー以外では普通の女性の格好をしているし、私にも優しくてつき合うまでにあった不安はいつの間にか忘れてしまっていた。


バイトが終わった後バーで軽く飲んで、先にゆかりの部屋に帰ってから、ゆかりの仕事終わりを待つのがパターンになって、そのままゆかりの部屋で朝までを過ごす。


毎回セックスしているわけじゃなかったけど、徐々にゆかりは私に甘える姿も見せてくれるようになって、つきあいは順調だと私は思っていた。


ゆかりが変わったのが、私が就職活動でばたばたして、ほとんどゆかりの家に行くこともできなかった時期だった。


ようやくもらった内定の報告をしにゆかりの部屋に久々に向かった先で、ゆかりに別れようと告げられる。


「他に好きな人ができたんだ。ごめんね。でも、七海はこんな10も離れた相手じゃなくて、もっと自分に近い年の子とつき合った方が幸せになれると思うから」


そんなことで納得できなかった。


それでももう別れは決定的で、ゆかりはしばらくして店も辞めて、引越もしてしまって会うことはできなくなった。


生まれて初めての恋人との一方的な別れに私は納得なんかできなくて、しばらくは恋人を作ることもできなかった。


それでも少しはまたバーに行ってみようかという気になって、ビアンバーを何軒か渡り歩いている内にゆかりと再会することになる。


「お客さんとして来るのはいいけど、縒りは戻せないから」


以前と変わりないゆかりの姿を見つけ涙ぐんだ私に、ゆかりははっきり告げる。


「恋人がいるから?」


「そう。今一緒に住んでるの。この店のオーナーでもあるんだ」


自分の店をいつかは持ちたいとゆかりは言っていた。それが原因で別れるになったとは思っていないけど、私ではゆかりに与えられなかったものを、その相手は与えられた。


そこに届かない限りは私はゆかりを取り戻すことなどできないと考えるようになった。


それから私はゆかりの店で、年の離れた相手を見つけてはつき合うを繰り返すようになった。


ゆかりに見せつけるように私は年の離れた相手と、そのバーで飲んで、そのまま相手と一緒に店を出る。


そこから先がどうなるかなんてもう明白だろう。


こんなことをしてもゆかりにはもう届かないということは分かっていたけど、私はそれを止められなかった。


いつか、ゆかり以上に好きになれる相手に巡り会える。そう信じて。

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