Capacity

海里

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第1話 戦闘モード

「ちょっと話があるんだけど」


確実に年下の存在に私はバーで初めて声を掛ける。


若くて、芸能人じゃないかと思うくらいに可愛くて、常にちやほやされている存在は、その日珍しくカウンターに一人で座っていた。


以前からその存在、ユイのことは知っていたものの、私の恋愛対象からは大きく掛け離れていたこともあって、今まで関わろうという気もなかった。


興味がないのは変わらずだったものの声を掛けたのは、友人のササこと篠野ささの佳織かおりが、先日バーでユイと言い争いをしたと耳にしたことがきっかけだった。


ササは出会いを求めてビアンバーに来ても、自分からは他人に声を掛けられないくらい大人しい性格だった。そのササが今目の前にあるユイと口喧嘩をしたと聞いて、初めは信じられなかったものの、事実だとササに裏取りはしている。

とはいえ、そんな事故が二度と起こらないように根回ししておくべきだろうと、ユイと話をつけるつもりだった。


お節介かもしれないけど、私はササをなんとなく妹みたいに感じていて、繊細な友人がトラブルに巻き込まれて傷つくようなことは、できる限り避けてあげたい。

ただでさえ前の恋を引きずっているのを知っていたから、また萎縮して動かなくなるような状態にはなって欲しくなかった。


目の前の存在は整った鼻梁で、大きな目は蠱惑的に細めると誰もが魅了されそうな色気を放つ。女性らしさのある体はそれでいてしなやかさを感じさせるものがあって、客観的に見ても美人だと言えた。


ただ、恋の相手として私が興味を持つのは自分より十歳くらい年上なので、その可愛い顔に騙される気はなかった。


「なに? あなたに関わったことはないはずだけど」


お互いこのバーでよく顔を見る存在なので、向こうもどうやら私のことは知っていたらしい。


「あなたこの前ササに突っかかったでしょう。水上みなかみさんの件で」


あのことか、と思い当たるものがあったようで、口元に手をあてて考え込む素振りをする。


「じゃあ、あなたの家かラブホかどっちか好きな方を選んで」


何の提案をされたかわからずに、どういうことかを問い返す。


「罵り合うのにも殴り合うのにも適した場所でしょう?」


どうやら相手は臨戦態勢で、そういうことならと私も全面対決する気で腹を括った。





私が選んだのはバーから歩いて行ける距離にある自分の部屋で、手にしていたグラスを飲み干してから二人で移動をする。


その間、ユイは何も言わずに私についてきていて、1Rの部屋に入っても部屋をのんびり見回しているだけだった。


ユイが友人のササといい雰囲気になっている水上さんの前の恋人だったことは、今回の件で知った。


水上さんはいい人だと思っているものの、ちょっと危なっかしい。もう少し相手をちゃんと選べばいいのにと言いたくもなったが、今はササとつき合うかつき合わないかで揺れている最中なので、そっとしておくことにする。


「それで?」


「水上さんにはもう関わらないで」


目の前の存在を睨み付けて言い切ると、逆に睨み返されて睨み合いになる。


私が思っていた通り、ユイは気がきついことはそれだけで分かった。


「関係もないあなたに言われる筋合いないけど。わたしはわたしの好きにするだけ。あんな大して可愛くもない女より、わたしの方が絶対いいに決まってるんだから」


「可愛くても性格最悪なあんたより、ササの方がいいって水上さんも分かってる」


「ゆかりの金魚のフンのくせに、生意気じゃない」


その名に私は目を見開いて反応してしまう。まさか目の前の存在からその名を聞くとは予想もしていなかった。


「何でそれを……」


「なんだ、知らないんだ」


含みのある笑いは私を完全に見下したものだった。


「わたし、ゆかりと一緒に住んでるの」


「嘘。あの人は今は恋人と住んでるって、それがあなたなわけないでしょう」


「ええ。違うわ」


「やっぱり嘘なんじゃない」


「ゆかりはわたしの母の恋人よ。いいものを聞かせてあげる」


そう言ってスマホをいじると、音声が再生される。


キスの音、衣擦れの音、甘い睦言、喘ぎ声。


それは間違いなく体を求め合う行為をしている最中のものだった。そして声の主の片方に私は思い当たるものがあった。


高間たかまゆかり、かつての私の恋人だった存在だった。そのゆかりが翻弄されて、女性に攻められている。


「信じる気になった? いい年して激しくって、困るのよね」

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