3場面からなる話

柄本雅也

第1話

 緑、緑、緑、赤。テーブルに並ぶいつもの光景。いつも通りに見えて、いつも通りじゃないことが起きた。いや、起こしてしまった。何となく思ったことを言ったから。


「兄ちゃんだけだよな、いつも『赤いきつね』を選ぶの」

「ん?そうだな」

「兄ちゃん、あれじゃね?『隔世遺伝』ってやつ」

「『俺も爺ちゃん達もたぬきの民だ!』とか言って、俺のこといじってきたの、忘れたのか」

「じゃあ、兄ちゃんが養子だったとか」

「読書家なのはいいことだと思うけど、さすがに小説の読み過ぎじゃないのか。父さん達も何とか……」


 さっきまで笑顔で俺達のじゃれあいを見てたはずの父さん達の表情は、何故か一変していた。


「父さん?」

「お前に、話したい……話さなくてはいけないことがある」


 父さん達だけでなく、兄さんの視界からも俺は外されていた。俺の目の前には、向こうからは不可視になる透明なアクリル板があるみたいに。


 今日食べたカップ麺は、麺増量キャンペーンでもしていたのだろう。嬉しくはなかった。



***



 小石を蹴りながら帰る。人に見られたら怒られること必須だろう。とりあえず公園までは運んでいこう。


 俺が考えてたって仕方がないのは分かっていても、取り留めもなく頭をよぎるのは兄ちゃんの事ばかり。



「兄ちゃん…」

「……おう、おかえり」



 たまに兄ちゃんは公園入り口横のベンチに座ってる。草臥れたサラリーマンかよって、いつもいじってたけど今日ばかりは無理だった。



「兄ちゃんは、俺の兄ちゃんだから!」



 突然叫んだ俺に、兄ちゃんはポカンと見てくる。



「兄ちゃんは、笑うと、母さんに似てるんだ!目元とか!優しいとこもそうだし。俺がバカやった時に怒る時は父さんに似てる時があって、ぶっちゃけ凄いビビる時あるし!でも別に、俺は父さんと母さんに似てるとことか少ないし、俺は兄ちゃんに似てるって言われたくて、勉強とか部活とか負けたくなくて、えっと、あーっと……ぅわっ!?」



 しどろもどろで、あっぷあっぷして……言葉はしっちゃかめっちゃか。


 ぐちゃぐちゃの俺を止めたのは、頭に乗せられた暖かい掌だった。



「ちょっと、買い物に付き合ってくれるか?」



 兄ちゃんはいたずらっ子の顔をしていた。




***



 赤、赤、赤、緑。テーブルに並ぶ、いつもとは全く違う光景。


「たまにはいいよね」


 戸惑う父さんと母さんに兄ちゃんはただ笑った。


「確かに色々考えたよ。でもさ、俺は父さんと母さんの息子で、弟にとっての、たった1人のお兄ちゃん。それでいいんだよ」



 今日食べたカップ麺は、塩分量アップキャンペーンでもしていたのだろう。嬉しくはなかった……かもしれない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3場面からなる話 柄本雅也 @696lark

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る