TARGET2 マッチングアプリ 20代

『もーいくつねーるーとーお正月―?』

ここがどこでどうしてこうなったか全く分らない状況においてそんな歌を歌われてもおめでたくもなんともない。


俺は椅子に括りつけられているようで身動き一つとれない。

さっきから汗が止まらない。

しかしこれは暑いからでは決してない。

いやな汗が額を伝ってくるのを感じる。


「お正月は迎えられないよ?アハハ、かわいそう。あ、ごめん、アイマスク外すの忘れてた。」

視界が開ける。

そこは見たこともない倉庫の様だった。

さっきまで俺は杏華の家にいたはずだったのだが。


事の発端は1年前。

俺は大学生活を謳歌していた…わけもなく、バイトに明け暮れていた。

彼女が欲しいと嘆き続け、気が付けば3年生になっていた。

と言ってサークル活動をするわけでもなく、のらりくらり生きているのだから仕方ない。


ついに周りに勧めに勧められマッチングアプリに登録した。

登録してみると思いのほか普通の人が多くて驚いた。

俺は完全に偏見を持っていた。

どうせ年上ばっかだろとか、かわいい子なんていないだろと言ってきたクチだ。


こんなにタイプの子がいるならもっと早くに始めておけばよかったと後悔もほどほどにやり方のレクチャーを受ける。

まずはメッセージのやり取りの必要があるらしい。

少し面倒だなと思いつつ、いきなり会ってもコミュ障で話せないことを思い出す。


「お前ほんとどうしようもないな。そんなんじゃ童貞卒業できないぞ?」

周りに笑われる。

もはや慣れてしまった。

なんとか何人かにメッセージを送り、第一歩を踏み出す。

「これで明日に彼女出来ましたとかいったら爆笑だよな」

「お前チキってメール続いても告白できないんじゃね?」

もう何とでもいえばいい。


登録から一週間が経った。

やり取りが続いているのは数人いたが、特にかわいくてタイプなのは杏華ももかちゃんだった。

まずももかという響きがいいとか言ったら引かれるだろうから黙っておこう。

すごくかわいいが故になのか、友達が少ないらしい。

それはやっかみとかいうやつだろう。

さらには男の子にもモテないというんだから世の中の男子は何をしているんだと思う。

まあ確かに高嶺の花なのは理解できるが。


どんなにたわいのない話でも楽しかった。

毎日のやり取りがこんなに楽しみになったのは初めてのことだった。

杏華ちゃんが彼女になったらどれだけ毎日が楽しいか妄想するほどだった。

そうか彼女がいるっていうのは楽しいんだなと思った。

そしてついに俺は杏華ちゃんをデートに誘った。

意外にもすんなりオッケーの返事をもらえて俺は歓喜した。


デートは緊張しすぎてぎこちなかったし、失敗したところも多いと思う。

でもそれなりに楽しんでもらえたようだったし、自分も楽しく過ごせた。

そこから何回かデートを重ねた。


そしてついに人生初の告白をした。

「す…好きです。付き合ってください。」

少し奮発したレストランで緊張に緊張を重ねてなんとか伝えた。

「ふふっ。海人さん緊張しすぎだよ。私でよければぜひお願いします。」

満点の笑顔で満点の回答をしてきた杏華ちゃんに再び俺は心奪われた。


それからの日々はバラ色そのものだった。

メッセージにワクワクし、次の会える日のことをずっと考えていた。

友達からもうらやましがられるほどの美人だった。


あまりに順調に半年が経過した。

よく三か月で何たらと聞くがないならない方がいい。

そして今日初めて杏華の家に呼ばれる。

「今日は両親とも帰ってこないと思うからうちの家来てよ!来たことないし」

そんな嬉しい誘いを断るはずもなく俺のテンションは爆上がりした。


念願の杏華の家は案外シンプルで、まるでモデルルームのように生活感がなかった。

「いつも両親は遅いの?」

「んー日によるけど遅いことが多いかな?私も塾行ったりするし遅いからよくわかんないけど」

なんとなく落ち着かない感じがした。

そんな俺を他所に杏華は部屋へと案内した。

「リビングって広いから好きじゃなくて、私の部屋ここだからここでゆっくりしよ?」

案内された部屋も変わらずシンプルで生活感はなかった。


と、そこから記憶がないのだから困った話だ。

きっとなにも起きていないのだろう。

それどころかそこで俺は気を失いこんな倉庫に連れてこられたのである。

きっと共犯はいるんだろうが、倉庫には楽しそうに歌う杏華ちゃんがいるだけだった。


『もーいーくつねーるーとーお正月?お正月には―凧揚げてー』

「あ、なんか今走馬灯でも見てた?それと当然だけどホテルでなにもしてないからね?変態。」

俺の思考は筒抜けだったらしい。

こんな状況でもかわいいと思うんだから重症だと思うしこれは逃避だと思いたい。


「起きがけで悪いんだけどさ、まあまたすぐ寝てもらうからいいか。右手と左手どっちがいい?」

いったい何の話だろうか?

「あー今何の話だろうって思ったでしょ?この注射。これね一瞬で気持ち良くなるから刺してあげようと思って。」

付き合っていたよりかなり攻撃的で高圧的な印象だ。

すぐに寝るだの気持ちよくなるだのよく分からないことだらけだ。


それにこの状況はどういうことなのだろうか。

何もわからないが質問には答えなければならない気がした。

「右利きだし、左の方がいいかな?」

「あんたってさ、何も自分で決められないわけ?付き合ってるときも思ってたけどどうかなどうかなって。笑える。ま、とりあえず左ね。あんたさ、童貞捨てられなかったからって未練残して幽霊なんかになんないでよね?」

「え?まだだってこれから先童貞は…」

左手に痛みが走る。

徐々に腕が重くなる。

そして意識が遠のいていく。

最期に杏華ちゃんにキスをしてもらえた気がして息絶えた。


「もしかしてファーストキスとか言わないよね。気持ち悪い。好きなわけないじゃんね。ちょっと時間かかったの誤算だったけどまあかわいいやつだったよね。」

一人呟く少女の声だけが倉庫の中に響いていた。

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