サイコJK

紫栞

TARGET1 担任

『まっかなおはなのートナカイさんはーいつもみんなのー笑いものー』

いかにも陽気な歌なのに現実はそんな呑気な話をしてられる状況ではない。


ここは見知らぬ倉庫、自分は連れ去られたようだ。

椅子に縛り付けられ目の前にはストーブ。

温かいからでは無い変な汗が背筋を伝って流れてくる。

横を見ると小さな折りたたみの机。

その上にはノコギリと包丁と点滴のバックが置いてある。

それを見ただけで恐怖で気を失いそうだった。


歌っているのは見知った高校生の少女。

見慣れたセーラー服を着ている。

全く楽しそうではない。

その手にはいかにも危険そうな注射器。


「ねぇ、右腕とさ、左腕どっちがいい?」

「た、助けてくれ、命だけは…。」

「それじゃあ質問の答えになってないんだけど?右と左どっちがいいか聞いてるだけじゃん?」


と、つまらなそうに少女は注射器からノコギリに持ち替える。

「そんなに答えたくないなら先切っちゃってもいいんだよ?ま、おじさんの叫び声なんて興味無いけど」

ノコギリの刃が腕に当たる。

顔からねっとりとした汗が滴る。



事の発端は3年前。

自分は高校の教師をしていた。

その時勤めていた高校ははっきり言って優秀ではなかった。

不良と呼ばれる生徒が大半を占め、授業が授業として進められない状況だった。

なんのために先生になったのか、こんな仕事辞めてしまおうかと何度も考えた。

それでも進学や就職したいという子達を応援しつつ保っていた。


そんなある年、過去数年見たこともないほどの美貌の女子生徒が入学してきた。

不良生徒たちが何人もアプローチしているところを見た。

しかしその生徒が周りの生徒との交流をしている所を見たことがなかった。

その点については教員の間でも話題となった。

部活も入っておらず昼も一人で食べている。

そういう生徒は稀にいるが、たしかに気になるところ。

担任だったこともあり気にかけるようになった。

これが悪夢の始まりだった。


その女子生徒は橋口杏華はしぐちももかという。

面談の時には大学の進学を希望していた。

初めは挨拶からしてみた。

他の生徒にも挨拶はしているがフル無視か友達ノリの生徒が多かった。

橋口はいつも丁寧に返答してきた。

職員室にもなかなか用事はないだろうと他の生徒の様子も見がてら教室を巡回した。

いつも橋口は1人でぼんやりとしていた。

時折話しかけられているようだが愛想笑いをして断っているようだった。


それから半年、もう季節は冬になろうとしている時、突然事態が一変した。

橋口の方から相談があると申し付けてきたのだ。

もちろん生徒の相談は乗るだろう。

生徒相談室を借り相談に乗ることになった。


「私クラスで虐められてるんです。靴がなくなったり、机にゴミが入っていたり。」

涙目になりながら意を決したように橋口は言った。

ずっと見てきたはずなのに自分は見落としていたのかと驚いた。


それからは犯人探しめいたことをはじめた。

まず自分のクラスにも関わらず疑った。

同じクラスの人の方がいじめやすいと考えたからだ。

しかし一向に見つからなかった。

それもそのはずだ、全て橋口の自作自演なのだから。

そしてこれが罠の始まりだった。


それからは頼る人がいないからと橋口は積極的になった。

他の先生は相談できるようになったと安心した様子だが自分のクラスはそれどころではない。

自作自演を庇う先生と生徒で完全に不信感に繋がってしまったし、橋口はよりクラスから浮いてしまった。


たしかにいじめの自作自演をしてクラスに馴染めるはずが無い。

居場所のなくなった橋口は生徒相談室で昼食を食べるようになった。

もちろん自分とも仲良くなっていった。

そしてたわいもないような話をする仲になったある日、

「今日さ、授業全部終わったら屋上来てよ」

橋口はそう笑顔でサラリと言った。


屋上は確か鍵がかけてあるはずだった。

しかしそこまで見回りに行く教員は確かに少ない。

なんとなく不良のたまり場になってるのは知っていたが見て見ぬふり状態だった。

もしかしたら鍵なんてとっくの昔に壊れているのかもしれない。

色んな不安が駆け巡り屋上に向かうことを承諾した。


全ての授業が終わり屋上に向かう。

心なしか脈が早い。

行ってみると不良は溜まってなかった。

さらにはやはり鍵は壊れていた。

そしてドアを開けると笑顔で橋口は待っていた。


「先生待ってたよ!ここさ、柵意外と低いよね?ま、3階建てだしそんなに高い柵いらないか」

爽やかな表情でそう言った。

「そもそも鍵をかけてるからな」

苦し紛れに言う。

「鍵なんてさ、随分前から壊れてるでしょ?私屋上好きでよく来てたんだよね!」

「入口のところに不良が溜まっていることが多いんじゃないのか?」

「不良なんてさ、どかしちゃえばいいんだよ?」

その笑顔の裏にどんな感情があるのか、何があったのか全く分からなかった。

ただ怖いと感じた。


そして彼女は飛んだ。


いや、厳密には飛んだふりをした。

実は2階はバルコニーになっている箇所がある。

そこも鍵がかかっているはずだったが、そんなものはもはや役には立たない。

そこに入念にマットが敷いてあった。


しかし突然後ろ向きに落ちていけば誰でも焦るだろう。

両手を広げ下を確認することなく落ちていくその様は綺麗だった。

驚きのあまり動けなかった。


その後もちろん橋口は無事だった。

しかし不安で目が離せなくなった。

もちろん美貌であったからというのもあったかもしれないが。

そして橋口は教員を口説き落としたのだ。

自分は愚かながら関係を持ってしまった。


それから橋口はそれをネタにゆするようになった。

さすがにある程度は払った。

しかし限度がある。

無理だと言うとしばらくして彼女は転校した。

それも精神的苦痛を理由に。

自分の方が精神的苦痛だと言いたかった。

当然の事ながら関係を持っていたこともばれ、自分は解雇となる。

人生のどん底だった。

家から出る気にもなれず引きこもっていた。


空腹を感じ仕方なく外に出た。

それは解雇されてから3日後だった。

今が何時かも分からなかったが空は晴れ渡っていた。


近くのコンビニへと向かう。

そこで軽食を買い自宅へと戻る。

全く笑えないニート生活。

久々に食べるカップ麺は美味しかった。

再就職する気も起きず、しばらくはこんな生活でいいかと諦め半分考えていた。


そんな生活も気がつけば1ヶ月半。

今度こそ仕事が出来ないくらいだらけすぎてしまった。

やる気の欠けらも無い中、貯金も底をつきそうなので仕方なしにハローワークへと向かう。

懲戒免職となった結果教員免許まで剥奪された自分は何も残っていなかった。

特になんの収穫を得ないまま歩いていると見慣れた少女が立っている。

全ての元凶である橋口だ。


「浮かない顔してんじゃん。まー懲戒免職はきついよなー。外全然出ないから困ったよ」

笑顔でいつになくフランクに話しかけてくる。

こんな生徒だっただろうか?

それに困るとはなんだろうか?

と、考えていると突然口と鼻を覆うハンカチ。

何も分からぬままそこで意識は途絶えた。


そして目が覚めればこれだ。

目の前の橋口は見慣れたセーラー服を着て注射器を持って歌っている。

自分は全裸で椅子に縛られている。

目の前にはストーブがあり寒さはしのげているようだ。

窓ひとつ無い天井の高い倉庫の中、彼女のつまらなそうに歌う歌だけが響く。


「この注射器の中見知ってる?シアン化合物だよ?すぐに死んじゃうんだって。あんたさーちょろかったよね。ひとりぼっちの私に同情しちゃってさ。屋上から飛び降りる演技はなかなかに迫真の演技だったと思うんだけどさ」

明るく話す橋口だが表情は変わらない。

「こんなしょうもない人生なら終わってもよくない?私人殺しが趣味なの。死なないと萌えないの。今までに10人くらいは殺したかなー。みんなの最後の顔、とってもいい顔してるんだよね。だからせんせ、ごめんね?」

サラッと怖いことを言う。

「んでさ、右手と左手ならどっちがいい?」

「や、やめてくれ、命だけは。」

「そんなこと言っても私がこんなことしてるのバレちゃったからさー口封じしないといけないじゃん?」

「誰にも言わない。約束する。」

「そんな口約束信じられないし、みんな最期はそういうんだよ?先生なのにそんなことも分かんないの?がっかりだよー。ま、足掻いてくれた方が楽しめるからいいんだけどさ」

まるでこの状況を楽しんでいる。

「でも時間切れ。楽しませてくれてありがとね。先生さ、絶対童貞でしょ?エッチ下手すぎ笑 まあ来世で練習するんだね」

「や、やめてくれ。」

震えながら必死に叫んだ。

『まっかなおはなのーとなかいさんはー』

しかし誰に聞こえることも無く左腕に注射器が刺される。

『いつもみんなの笑いものー』

そして、途端に息が苦しくなり呼吸が出来なくなった。

最期に橋口の笑い声が聞こえた気がした。


「あーあ、人ってあっけないなー。あははは。でもこの瞬間たまらない。はぁ、最高。」


ひとり少女の声が倉庫の中に響いた。

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