君への切符はアイスの当たり棒

青いバック

第1話 君の好きな物は全て愛す

 夏の日差しが暑くなってきた今日この頃。私は寂れた駄菓子屋に来ていた。


 涼しいショッピングモールやコンビニに行かない理由なんて簡単だよ。ここがド田舎で涼める場所は屋根があって、日陰が出来てるこの駄菓子屋だけだから。


 今日もすっかり顔なじみになった駄菓子屋のおばあちゃんに挨拶をする。


「おばあちゃんこんにちわ〜」


「おや、今日も来たのかい。 暑かっただろう? ほら、アイス食べなさい」


 おばあちゃんはいつも私がここに来たら、外にある冷蔵庫からアイスをひとつくれる。経営が厳しいはずなのに、いつもニコニコ笑ってアイスをくれるおばあちゃんは実のおばあちゃんのようだった。


 実際あっちも私を実の孫のように、可愛がってくれていた。


「ありがと、おばあちゃん」


 駄菓子屋の奥にある座敷へおばあちゃんと一緒に入って、アイスを食べる。


 今日貰ったアイスは当たり棒付きのやつで、全部食べ終わって当たりが出ればもう1本貰える。


 座敷は扇風機があって外よりかは幾分か涼しかった。けど、所詮は扇風機だ。アイスがみるみる溶けていく。


 急いでアイスを食べながら私はカレンダーに目を移していた。今日は木曜日。


 夏休みが終わるまであと一週間をきっていた。ド田舎なので、映画を見たり最近流行ったタピオカを飲みに行くなどが出来ないため宿題は暇潰しで全て終わらせてしまっている。


 あっ、当たり棒だ。


「おばあちゃんアイス美味しかった〜! ありがとうね!」


「いいんだよ。 気を付けて帰ってね」


 当たり棒を当てた私はアイスを引き換えずに、駄菓子屋を後にした。


 無料で貰ってまた無料でアイスを貰うのは、流石に気が引けた。それに私はアイスの当たり棒を集めているからこれは家に帰ったら、缶に入れよう。


「ただいま〜」


「おかえりなさい〜、ちょうどお風呂湧いたから入っちゃって」


「はーい」


 日が暮れ始めたから家に帰ると、リビングからお母さんの声がする。料理を作ってる最中なのかな、包丁と煮込む音が聞こえる。


 汗もかいて体も気持ち悪かったため、お風呂へさっさと入りに行く。脱衣所に着替えの服を持っていき、服を脱ぐ。


 服の胸ポケットからアイスの当たり棒がぽろんと落ちる。床に落ちたアイスの当たり棒を拾って、洗濯機の上に置く。


 お風呂から出たら、またポケットに入れ直そう。


 いい湯加減のお風呂から上がると、夜ご飯がリビングに並べられていた。お父さんも帰ってきていて、椅子に座りながら呑気にテレビを見ていた。


「お風呂から出たか。 面白いテレビやってるぞ」


 お父さんはビール片手に話しかけてくる。見ているテレビに目を移すと、漫才の頂点を決める番組がやっていた。お父さんは漫才が好きだから、よくこの手のテレビを見ている。


 だからといって、私は別に漫才は好きではなかった。やってるなら見る程度の好き度で、漫才番組より、音楽番組の方が好きだ。


「うん、面白いね」


 適当に返事をして、冷蔵庫から麦茶を取り出して乾いた喉を潤す。


 あ、アイスの当たり棒洗濯機に置きっぱだ。お風呂から上がって入れ直そうと思ってた、アイスの当たり棒を洗濯機の上に放置していることに気付く。


 リビングの扉を開けて、脱衣所に置いてきたアイスの当たり棒を回収する。ちゃんと忘れないように、胸ポケットに入れたことを確認してからリビングへ行く。


 ご飯を食べて少しだけ漫才番組を見たあとは、自分の部屋に帰った。


 部屋の電気を付けてスマホの充電をする。何も無いド田舎といえ、スマホぐらいは普及していた。本当に暇な時はスマホで永遠に動画を見て一日を過している。


 こんな素敵なものを開発してくれた人たちには感謝しかない。


 動画を見ているとウトウトと眠くなり始めて瞼が重くなる。勝手に閉じようとする瞼と格闘するが、あっけなく敗れてしまい私は眠る。アイスの当たり棒は私の胸ポケット入れっぱなしで眠ってしまった。




「アイスの当たり棒をお持ちの方はこちらへ〜」


 奇妙な声が聞こえ私は目を覚ますと、そこは犬が二足歩行で人間のように歩いて、猫が電車になっている御伽噺の世界のような場所で、瞬時にこれは夢なのだと理解する。


 寝た時と同じ格好で、胸ポケットにはアイスの当たり棒が入っていた。夢だけど、格好は同じなんだ。


 でも、種が分かれば怖くないや。


 夢と分かった私はこの世界を楽しむことにした。夢ならば、何も怖がることはないからね。楽しまなきゃ損だよ。


「え〜アイスの当たり棒をお持ちの方はこちらへ〜」


 アイスの当たり棒?私の胸ポケットに入ってるこれでいいのかな?


「あの〜当たり棒あるんですけど」


 恐る恐る喋る犬に近づいて話しかけてみる。白の耳に黒の斑点模様。犬種はなんなんだろう?


「アイスの当たり棒確認しました〜。 どなたに会いに行きますか〜?」


「え?」


「死んでる方ならどなたでも〜会いに行けます〜」


 死んでる人と会える夢なのか、これは。会えるのなら、会いたい人はいる。


 約1年に病気で死んでしまった私の大好きな人。もし、これが夢で本当に会えるのなら、会いたい。


詩音しおんに会いたいです」


「了解〜。 猫電車にお乗り下さい〜」


 犬の駅員さんがアイスの当たり棒に、詩音行き猫電車と書かれたスタンプを押す。


 にゃ〜と電車が鳴くと、扉が開く。開いた扉から車内へ入ると、私以外誰も乗っていなかった。


「発車します〜。 椅子にお座り下さい〜」


 発車のアナウンスが流れ、私は茶色のフカフカの椅子に座る。


 意識がしっかりとあって、椅子の感触も感じれるなんてよく出来た夢だな〜。


「到着〜到着〜」


「えっ? もう着いたの?」


 椅子に座って数秒で到着とアナウンスが車内に流れる。ここは夢クオリティなんだ。


 猫電車を降りると、駅のホームなどなく眼前に広がるのは、詩音が好きだったひまわり畑だった。


 そのひまわり畑の真ん中にひまわりを愛で楽しそうにしている、ひとつの人影が。


「詩音!」


 私は思わず叫んでしまった。会いたくても会えなかった人が、目の前にいる興奮が嬉しさが心を奮わせる。


鈴蘭すずらん?」


 詩音も私に気付くけど、急に私が現れて戸惑っている様子だった。


 私は詩音に近付いて真っ直ぐに目を見る。私はここだよと伝えるように。


「そう、私だよ。 久しぶり詩音」


「鈴蘭、どうしてここに。 まさか……」


「生きてるよ。 ここは夢の世界でしょ? だから、私はここに来れてるの」


 詩音は自分が死んでるから、私も死んで来てしまったのではないかと勘違いをするが、ここは夢の世界だと説明する。


「夢の世界。 そうだね、ここは夢の世界か。 それでどうやってここに来たの?」


「アイスの当たり棒でここまで。 詩音、昔アイスの当たり棒集めるの好きだったでしょ」


「アイスの当たり棒でここまで来るなんておかしな話だね。 それに今は集めてないよ」


 詩音は木曜日になると毎回あの駄菓子屋でアイスを買っては、当たり棒が出たら集めるという変な行動をしていた。それが不思議でたまらなかったけど、いざ自分が集めると何となく気持ちがわかった。当たり棒を集めると運が溜まった気になって、当たり棒を交換しなければ、当たりを当てた運がそのままそこに残っているような気がする。


「そうだよね。 集めれないもんね」


「うん。集めたくても集めれないや。 ……鈴蘭、会いに来てくれてありがとう」


「私も会いたかったから、お礼はいらないよ」


 詩音は少し寂しげに遠くを見ながら私にお礼を言ってくる。その表情と声色は、これからずっと会えないことを察しているようで、心が縄で締め付けれたように苦しくなる。


「次会えるのはいつかな」


「わたしがおばあちゃんになったときじゃない?」


「ずっと、待ってる。 先に逝ってごめんね」


「しょうがないよ。 病気はどんなスーパヒーローでも消せない。 詩音のせいじゃないよ」


 詩音の言葉からお別れが近いことが分かった。精一杯の強がりの言葉で溢れ出そうになる涙を抑える。


「鈴蘭の好きな物は何?」


「ふふ、懐かしいねその質問。 アイスだよ」


「奇遇だね。 僕もアイスなんだよ」


 この質問は詩音と初めてあった日に交わした言葉。


 駄菓子屋でアイスを食べようと思って、冷蔵庫を漁っていた私の手に詩音の手が当たってド田舎の町だから、すぐに打ち解けあって詩音が聞いてきたんだよね。『ねえ、鈴蘭の好きな物は何?』って初対面なのに何を聞くんだと思ったけど、私は『アイスだよ』とぶっきらぼうに答えたんだ。


「時間だ。 じゃあね、鈴蘭。 あと、僕は君の好きな物は全て愛すよ」





 私はベットの上から床へ落ちて、頭を強く打ち付ける。


 ……詩音と長いこと話す夢を見た気がする。それに喋る犬と電車になった猫も居た気が。変な夢を見たな。


 あっ、そうだ。胸ポケットに入れたままにしてたアイスの当たり棒缶に入れちゃおう。


 胸ポケットにしまってたアイスの当たり棒を取り出すと、詩音行き猫電車と書かれたスタンプが押されていた。


 夢じゃなかったのかな。夢だとしても私、詩音に会えたのかな。でも、ひとつだけ言えなかったことがあるや。


「詩音、私ずっと貴方のこと愛すからね」

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