魔人兄妹は手口を知る



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「ところで、下水道ってどんなところ?」


 図書館の入り口の隅でアリーシェを待ちながら、イロハはオリヴィアに尋ねた。


「一言で言えば暗くてじめっとしてるところだねぇ……あんまり行きたくない感じ」


『雨水や排水を流すところだからな……人が長居するような場所ではあるまい』


「まあ排水も建物とか街のあちこちにある魔力浄化槽で綺麗に処理してから流してるから臭いとかはないんだけどね。ただ……粘魔マナ・アメーバはそのせいで発生してるようなところがあるんだけどさ」


 オリヴィアが言うには、魔力浄化槽は各種排水を運河に流せるレベルまで浄化することができるものの、微量の魔力が水に溶け込んでしまうため粘魔マナ・アメーバが発生しやすくなってしまうらしい。


「それでも綺麗な運河には変えられないしねぇ……ハンターや冒険者たちにとっても月に一度は必ずある稼ぎの機会だし、悪いことじゃないよ」


 そんな会話を交わしていた3人に、話しかけて来る者がいた。


「あれ?オリヴィアにイロハちゃんだ!奇遇だね」


 見れば、Cランクパーティー『烈火の石人』の弓使いセリアと両手剣使いロイドが並んで歩いて来るところだった。


「あらセリアちゃん、ロイドさんもこんにちは。シーラちゃんは一緒じゃないの?」


「シーラのやつは昨晩ギルドでのステージダンスを終えるや否や石人形ゴーレム研究会の拠点に飛んでってそれっきりだ。余程が衝撃的だったんだろうよ」


『光栄だな……』


「うわ、しゃべった……!?」


 急に声を発したイロハ型ゴーレムに、セリアは驚いて飛び退き、ロイドは珍妙なものを見るような目を向ける。その様子にクロは石人形ゴーレム越しで苦笑いしていた。


「え、クロくん見えてるのこれ」


 セリアがイロハ型ゴーレムを恐る恐るといった様子で、しかし穴が開く程近くで見つめながら尋ねる。さりげなく指先で砂のボディをつついたりもしていた。


『見えてるし聞こえているぞ』


「にぃ様は手が放せないから、代わりに石人形ゴーレムが着いて来てるの」


「……つーことは同時並行作業って訳か。またシーラの奴が卒倒しそうなことを……」


「流石にシーラちゃんももう慣れたんじゃないかなぁ……研究会の方はかなり白熱してそうだけど」


『興味深い集まりだな……お邪魔させて貰いたいものだ』


「止めといた方が身のためだと思うぞ……?あんたが顔を出したらもう帰って来られなくなりそうだ……」


 ロイドが遠い目をしながらクロに忠告した。その瞳から一瞬の内に生気が失せたのと、昨日のシーラの様子を鑑みて、クロもまた“石人形ゴーレム研究会”というものがどのような組織なのかを察することが出来た。ロイドの言う通りにしておいた方がいいのかもしれない。


 だが、


(せめて行くなら時間にたっぷりと余裕がある時にしよう……)


 そのくらいの忠告1つで無くなるような好奇心の持ち合わせは、クロにはなかった。


「ところで、2人も図書館に用事?」


「違うよ。お姉ちゃ……第2騎士団から臨時の依頼が入ってね。東区画のパトロール中なんだ」


「通り魔が2度現れたが2度共取り逃がしちまったってことで……ゼシカの奴、本気も本気モードなんだろうよ」


「うん……ギルドにまで協力要請ってことはそういうことだよね……」


 昨晩惜しくも例の騎士モドキを取り逃がしてから、ゼシカは更なる包囲網の強化を図ったらしい。2人によれば、現在東区画のみならずメダリア全域をカバーするように、ハンターや冒険者が合計50人程参加しているとのことだった。


「というわけで、2人もどう?受注条件はCランク以上だけど、オリヴィアが一緒ならイロハちゃんも参加出来るだろうしさ」


「ありがたいけど……ごめんねセリアちゃん、今ちょっと別件の調査もしててさ……」


 別件……?と、セリアが聞き返したタイミングで、図書館のエントランスからアリーシェが姿を見せた。小脇には先程ミーティングルームで開いていたメダリア防衛戦の記録を抱えている。


「すまない、遅くなった。やはり記録を持ち帰りたくなったから『禁帯出本の貸し出し可能権』を行使する手続きを……」


 そこで、アリーシェは突如脚を止めて言葉を切った。光の代わりに魔力の流れを見切る左の瞳を激しく明滅させ、神妙な顔つきで遠くの空を見つめる。


「……アリーシェさん?どうし――」


 不穏な気配を感じたイロハが声をかけようとした刹那、一条の光線が青空を貫いた。アリーシェが無詠唱で放った【光線レイ】は図書館前広場の上空を突っ切り、そこにいた何か小さなものを撃ち落としていた。


「仕留めたッ!!」


 アリーシェは1人快哉を叫ぶと、未だに事態をよく飲み込めていないイロハたちを置き去りにして撃ち落とした物体の落着地点へ駆けて行く。


 後を追いかけたイロハたちは、アリーシェの足元に見慣れた小動物の死骸が転がっているのを見た。


「コウモリ……?」


「ああ。だがこいつは……皆のよく知るアルヴァンスシロコウモリとは別物だな」


 魔力で編んだ短剣で死骸を解剖していたアリーシェは、その心臓付近から淡い色合いの結晶を抜き出した。


「え……それ、まさか魔晶!?」


 声を上げたセリアのみならず、その場を取り巻いていた全員が驚愕を露わにした。アルヴァンスシロコウモリは普通の生物であり、魔晶を体内に持つはずなどなかったからだった。


「天然モノではなさそうだがな……」


 答えるアリーシェの手の中で、コウモリから出てきた親指大の魔晶はサラサラと急速に崩壊、散逸していく。これもまた通常の魔晶ではあり得ない崩壊速度だった。


「この異常個体はイロハくんに向けて魔法を放とうとしていた。軽く解析した結果は……空間系統魔法」


「「!!」」


 その言葉の意味するところを悟ったオリヴィアとイロハの表情が強ばる。ただならぬ気配を感じたか、『烈火の石人』の2人も顔を見合せた。


「いったいどういうこと?」


『そうか、あんたたちはここまでの流れを知らなかったな』


 セリアの問いかけに、クロは4人で誘拐事件の検証をしていたことを簡潔に伝えた。


「なら……イロハの嬢ちゃんに向けて撃たれようとした空間系統魔法ってのは……」


「十中八九、誘拐用の転移魔法だろうな。あの魔晶はただのコウモリにそれを使わせるための仕込みという訳だ」


 アリーシェが魔晶の残滓を解析した結果、この魔晶は転移魔法1発限りの使い捨てで、魔法の発動または体外へ取り出される、コウモリの死などの要因で簡単に崩壊するようになっていたという。


『ただのコウモリに空間魔法を使わせるなどという無理を通した結果魔晶は極めて脆くなったが、むしろ証拠を残さないというメリットになった……というところか?』


「そういうことだ。恐れ入るよ、まったく……」


 さて、と、コウモリの死骸を空間収納に放り込んだアリーシェは、金貨2枚を指で弾き、ロイドとセリアの2人に渡した。


「全額前払いだ。ゼシカくんと両ギルドのマスターに今ここで見聞きしたことを伝えてくれたまえ」


「ちょ、ただ伝言を頼むだけの依頼に金貨2枚は太っ腹過ぎません!?」


「この情報にはそれだけの価値があるってことさ……それと、私の腹が膨れるのはもう少し先の話だ」


 言いながら、アリーシェはサラサラと情報が確かなものであることを示す簡易的な証明書を認め、セリアに手渡した。2人は頷き合うと、速やかにゼシカの下へと走って行く。


「コウモリの対処は一先ずこれで良いだろう。我々は予定通り、下水道のメンテナンスハッチへ向かうぞ」


「はいはーい、じゃあ転移するよー」


 いち、にの、さん!というオリヴィアの合図で座標が書き換えられ、一行は図書館前から姿を消した。

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