魔人兄妹は記録を紐解く 続

「現状を鑑みるに今回の事件の首謀者と目されるのはこの取り逃がした魔将共だ。だがこの内、序列100位『鉄腕』のメタリカだけは除外して良い」


 アリーシェは印を付けた魔将の内、一番下の魔物の名前を二本線で消した。


「こいつだけは現在ゴルディオール帝国内で活動中ということがゼレウス辺境伯からの情報ではっきりしているからな。魔将の中ではフットワークが軽いのか帝国のあちこちで軍に小競り合いを仕掛けているようだ」


 この“フットワークが軽い”というのは序列の低さゆえ使い走り的に色々な戦場へと放り込まれているせいではなかろうか、とクロは邪推した。メフィストフェレスと違い戦場に出ているだけ評価はマシかもしれないが、それでもこのメタリカという魔将へのそこはかとない扱いの雑さを感じる。


「じゃあ……気にするべきは残り3体?」


「そうだね。実際こいつらは大戦の後の動向が全然掴めてないの。何処かで軍勢を率いてたとか、討たれたとか、全く情報がない。上手く潜伏していて、そして今回漸く表に出てきたと考えるのが自然」


 それを裏付けるのが、と、オリヴィアは魔将の名を1つ指差す。


「こいつね。序列31位『隠惨』のレラジェーン、種族は――“虚竜ドラゴニット”」


 それを聞いたイロハの脳裏に、シスターマリーベルの顔が浮かんだ。その様子を見たオリヴィアは強く頷く。


「そう。さっきシスターマリーベルを襲った犯人に心当たりがあるって言ったよね?こいつのことなのよ。あそこのシスター総出でやっと解呪出来るくらい強力な【竜熱の呪い】なんて、間違いなく魔将レベルの魔力が必要だろうし……」


「……じゃあ、あの騎士モドキは?」


 イロハが低い声で尋ねる。


「それなら多分、そこの吸血鬼だな。副将グラジオンはかなりの巨体だから普通の騎士にはなりきれまい」


『序列27位『叫喚』のガンプ』――イロハはその名前をじっと睨み付ける。


 去来するのは、昨日の事件。あと一歩のところで取り逃がしてしまった、鎧の背中。


「……イロハちゃん、イロハちゃん大丈夫?凄く怖い顔してるよ?」


 その言葉にハッとして、イロハはオリヴィアの心配そうな顔を見る。知らず知らずの内に両手を強く握り締めており、手のひらにじっとりと汗が滲んでいた。


「あれに関してはイロハちゃんが責任感じる必要はないんだって。イロハちゃんは街の人を守ってくれたんだから」


「それは……」


 イロハは顔を落とす。オリヴィアはそう言ってくれるが、それでも心の何処かで納得出来ていない自分がいた。


「案ずるな、再戦の機会なら後々嫌でも訪れる。君の内なる炎はその時まで取っておきたまえ……今は相手の手の内を考察すべきだ」


 そこへ石人形ゴーレムに疑問のジェスチャーをさせながらクロが口を挟んだ。


『……手の内なら大戦中に確認出来ているはずじゃないのか?一度は戦った相手なんだろう?』


「“軍として”は、な。だが“個として”この3将軍と戦った者は大戦中誰もいない」


 アリーシェは記録のページをめくり、問題の3将軍が率いていた部隊についての記述を示した。


「ガンプは雲よりも高い高度から音波系の強化魔法と弱体化魔法を広範囲にばらまくという、いわば航空支援部隊を率い、レラジェーンは隠蔽魔法を駆使した極めて認識の難しい魔術師部隊を率い、そして副将グラジオンは奔放な総大将アンドリューズの代わりに全軍を統率し……とまあ、どいつもこいつも直接交戦するのが難しい連中ばかりだったわけだ。だから戦闘能力がほとんど割れていない」


『それはまた厄介な……』


「だから考察するにしてもそもそも材料が足りないっていうね……」


「故に、ここでいうところの“手の内”とは今奴らが何をしでかそうとしているのか、ということになる。音波魔法を使う吸血鬼に隠蔽魔法に長けた精霊種、そして統率力に秀でた上級悪魔……これだけ揃えば大概のことは出来よう」


 という訳で、だ。と、アリーシェがオリヴィアに目を向ける。


「“真っ黒”の内訳を聞こうか。オリヴィア」


「ええ、真っ黒も真っ黒だから心して聴いて欲しいわね」


 咳払いを1つして、オリヴィアは各所で聞き込みをした結果を話し始めた。


 曰く、『両ギルド共、下水道内における定期的粘魔マナ・アメーバ一掃は一月以内にあったという認識』『水道管理課も同様で、やはり定期一掃は為されていたという認識をメンバー全員が共有していた』とのことだった。


「ただし、そのあったはずの定期一掃に関する報告書や記録の類いはゼロ。“定期一掃はあった”という認識に関しても、“○○からあったと聞いた”、“○○がやったと話していた”というような伝聞形式の情報オンリー。ちなみにこれ、名指しされた人に裏付け取ろうとしても“俺は参加してないが、○○は参加したと話していた”っていう感じの返しをほぼ確実にされて堂々巡りになったからね。情報の大元がないのよ」


「そのことについてマスターゴドノフとマスターキランは何と……?」


 オリヴィアは肩をすくめて残念そうに首を横に振る。


「2人共返答は同じ。“やった覚えも報告を受けた覚えもあるがそれがいつだったのかは思い出せない”ってね。両ギルドの長がこの有り様なんだからもう滅茶苦茶よ」


 これで、下水道には一月以上誰も踏み込んでいない、という予想はほぼ確実なものとなった。誰も彼も証言が伝聞形であり、大元の情報が出てこない上に記録も残されていないなど怪しさしか感じられない。


「だから私、下水道まで行って来ました」


 オリヴィアがショートパンツのポケットから1枚の紙を取り出す。これ以上黒くなることはないだろうと思える程真っ黒なそれを見たアリーシェの顔色が明らかに変わった。


『これは……まさか魔力感応紙か?ここまで黒くなるなど……』


 クロも石人形ゴーレム越しに深刻そうな声を発する。魔力感応紙とはその名の通り、魔力に反応して黒く染まっていく特殊な紙だった。どうやら、オリヴィアの言う“真っ黒”とはこの魔力感応紙のことも指しているらしい。


「下水道のメンテナンスハッチからこれを空気に晒しつつ1分くらい降りただけでもう飽和状態。そしてどういうわけかどこまで降りても底に着かないわけ。戻るのは楽々だったけど」


「え……何それ……?」


「ほう……?」


 イロハは困惑の声を漏らし、アリーシェは興味深そうにテーブルの上で指を絡める。


「空間がループしている……ということか?聞けば勇者ユウジが捕らわれていた島にも似たような構造の空間があったようだが……」


『空間魔法に長けたフラウローズが噛んでいるのなら……十分にあり得る話だな』


「私じゃ正直どうしようもなさそうだったから……出来ればアリーシェさんとクロくんに見て貰いたいんだけど……」


「『行く』」


「綺麗にシンクロしたね……」


 それじゃあ、と、空間転移テレポートを使おうとしたオリヴィアをアリーシェが制する。


「待て待て、まずここの鍵と本を返さねば……」


「ああ、そっか……なら、先にイロハちゃんと外に出てるね」


「ああ、入り口で待っててくれ」


「はーい。行こ、イロハちゃん」


 イロハは頷くと、石人形ゴーレムを肩に乗せてオリヴィアの後を追った。

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