魔人兄妹は記録を紐解く
「……ところで、イロハくんとクロくんはブロンザルトと魔王軍との戦いについてどのくらい把握している?」
「私はあんまり……」
『俺も同じく。勇者パーティーを含むブロンザルト軍と魔王軍がぶつかり、勇者が魔王軍の総大将を撃破して勝利したという概要くらいだな』
施設での座学では、他国の対魔王軍戦略についてはほとんど概要程度しか触れられることがなかったと兄妹は記憶していた。魔人たちの戦意高揚のためか、それらよりもゴルディオール軍が如何に勇敢に戦ったか、魔人1号の活躍ぶりはどうだったかなどに主眼が置かれていたからだった。
「なるほど。まあ、市井に流れている情報はそんなところだろうな」
「実際は一筋縄じゃいかなかったしね……」
オリヴィアが思い切り背もたれに寄りかかって天を仰いだ。ため息の長さが当時の苦労を物語っている。
「だがまあ、大戦についての細かいあれそれは別の機会だ。紐解くとは言ったが、1から10までおさらいしている時間はないしな。可能な限りざっくりと行かせて貰う」
『ああ……今欲しいのは魔将の情報だ』
「確か……倒せなかったのは4体だったよね?」
朝食の席でオリヴィアが言っていたことを思い出して、イロハが尋ねる。
「その通り」
左目を点滅させつつ魔法で起こした風で記録のページを一気にパラパラとめくり、内容を把握したらしいアリーシェは、どこからともなく取り出した紙片に魔力の線で走り書きした。
紙片にはこう記されている。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
・総大将 序列6位『破軍』のアンドリューズ(
・副将 序列13位『重撃』のグラジオン(
・地上部隊指揮官 序列26位『狂騒』のラヴム(
・同上 序列31位『隠惨』のレラジェーン(
・同上 序列42位『暴乱』のナルベウズ(
・飛行部隊指揮官 序列27位『叫喚』のガンプ(
・同上 序列56位『麗弾』のボラス(
・同上 序列59位『斬空』のアムドゥサス(
・水上部隊指揮官 序列28位『勢波』のフォルネーズ(
・同上 序列41位『瀑流』のヴェル(
・遊撃部隊指揮官 序列100位『鉄腕』のメタリカ(種族不明:推定
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「……凄い数」
イロハがまじまじと紙片を見つめながら呟く。例の孤島で戦った序列69位のフラウローズ1体ですらあれ程厄介だったというのに、それよりも序列の高い魔将が11体も揃ったら戦場がどうなってしまうのか想像もつかなかったのだ。
『ああ、だがそれでも全魔将中の1割か2割……その程度の戦力で一国を落とそうとしていたということだ……』
むしろ投入された魔将の数が少なすぎる、と、クロは思った。
「ナメられていたか余程戦力に自信があったのか……あるいはゴルディオール軍を掻い潜ってやっと進軍させられたのが11体だけだったという可能性も無くはないが……」
「いやあいつらの様子的に後者はないわ……絶対ナメられてたのよ私たち……まあ総大将と副将はそうでもなかったみたいだけど」
「勇者様が総大将を倒したなら……オリヴィアさんもその場に?」
「もちろんいたよー?勇者パーティー全員で敵の総大将の目の前に直接転移してそのまま仕留める……っていう作戦だったからね」
イロハは目を丸くした。
「それ、大丈夫だったの……?」
「大丈夫だったから私今ここにいるんじゃない。話だけ聞くとびっくりすると思うけどそんなに無謀な作戦だった訳じゃないし。そうよね、立案者さん?」
オリヴィアがアリーシェに視線を向けると、魔術師団の長は不敵な笑みを見せた。
「そもそも奴らに本陣らしい本陣など初めから存在していなくてな……総大将『破軍』のアンドリューズは親衛隊や護衛の1人も付けない完全な単身で戦場を駆け回っていたんだ。はっきり言っていくらでも隙はあった」
基本的な魔物の気性というものがだんだんと分かって来ていたクロは、アンドリューズの頭の中もだいたい想像が付いた。
『“護衛など付けるだけ戦力の無駄だから他に回せ。俺は好きに暴れさせて貰う”……敵総大将の考えとしてはこんなところか』
「あー……うん、正にそれ。確かあいつそんな感じのこと言ってたわ」
「そのスタンスは正直大軍の将としてはどうかと思わなくもないが……圧倒的な個人の戦力をなんの障害もなく自由に振り回されるこちらとしてはたまったものではなかった……だからこそ、こちらも最大戦力での奇襲による短期決戦を仕掛けたわけだ」
「このヴェルっていう
「めでたしめでたし……?」
イロハはオリヴィアとアリーシェへ控えめに拍手を送ったが、2人は浮かない顔をしている。
「めでたしめでたし……とはいかなかったのよね、残念ながら」
「確かに第1次メダリア防衛戦はこうして終結し、国内は喜びに湧いた……その約1週間後に第2次防衛戦が勃発するまではな……」
アリーシェはメモ上で指を動かし、アンドリューズ、ラヴム、ナルベウズの3体を赤い魔力線で結ぶ。
「実はこの3体の置き土産によって土地が魔力汚染を受けていてな……
『正面からの直接戦闘……そして撃破されることも織り込んだ土地への呪いという2段構えの作戦だった訳か……』
クロは苦々しげに呟いた。これを聞いた後だと、投入された魔将の数が妙に少ないことにも、総大将が無防備だったことにも説明が付くような気がしていた。そして街に降り立った時に見た、メダリアの住民や騎士たちの救護の手際の良さの理由も、また。
「ああ……まあ、今回の事件を受けて、実際は2段ではなく3段構えの作戦だったのでは、という疑惑が生まれた訳だが……」
アリーシェは敗走したという4体の魔将を、赤い魔力線で丸く囲っていった。
「本題に入ろうか」
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