魔人妹は図書館に行く
アリーシェに連れられ、痕跡探しを続けながらしばらく行くと、狭い路地を抜けた兄妹の目の前にきらびやかな白壁の巨大な建造物が姿を現した。道中にあった2箇所の誘拐地点での映像記録がいずれもブティック前と同じく『人が地下へと連れ去られた』ということを示しており、下水道の怪しさが一層深まったところだった。
「どうだ。立派な建物だろう?あれが王立図書館だ」
「こんなに大きいなんて……思ってなかった……」
「設立には私の実家を含む複数の貴族が出資したからな……中も凄まじいぞ?」
噴水広場を抜けて白い石段を登り、大扉を抜けると、イロハの目にアリーシェが言った通りの凄まじい光景が飛び込んで来た。
視界を埋め尽くす、本棚、本棚、本棚……かつて兄と共に潜伏した、あの遺跡にあった図書室の十数倍以上の規模の本の海が、そこには広がっていた。
『……生身で味わえないというのが、今はこの上なくもどかしい』
圧倒されているイロハの肩の上で、クロの操る
さっさとカウンターまで歩いて行ってしまったアリーシェを、イロハは慌てて追いかけた。アリーシェは受付スタッフの女性になにやらエンブレムのような物を見せている。
「ミーティングルームを使いたい。空いているか?」
「はい、本日は全室空いておりますよ」
受付スタッフが差し出した鍵を受け取り、アリーシェは礼を言って「こっちだ」とイロハを左側の大広間に導く。
「……何を、見せていたの?」
「ん?ああ……アデレード伯爵家の家紋だよ。私の実家だ」
アリーシェが、受付スタッフに見せていたエンブレムをイロハの前に掲げて見せる。複数の星が連なり1つの大きな星形を作るような紋章だった。
「さっきもちょっと言ったが、私の実家はここの図書館にかなりの出資をしていてな……ちょっとしたサービスを受けられるんだ。今回はミーティングルームの無料&無制限利用だな」
「アリーシェさん、貴族だったの?」
「貴族とは言っても伯爵家の三女なんてそう大したもんじゃないよ。家柄では辺境伯家の娘であるオリヴィアの方が上だ。あいつはおくびにも出さんがな」
「意外……」
イロハとクロは同時にそう思った。これまでのオリヴィアの立ち振舞いからは、特に貴族らしさを感じることが出来なかったからだ。
「ちょっと。勝手にバラさないでよアリーシェさん……まあ遅かれ早かれいつかはバレてただろうから別にいいけどさ……」
不意に、イロハたちの後ろからそんな声がした。振り返れば、転移して来た直後らしいオリヴィアが呆れた様子で歩いて来るところだった。
「おお、戻ったかオリヴィア。首尾はどうだ?」
「真っ黒」
「なるほど……やはり由々しき事態だな」
そう言いつつ、アリーシェは遠くに並ぶ書架の方へ向けて手招きするように指を振った。呼応するように青く分厚い本が宙へ舞い上がり、ふわふわとした挙動でアリーシェの手元にやって来る。表紙には金の刺繍で、『第1次メダリア防衛戦 全記』と刻まれていた。著者の欄には『アリーシェ・アデレード』とある。
『……どこかで見た名前だな?アリーシェ女史?』
「それはそうだ。私が書いたのだからな」
ヒラヒラと本を振りながら、アリーシェはミーティングルームの鍵を開けた。中は六畳程の広さで、中央に4人掛けの白い丸テーブルがある。
「……アリーシェさんが書いたなら……内容を覚えていたりしないの?」
「良いことを教えようイロハくん。残念ながら書いた当人であろうと、一言一句完璧に著作の内容を
「そうなんだ……」
「それに今回のような場合は、裏付けを取るという意味でもしっかりとした情報ソースを参照すべきだ。真偽の怪しいあやふやな情報を元に戦いを挑むこと程怖いものはない。君も覚えておきたまえ?」
「わかりました……!」
「うん、良い返事だ。物分かりの良い生徒は嫌いじゃないぞ?」
「イロハちゃんがいつの間にか生徒に……!?」
そんなやり取りをしつつ、3人はめいめい席に着いた。アリーシェがテーブルの中央に記録を広げて置き、それを覗き込むような形になる。
「じゃあ、かの大戦の記録を紐解こうか……」
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