魔人兄妹は痕跡を探る

 街を歩きながらアリーシェと今ある情報を共有した結果、人々が行方不明になった際の状況が明らかとなった。


 曰く、“人間が拐われる時は、何の前触れもなく突然その場から消失する”、“消失するタイミングは被害者が誰の視界からも外れた一瞬”、“時間帯は白昼だろうが夜間だろうが関係ない”、“被害者がいた場所は全て屋外”とのことだった。外出禁止令が出たのも納得だ、と、クロは思った。


「……そして拐われた場所もあっちこっちに散らばりまくりだね」


 アリーシェが魔力で編んだメダリアの地図を見て、オリヴィアが苦々しげに呟いた。青白い光線で描かれた地図上にはおびただしい数の赤い光点が点在しており、それらは被害者たちが拐われた地点を表していた。


「ああ。当初は設置型の転移テレポートトラップかと思っていたがその線はかなり薄れた。実際に誘拐地点へ赴いても何の痕跡もなかったしな」


「……1ヶ所、すぐ近くだね」


 イロハが目を細めて地図の1点を見つめた。丁度、一行の進行方向に行方不明地点が1つあった。どうもとある商店の店先らしく、常に誰かしら人の目がありそうな場所だった。


「あれ、ここ私が昨日イロハちゃんたちに紹介しようと思ってたブティックじゃん……ここでも人が拐われてたなんて……」


「ふむ……聞けば最初に通り魔が現れたのもここだったとか?」


「そうなんですよ……イロハちゃんが割り込んでくれなかったらどうなっていたか……」


「む、そうなのかイロハくん?お手柄じゃないか」


「え、あ、えっと……あの時は無我夢中で……結局通り魔は取り逃がしちゃったし……」


「それでも君は、命を救ったことを誇るべきだよ」


 その言葉にイロハは少し、虚を突かれたような気持ちになった。


「そう……なのかな」


「そうだよイロハちゃん。逃がした通り魔はどうとでもなるけど……命は、なくなったらおしまいだから」


「オリヴィアの言う通り。取り逃がしたならどこまでも追い詰めて捕らえるのみだ。そのために我々はこうして動いている」


「そう……そうね」


 程なくして問題のブティック前に着き、アリーシェは右目を閉じて周辺を検分し始めた。深紅に染まる左の瞳が同色の光の粒子を散らしている。


「昔、魔法実験中の事故でこの左目は光を失ってな……だがその分、魔力を視ることに特化して鍛えて来たのさ」


 知らず知らずの内にその左目の輝きに目を奪われていたイロハに、アリーシェはそう語った。先ほど自分の内心を見透かされているような気分になったのもそのせいだろうかと思った。


「……まあ、逆に言えばこの目を以てしても何も見えないなら本当に何もないということになるわけだがな」


『敵の隠蔽の方が上手という可能性は?』


 クロの指摘に、アリーシェは不敵な笑みを返す。


「強力過ぎる隠蔽はな、この目の前では逆に違和感として映るのさ。隠すのに使われた隠蔽魔法の方の魔力を感じ取るのでな」


 検分は30秒もかからなかった。アリーシェは何度かまばたきして左目を通常の状態に戻すと、肩をすくめた。


「やはり何の痕跡もなし、だな。手口からして何らかの魔法による誘拐であることは間違いないはずだが……」


「……あ、そうだ」


 そこでイロハが何かに気付いたように、抱えていた石人形ゴーレムを路面に下ろした。


「ねぇ、にぃ様。【起想幻像リバース・ビジョン】って使えないかな?」


『あれなら……そうだな、拐われた時間帯と場所さえ分かれば』


「何か手があるのか?なら是非とも頼みたい。時間帯は3日前の夕刻、場所はブティックの入り口付近だ。店を出て間も無く娘がいなくなったのだという被害者の母の証言がある」


『あの辺りだな、了解した』


 クロは石人形ゴーレムの両手をブティックの入り口に向けて魔力を励起させた。


『『この地に刻まれし記憶よ、我が前に』――【起想幻像リバース・ビジョン】』


 にわかに青白い光が立ち上って時間を遡る映像が映し出され、付近を歩いていた通行人が驚いて道を空けた。


「え、何これ凄くない……?」


「なるほど……実に興味深い……」


「凄いでしょ?にぃ様のオリジナル魔法なのよ」


 イロハが得意げに胸を張る。その間にも映像内の時間はどんどん遡り、やがて狼狽している1人の女性が映し出された。更にもう少しすると、女性の傍らに8歳くらいの少女が突如現れ、女性と仲良く手を繋いで店の中へと後ろ歩きし始める。


「映像止めてくれ。クロくん、今少女が出現した辺りをもう一度お願い出来るか?」


『了解した。ついでに再生速度も4分の1倍程度にしておこう』


 クロの操作により映像が少女の出現前まで巻き戻る。スローモーションになった映像を、イロハ、オリヴィア、アリーシェの3人はそれぞれ別の角度からつぶさに観察する。


 だが、抱いた印象は全員一致していた。


「逆再生だから分かりにくいけど……この女の子、消える瞬間落下してるように見えない……?」


「ああ……落下しているな……」


「落ちてる……ね」


 映像の中の被害者である少女は、ほんの一瞬ではあるが路面からのびあがるように出現――逆再生でなければ落下するように消失――しているように見えていた。


「路面に穴が空いた様子も一切見られん……となるとこの少女はやはり転移系の魔法に巻き込まれているのだろうが……」


「でも転移系魔法はだいたい座標の書き換えで移動するから特になんのリアクションも取らないはずだけどな……」


 オリヴィアとアリーシェが抱いたその違和感は、イロハにも覚えがあった。オリヴィアが得意とする空間系統魔法【空間転移テレポート】は自分が移動するというより、どちらかと言えば周囲の風景が突然切り替わるような感覚に近く、体が引っ張られるような感覚など皆無だったからだ。


「可能性としては……簡略化の一種だろうか。如何に魔物と言えど空間系統魔法を行使するための負担は決して少なくあるまい。自由に移動するために使うならともかく、今回のように人を決まった地点に拉致するためだけの用途で何度も繰り返し使うなら、削れる部分はなるべく削っておきたいというのが本音ではなかろうか?」


『わざわざ被害者を落下させるようなイメージで魔法を構築しているということは、この転移魔法は下方向への転移に特化していると考えて良さそうだな……』


「下っていうと……つまり……」


 クロの言葉を受けて、イロハは足元を指差した。


「地下……?」


「そういうことになるね……全く、悪党は地下に潜みたがるってのは人間も魔物も同じか……」


『……人間の悪党が潜んでいたことがあったのか?』


「うん。朝食の席でちょろっと話した強引な人身売買組織ってのがそれね。下水道の一角に隠し部屋を増設してそこを拠点にしてたのよ」


闇夜の悪鬼団ミッドナイトオーガとかいう連中だったか……第2騎士団がかなり手を焼かされていたような覚えがある」


「拠点制圧の時は……ゼシカさんがまるで親の敵でも討つかのような暴れっぷりだったってカイセル副団長が言ってたっけ……よほど腹に据えかねてたんだろうなぁ」


『なるほどな……だが、今回の相手は魔物だ。それも隠蔽魔法に長けた奴らとなれば……隠れ場所も一筋縄では見つかるまい』


「そうなんだよね……下水道は定期的に粘魔マナ・アメーバの一斉駆除依頼が出されるから、冒険者やハンターがちょくちょく潜ってるけど意識して探さないとやっぱり潜んでる奴らを見つけるのは難し……あれ?」


 オリヴィアは突然、何かに気付いたように言葉を切った。


「そういえば一斉駆除……長いことやってないような……?」


「なんだと……?」


 オリヴィアは深刻そうな表情を変えぬまま続ける。


「常設の粘魔マナ・アメーバ駆除依頼まではわからないけど……少なくとも大規模な一斉駆除は確実にされてない。水道管理課の人たちの護衛依頼もしばらく来てなかったはずだし……下手すると一月以上誰も下水道に踏み込んでないってことに……!?」


 こうしちゃいられない!と、オリヴィアは即座に魔力を励起させて空間転移テレポートの構えを取った。


「私、ちょっとギルドに確認して来る!アリーシェさんは2人をお願い!!」


「ああ、任せておけ。図書館で合流しよう」


 そのままオリヴィアは空間を渡って消えた。兄妹は改めてその様子を見たが、やはり一切体がブレたりする様子はない。ましてや、落下するなどと。


「……地下に誰も行かないのは……やっぱり、認識が狂わされてるせいかな」


「だろうな。そしてそうするということはやはり地下に踏み込まれると困る、ということだろう。ほぼアタリと見ていいはずだ」


 ともあれ、と、アリーシェは再び魔力で地図を描き出す。


「1ヶ所を見ただけで判断するのも早計だろうから……図書館への道すがらもう少しポイントを回ってみたいところだ。付き合ってくれるな?」


「うん」


『当然』


「良い返事だ。では行こう、時間は有限だ」


 そう言って先を行くアリーシェの小さな背中を、イロハは追って歩き出す。


『……』


 その肩の上で、クロの操る石人形ゴーレムが後ろを振り向き、徐々に遠ざかる誘拐地点を見つめていた。

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