魔人兄妹と、魔術師団長

「あ、アリーシェさん!?いったい何時から……!!?」


「お前たちが足を止めた辺りからいたぞ?相変わらず看破魔法が苦手なようだな。仕方のない奴め……」


 呆れ気味に言いながら、アリーシェと呼ばれた少女が欄干から降りる。身長はイロハと同等かそれよりも低い上に童顔ではあるものの、体つき自体はメリハリが効いた大人のそれであり、醸し出す雰囲気もあってクロは彼女が見た目通りの年齢ではないと踏んだ。


(……まったく……気付かなかった)


 イロハもイロハで、常時行っている風読みにも一切かからずに出現して見せたこの女性をただ者ではないと感じていた。


「そちらのキミと……その肩にいる極めて興味深い石人形ゴーレムの使い手は初めましてだな?私はアリーシェ・ドラン。この国の魔術師団を預かっている」


「あ、ええと……イロハ、です」


「イロハくん、か……驚いたぞ?一瞬本物の風精シルフィードが目の前にいるのかと思ったのだからな。それほどまでに、君は風系統魔法との親和性が高い」


 イロハはドキリとして、無意識に魔晶が埋まっている心臓の辺りへ手をやった。ジルヴァンのことがバレたのかと思ったのだ。よく見ればアリーシェの目は左が深紅で右が群青と、左右で色が違う。その幻想的な輝きに見つめられると、心の奥まで見透かされているかのような気分になるのだった。


 アリーシェは流石にそこまでは気付かなかったらしく、流れるように視線をイロハの肩に乗る石人形ゴーレムへ向けた。


「そして……石人形ゴーレムを通して見ているのだろう?もう1人の君」


 息を潜めていたクロだったが、先ほどの会話を聞かれていたのであれば無意味だろうと思い、観念したように石人形ゴーレムを地上に降ろした。そのままシスターグラディスに見せたように見事なカーテシーを披露する。


石人形ゴーレム越しに失礼。お初にお目にかかる、俺はクロ。妹同様にDランクハンターだ。第1騎士団長ガルゼムの奥方とお見受けするが、相違ないか?』


「如何にも。くれやがった……失礼、言葉が乱れた。ともあれ、ガルゼムは私の旦那様で間違いない」


((バ、バレてるっ!!))


 イロハとオリヴィアは内心で同時にそう思った。とはいえ、ドラン夫妻をよく知るオリヴィアはガルゼムが口を滑らせたとは到底思えなかったのでおそらくアリーシェが何らかの方法で見破ってしまったのだろうと考えていた。


『……そうか……後学の為に、何故バレたのかご教授頂いても?』


「何、君に落ち度があったわけではないよ。旦那様がもう少し慎重だったら私も数日は気付かなかったはずだ。それほど君の仕事が巧妙だったということだ。実に素晴らしい」


「いや……凄いよクロくん。私アリーシェさんが他の魔法使いをここまで称賛するの初めて見た……」


 聞いたアリーシェはオリヴィアを横目で睨んだ。


「私の指導を3日で卒業して行った奴が何を言う……お前ほど教え甲斐のない弟子は他にいなかったぞ?全く……」


「ええと、それ、誉め言葉として受け取っていいのかな……?」


「オリヴィアさんの……師匠、なの?」


 石人形ゴーレムを抱き上げながら、イロハがアリーシェに問いかけた。


「一応、な。だが今言った通り3日で教えることがなくなった」


「うん、だから私もアリーシェさんは師匠って感じあんまりしないんだよね……」


 イロハとクロ(の操る石人形ゴーレム)は顔を見合わせた。(魔人たちのように特殊な例を除くと)魔法使いの修行とは数年を要するのが普通であり、それを3日で終わらせるとは尋常でないを通り越して異常と言い切ってしまって良かった。


「……話を戻そう。昨日陛下やその他重臣たちと共に勇者ユウジの報告を聞き終えた後、屋敷に戻ろうとした私は旦那様が何やら凄まじい魔力を放つ小包を持って騎士団宿舎を出ていくのを目撃した。そこで気になった私は近くにいた羽虫を追跡者チェイサーにして後を追わせた」


((あっ……))


 それを聞いて、イロハもオリヴィアも全てを察した。【追跡者(チェイサー)】とは魔法で一時的に術者と五感を共有した生き物のことを指す。主に追跡用として用いられることからこの名がついていた。


 ガルゼムの魔力の感知能力の低さをオリヴィアは嫌と言うほどよく知っている。彼に背後から迫るアリーシェの追跡者チェイサーなど見破れるわけがなかった。


「まあ、ここまで言えば分かるだろう?会話は全て聞かせて貰ったよ」


「やっぱりかぁ……」


 あの時の会話を全てということは、クロとイロハの秘密――勇者とあの島で共闘したこと――まで含めた全てということでまず間違いない。


「ああ、安心したまえ。誓って誰にも話してはいないさ。私だって大恩を仇で返すような真似はしない」


 アリーシェは兄妹に向き直り、一礼した。


「勇者を救ってくれたこと、そして力を貸してくれたことに感謝を。君たちのおかげで、多くの民が救われた」


『礼には及ばない。俺たちがしたことはただの鬱憤晴らしだ』


「そう、ただの八つ当たり。讃えられるようなことじゃない」


 アリーシェは呆れたように首を振った。


「やれやれ全く……昨夜も思ったが欲のない……私の元に士官しないかと勧誘しようとも思ったが、宮仕えよりハンターを選ぶような気性の人間がどう返答するかはよーく知っている……そうだな?オリヴィア?」


「え、えーと……」


 オリヴィアはバツが悪そうにアリーシェから視線を逸らした。どうやら彼女もアリーシェからの誘いを断ったクチであるらしいと、兄妹は容易に察した。


「そ、それよりアリーシェさん、それ!その服どうしたんです?お嬢様みたいなドレスなんて珍しい!」


「いくらなんでも話題ずらしが露骨過ぎだろう……まったく」


 ため息を吐きながら、アリーシェは膨らんだ胸元の生地を摘まんだ。


「端的に言えば釣り餌だな」


「釣り餌……?」


「ああ。悪魔の狙いが子供たちであるならば、“子供に扮して街を歩く”というのは実に単純明快な炙り出し方法だとは思わんか?」


「確かにそうだけどさ……その、アリーシェさん身長の割には出るとこ出てるから微妙に子供になりきれてない気がするんだけど……」


「外出禁止令で子供が街にほとんどいない状況だぞ?多少違和感があろうが敵は選り好みする余裕などなかろうよ。とにかく一瞬でも、手を出してくれさえすればこちらの勝ちだ」


 現状、敵が如何にして人間を拐っているのかということについてはほぼ何もわかっていない。それを明らかにするためには完璧でなくてもなりふり構わず作戦を通すべきというのがアリーシェ、あるいは王宮の考えの様だった。一刻も早く、子供たちを助け出さなければならないのだから。


「とまあ、早朝からこうして、釣り餌をぶら下げながら街におかしなものはないかと目と探知魔法をフル稼働させてはいるのだが……残念ながら現状は特に何も見つけられていない」


「アリーシェさんが何も見つけられてないって滅茶苦茶ヤバいよ……」


「まあ、何も見つけられなかったからこそ逆に絞り込めた、とも言えるがな。さて、せっかくこうして会ったんだ。歩きながら情報共有と行こうじゃないか」


 アリーシェはニヤリと笑ってそう言った。

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