魔人妹は街に出る

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「――という訳で2人とも、ごめん!」


『幼子の宿舎』の廊下で、オリヴィアがメグとリルルに頭を下げていた。話を聞いた子供たちは困ったように顔を見合わせている。


「そっかぁ……ざんねんだね」


「ざんねん……でも、王様のおふれならしかたない」


 わたしだって誘拐されたくないし……と、リルルは口元を分厚い本で隠した。楽しみにしていたお出かけが出来なくなってしまったのは非常に残念だが、今外出すると危ない目に遭うかもしれない、というのは2人もわかっていた。


「イロハお姉さんに紹介したいとこいっぱいあったんだよ……?」


「ごめんね……また今度行こうね」


「約束だよ!」


 オリヴィアの隣に立っているイロハが申し訳なさそうに声を掛けると、メグはずいっと右手の小指を突き出した。


「これは……?」


「指切り!勇者様の国では約束する時にこうするんだって!」


「そうなんだ……」


 イロハが見よう見まねで小指を出すと、すかさずメグが自分の小指を絡ませる。


「これでよし!」


 パッと咲いたメグの笑顔に微笑み返しながら、イロハは繋げた指のぬくもりを感じていた。


(早く……メグちゃんたちが安心して外を歩けるようにしなきゃ)


 街に潜む悪を倒す理由が、また1つ増えた。“子供たちが外で遊ぶ自由を奪われている”など、兄妹にとっては決して看過出来ない状況だったのだ。


「イロハ」


 そこへ、部屋で何かの作業をしていたクロがやって来る。足下では、今朝イロハの目覚まし代わりにもなった石人形ゴーレムが小走りで追従していた。


「にぃ様」


「行く前に少し、お前の自由なる旅人の装束ワンダラーズ・クロスから糸を1本拝借したい」


「糸を……?あっ」


 イロハが自分の服の胸元をつまむと、石人形ゴーレムが素早く跳躍してカゲフミユキノシタの刺繍から黒い糸を抜き取った。抜き取ったそれは1メートル程度と、そこまで長くはない。


「それ、どうするの?服を使うならまるごと貸すけど……」


「それじゃお前が街に出られないだろ……?」


 イロハの頭を撫でながら、クロは目を細めて黒い糸を見つめる。


「これがいいんだ……」


「クロくんの手にかかったただの糸の行く末……すっごく気になるわね……」


「わたしも……」


「まあ、期待を裏切ることはないとだけ言っておこう」


 それと、と、クロはメグたちに追い回されている石人形ゴーレムを指差す。


「そいつを連れて行って欲しい。俺の目や耳の代わりになるから間接的に付き合える」


「うん、わかった」


 石人形ゴーレムはメグとリルルを巧みにかわしてイロハの胸に飛び込んで行った。少し考えて、イロハは石人形ゴーレムを右肩に座らせる。その様子を満足そうに見届けると、クロは「気を付けてな」と残して去って行った。


「なるほどこういう使い方も出来るのかこの石人形ゴーレム……あれ、でもこれクロくんは魔晶の加工作業と並行することになるんじゃ……?」


「にぃ様は並列処理慣れっこだから大丈夫だと思う」


『ああ、特に問題はない』


「うわびっくりした。音声出力機能までついてるよ……ここまで来るとホントに小さいクロくんだね。見た目はイロハちゃんだけど」


「すごいすごい!ねぇクロお兄さん後で作り方教えて!!」


「わたしも……!」


『ああ、いいぞ』


 やったあ!とはしゃぎながら、子供たちは宿舎の奥へ駆けて行った。


「クロくんがあの子たちの退屈を紛らわせてくれるならありがたいけど……いいの?流石にやる事多過ぎない?」


『元々ジュードたちに稽古を付けてくれと頼まれていたんだ。折り込み済みだとも』


「なら、良いんだけど……ありがとね」


『礼には及ばない。こちらもやりたいからやるんだ』


 そんな会話をしながら無人の礼拝堂を通り、オリヴィアとイロハは教会の外へ出る。清々しい朝の日差しと、活気ある人々の声が2人に降り注いだ。


 入り口前を掃き掃除していたミラに一声掛けて、2人は人々の行き交う広場の端に沿って北西側に歩いて行く。


「メダリアは、大きく5つのエリアに分けられてるの。今いるのは中央エリアね。広場以外に目立ったものはないけど……強いて言えば乗り合い馬車や各種ゴンドラの停留所が多いかな」


『街の中心というだけあって、交通の便が良いんだな』


「そうだね。郵便局があるのもここだし」


 あの建物ね、と、オリヴィアは教会の向い側の端にある赤いドーム型の屋根を指差した。


「まあ第1孤児院も図書館も北寄りだし、今回は南の商業エリアまでは行かない予定。そっちまで行くと私の空間転移テレポートがあっても見所が多すぎて日が暮れちゃう」


『了解。そちらは後日自分で回ることにしよう』


「それが良いね。あ、でも南東側にはあまり近付かないことをオススメするよ……あっちはその、色街っていうか……ちょっと治安がね……」


 言い淀むオリヴィアの表情が、そこがどんな場所であるかを雄弁に物語っている。兄妹はどちらからともなく頷きあった。“南東エリアに近づくべからず”と。


「まあ北も北で貴族街だから南東エリアとは別のベクトルで近寄りがたいんだけどね……ちなみに王宮は一番北の端だよ」


「ここからでも見えるね……」


 建物の合間から、複数の尖塔に囲まれた城の威容がはっきりと伺えた。


「お役所とかも一通り王宮の中にあるし、直通便のゴンドラとか馬車もあるから庶民にとっては結構行く機会の多い場所ではあるんだよね」


「そうなんだ……ちょっと意外」


「珍しいよね。王宮に相当する場所がこんなにオープンな国は他にないでしょ。何か問題があったらすぐに王様の耳に入るようにするためなんだって。今回みたいな状況だと流石にどうしようもなかったけどさ……」


 北西側の出口に差し掛かり、オリヴィアは広場を振り返る。相変わらず、広場は人々の活気と歓喜が溢れている。


 だが、そこに子供たちはいない。そのことに疑問を挟む者も、憤りを覚える者もいない。子供の外出禁止令に対しても、ただ他人事のような哀れみがあるだけだ。


 ともすればオリヴィア自身、抱いた違和感を見えないナニカに押し流されてしまいそうになりながらも、


(この状況は、絶対に、異常だ)


 そう強く言い聞かせることで抗う。ここで折れてしまっては、解決できる人が本当にいなくなってしまうから。


「また……みんながお外に出られるようにしてあげなくちゃね」


 オリヴィアが見つめる先を右手の小指越しに見つめ、イロハもポツリと呟く。新たに出来た異郷の友人たちもまた、心は同じようだった。


「……ありがと」


「何か、言った?」


「なんでもないっ!」


 オリヴィアは照れ隠しのために大げさに振り返りながら、魔力を励起させた。


「この道を進めばその内教会には着くけど今回は【空間転移テレポート】しまーす。ささ、くっついてくっついて」


 イロハが慌て気味にオリヴィアに歩み寄った瞬間、2人と1体は座標を書き換えられて広場から消失した。

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