魔人兄妹と不穏な知らせ

「由々しき事態……ってやつね」


 応接室で朝食を食べる最中、ミラ同様に王宮からの報告を受けていたオリヴィアが呟いた。


 それによれば、勇者ユウジが助け出した民の数は612名――当然クロとイロハは含まれていない――だったのに対し、報告されている行方不明者の数は663名と、実に50名以上もの差があったのだという。


 そしてその見つかっていない民は、全て12歳以下の子供であった。


「誘拐事件は、まだ終わっていなかった。いや、むしろここからが本番ってことかな……?見つかっていないのが子供ばかりとか、絶対おかしいし」


「……フラウローズの目的も、朧げながらとはいえ見えて来たな」


 と、クロが続ける。あの犬頭の悪魔は、勇者を監禁して事件の渦中から遠ざけると共に、王都住民を無差別に拉致することで“子供たちばかりが誘拐されている”という事実を隠蔽しようとしていたのではないか、というのがクロの予想だった。


「こうなると、フラウローズが撃破されて行方不明者の大半が戻って来た……つまりカモフラージュが剥がれたってことは誘拐犯も把握しているはずよね。ユウジの不在を狙って何か仕掛けて来るかも?って話を昨晩したけど、決行を早めて来たりして……」


「あの通り魔も……その布石の1つかもしれない、よね」


「それに関しても続報が入っていますね。残念ながら確保には至らなかったようですが……」


 あの通り魔は日没後に再びハンターズギルド付近へ出没し、一般人に扮したゼシカ第2騎士団長、及び配下の騎士数名と交戦したという情報がもたらされていた。


「ゼシカさんが逃走を図った通り魔を追って路地に飛び込んだら、パニック状態になったコウモリの群れの暴走に巻き込まれちゃったみたいね……で、収まった頃にはまた鎧だけが路地の真ん中に散らばっていた、と」


「コウモリ……」


 イロハは通り魔が運河に身を投げた際に飛び出して来たコウモリの群れを思い出した。確かにあの密度の群れが真正面から突っ込んで来たら視界を保ってはいられないだろう、と思った。


「あるいは奴が、ゼシカ騎士団長に近くにいたコウモリをけしかけたのかもしれないな。【大騒音禍フェイタル・ノイズ】……とはまた違うが、音波系の魔法を使っていた以上、コウモリを瞬間的に狂乱させることなど造作もなかったはずだ」


「あー……ありそう。あのコウモリって夜は普通に寝てるから急に起こされるとパニックになりそうだし」


「コウモリってどこにでもいるのね……」


「今年は特に多いですね。農地の方で彼らのエサとなる害虫が大発生しているらしいので、それが原因かもしれません」


「じゃあつまりコウモリは益獣というわけか」


「いえ、確かに農地ではありがたい存在ではあるのですが、街中では運河の魚を食べてしまうことで漁業に悪影響をもたらし、フンによる景観と衛生の問題もあって厄介者扱いされています」


「……野生動物とは、ままならないものだな」


「そうだね……ゼシカさんも流石に野生動物の存在まで考慮して動くのは難しかっただろうし……近くに足止めに十分な数のコウモリがいたのは不運だったとしか」


 それよりも、と、オリヴィアはスープを1口すすってから話を続ける。


「問題は今の今まで誰1人として行方不明者について騒ぎ立てる人がいなかったってことよね……そしてそのことに誰も疑問を抱かなかった。私たち勇者パーティーも、ゼシカさんやアリーシェさんたち王宮の有力者も、ギルドのハンターや冒険者たちも、何より身近な人を拐われた他ならぬ被害者たちでさえも、ね」


 それが、現在王都中に蔓延していることが発覚した異常だった。大量の行方不明者が出ているにもかかわらず、誰も何の対策もしようとしない。例え肉親や子供が拐われていようと、心配こそすれ解決するための行動には移らない。一部は疑問を感じて騎士団やギルドに調査依頼を出した人々もいたようだが、それも本当にほんの一握りだった。


 “人が行方不明になることなど、取るに足らない些末事である”と、メダリアにいる全ての人々の認識が狂わされていたのだ。それは勇者ユウジを探す過程で行方不明者の存在に気付いていたはずのオリヴィアたちでさえ例外ではない。思い返せば、オリヴィア自身ユウジを探すことはしても他の行方不明者を探そうとはしていなかったような気がしていた。


 帰還直後で――あるいは聖剣の加護か――まだ影響の少なかったらしい勇者ユウジが疑問を呈さなければ、誰もこの異常に気付かない所だった。


「特に王都一の魔法使いであるアリーシェさんまで欺いてる辺りがヤバいわね……間違いなく人間業じゃない。多分魔力の隠蔽か、認識改変に特化した悪魔がいるはず」


「いったい何体の悪魔が絡んでるんだ……?」


「先の大戦で、魔王軍は相当な損害を被ったはずですからね……報復に乗り出すとなれば、賛同する悪魔も多いかと思います」


「確かあの時は王国の総力を挙げて、なんとか7体の魔将を討ち取ったのよね……でも4体を取り逃がした」


「となるとその4体が怪しい……か?」


「……かもしれませんね。ただ、今のところ私もオリヴィアも敗走した魔将の情報は持ち合わせていません。勇者パーティーで相手をした魔将は全て討伐に成功していますしね」


「ちょっと記録を漁った方が良さそうね……イロハちゃん、図書館にも寄っていいかな?……あ」


 そこで、オリヴィアが何かに気付いたように言葉を切る。イロハはきょとんと首を傾げた。


「どうしたの……?」


「その、ちょっと失礼なこと言うかもだけどごめんね。イロハちゃん見た目はまだ子供の範疇じゃない?今回のことを受けて王宮から子供の外出禁止令が出たんだけど連れ出しても大丈夫かな……?」


「大丈夫ではありませんか?イロハ様は立派なハンターですし……外出も認められるかと」


「ええ、何か来たら返り討ちにしてやるわ」


 イロハは得意気に胸を張る。


「イロハよりむしろ襲撃者の方を心配すべきだな」


 ただ、と、クロは口元に手をやって、


「被害者を拉致する方法がわからないのは気になる」


「そこなのよね……」


 メフィストフェレスの劇場魔法を利用したフラウローズの手で、勇者ユウジを含む最初の150名が拐われてからもなお、行方不明者は増え続けていた。しかし彼らがどうやって拉致されていたのか、その方法が全くわかっていない。


「認識が狂わされていたとしても、白昼堂々と人を拐えば流石に咎められるでしょうし……何らかの魔法かと」


「いつぞやの人身売買組織みたいに、夜中に人家に侵入してっていう強引な連中なら分かりやすいんだけどね……」


「そんな奴らがいたの……?」


「いたんだよ何ヵ月か前に。ブチギレたゼシカさんたちに壊滅させられたけど」


「そいつらが強引な手法で有名なら、今回の手口とは対極だな……」


 残っていたスープを飲み干し、クロはナプキンで口を拭った。


「かなり、用心深い」


「だね。滅茶苦茶厄介」


 ごちそうさま、と、オリヴィアは空になった食器をワゴンに戻した。せっかくの朝食だったが、この深刻な事態のせいでほとんど味を覚えていない。それは、他の3人も同じだった。


「さあて……メグちゃんたちに連れて行けなくなったってごめんなさいして来ないと。わかってはくれると思うけど、がっかりするだろうなぁ……」


「お使いも中止ですね。私もそれをお伝えしないと行けません」


「あ、じゃあお使いも私たちで代行するよ。後で買い物リストちょうだい」


「ありがとうございます……後、可能であれば第1孤児院の様子も見て来て頂きたく。これ以上追加で何かをお願いするのは申し訳ないのですが……心配なので」


「ん、おっけ。あっちも確か今30人くらい子供たちがいたはずだもんね。確かに心配」


 やり取りを聞きながら、イロハはこれから街でやることを指折り数えた。オリヴィアに案内を受ける、図書館に行く、買い物をする、孤児院の様子を見に行く――


「出来れば悪魔のカラクリも探したいところだな……」


「そうね……凄く、やることが多いわ」


「心配するな。にぃ様も手伝うさ」


 兄に頭を撫でられながら、イロハは疑問符を浮かべるのだった。

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