魔人兄は日の出を観る
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翌朝、空が白み始めた頃にクロは目を覚ました。シャルロテと会っていたにもかかわらず、不思議と身体に悪夢でうなされたような痕跡はなかった。未だに悪夢対策の魔法は出来ていないため、シャルロテではなくフラウローズの魔晶世界で会っていたことが理由だろうかとクロは考えた。
腕の中にいるイロハに目覚める気配はなく、あどけない寝顔を見せている。頬が緩むのを感じながら、クロは優しい手つきで妹の髪を撫でた。このままイロハが起きるのを待っても良かったが、
(……それも何か、時間がもったいない気がしてしまうな)
しばらく迷った末そっと布団から這い出ると、クロは静かに窓を開けた。ひんやりとした朝の空気に身震いする。イロハの眠りの妨げにならないよう、クロは肺の中身を深呼吸で入れ換えるだけに留めて窓を閉めた。
書き置き代わりに音声出力が出来る
「――あ」
クロがなんとなくで礼拝堂の方に足を向けてみると、同じく礼拝堂に向かっていたらしいミラと廊下で出会った。昨夜別れた際は厚手の白いネグリジェ姿だったが、既にしっかりとシスター服を着込んでいる。
「おはようございます、クロ様。よく眠れましたか?」
「おはよう、シスターミラ。久しぶりのベッドだったからあっという間に寝入ってしまった。今まで寝たベッドでは最高の寝心地だったな」
もちろん、比較対象は施設の薄いベッドのみである。ここのベッドはあれとは比べものにならない、というのが率直なクロの感想だった。
ミラは「恐縮です」と微笑んだあと、
「今から日の出の鐘を鳴らしに向かいます。よろしければ、一緒に如何ですか?」
「そうさせて貰おう」
特に行く宛もなかったクロは二つ返事で了承した。ミラの後に付いてまだ薄暗い礼拝堂に入り、そのまま入り口の横にある扉――『幼子の宿舎』に続くのとは反対側の扉だ――へと進む。その先は木造の螺旋階段が立つ細い塔のようになっていた。
「この上が鐘突き堂です」
階段は1段ごとの高さが低く、クロはほとんど少し急な坂道を歩いているような気分になった。なんとなく、石人形の古代遺跡にあったフロア間をつなぐ螺旋階段を思い出す。階段は年季が入っているようで、漂って来る木の香りが人の営みを感じさせた。
上りきると扉があり、その先が教会の屋根の上に鎮座する鐘突き堂だった。
「おお……」
手近な柵に手を付き、クロは鐘突き堂からの眺望に息を飲む。まだ薄暗いが、それでも広大なメダリアの街のほとんどを見渡せるようだった。
「王城からの眺めにはおよびませんが、いい景色でしょう?日が昇るともっと美しく見えますよ」
「ああ、気に入った」
クロの背後で、ミラは吊り下げられた鐘の前にハンマーを持って立っていた。長柄のハンマーは全金属製で、小柄なミラと比較すると存在感のある代物だったが、彼女は特に重そうな様子は見せなかった。
「そろそろですね」
ミラがそう言うと同時に、東の空が輝き始めた。日の光が注ぎ、夜の闇を押し流して行く。それに合わせて、ミラはハンマーを振り上げた。
ゴーン……と、打ち鳴らされた鐘が荘厳な音色を響かせる。ミラは数秒の間を開けて2度、3度と鐘を鳴らし、ハンマーを置いた。
「この鐘……多少の陽光を感知すれば魔法で勝手に鳴り響くんですけど、やっぱり間近で音を聞いた方がしっかりと目が覚めるので、街にいる時はなるべく鳴らすようにしてるんです」
「それは俺もわかる気がするな……目が冴えて来たようだ」
街が目覚めていく。
音色に呼応するように、ちらほらとカーテンを開ける人や、朝の散歩に出る人が鐘突き堂からも見え始める。
「……ん?」
その時、クロは視線の先に奇妙な物を見つけた。朝日の中に、何やら不可思議な構造物が浮遊している。距離があるために細かいところまではわからないが、かなり巨大な構造物であるように見えた。
「アレを見るのは、初めてですか?」
クロの隣にやって来たミラが、同じく視線を構造物に向けながら言った。
「ああ。存在を聞いたこともない」
「そうでしたか……アレは、『天空城エー・デアグーラ』と呼ばれています」
「城……?それが空を飛んでいるのか……?」
クロは改めて構造物を見やる。言われて見れば、どことなく城のようなシルエットをしているように見えなくもなかった。
「いえ……実のところ本当に城なのかどうかは分かっていないんです。何しろあそこに到達したという記録が存在していませんので……アレに関しては『途方もない量の財宝が眠っている』『たどり着いた者には永遠の安らぎが約束される』などの伝承が残っているのみです……」
「正体不明……か」
「ですが」
ミラは、構造物をにらむように目を細めた。
「この国において、アレは凶兆を表すということだけは確かです。国を脅かした大規模
「空飛ぶ城などおとぎ話の題材になりそうなものだが……実際はそう穏やかなものじゃないということか……」
クロは興味津々という顔で城を見つめた。伝承に関しては眉唾物だと感じていたが、国を襲う厄災との因果関係については検証してみたいものだった。とはいえ、あのようなところにどうすれば行けるのかなどまるで見当も付いていないのだが……。
「おーい!」
その時、鐘突き堂にいる2人を呼ぶ声がした。中庭の方を見下ろすと、霊園での仕事を終えたらしいメリルを連れたオリヴィアが手を振っている。
「……そろそろ朝食の支度をしなければなりませんね」
オリヴィアに小さく手を振り返しながら、ミラが呟く。
「差し支えなければ、手伝ってもいいか?少々、料理の勉強をしたくてな……」
「まあ……!いいですよ。本職ではありませんので家庭料理くらいになりますが……」
「むしろその方が良い。宜しく頼む」
ミラの顔がパッと輝いた。
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