魔人兄と“虚無”の悪魔

「あれ、どしたの宿主くん……頭抱えて」


「なんでもない……気にするな」


 シャルロテの不思議そうな視線を受けて、メフィストフェレスを憐れんでいたクロは意識を引き戻した。他の魔物たちに蔑まれていたとしても“破綻の第5位”に評価されていたと知ればメフィストフェレスにとっても救いになるだろうとクロは考えていたのだが、そんなものは儚い幻想でしかなかったようだった。


「……とにかく、黒幕を勘違いしていた件についてとやかく言うつもりはない。むしろ明言されなかったおかげで色々と想定出来たから助かった。感謝する」


「うっそマジで……!?宿主くんがデレた!初デレ!!ひゃっほおぅ!!」


「調子に乗るな」


 飛び跳ねてはしゃぐ破綻の悪魔に冷ややかな視線を送るクロ。だがシャルロテはその程度意にも介さず、クロの腕に絡み付いて来た。クロが力を込めても振りほどけない。


「で、宿主くんはこの魔晶をこれから加工するつもりなのよね?どういう風にするかは決めてあるの?」


「いや、実を言うと明確なビジョンは見えていなかった。自由なる旅人の装束ワンダラーズ・クロスの強化に使うつもりではあったが……」


「なるほどね、なら1つアドバイスしてあげる。百魔将由来の魔晶を加工する時は“なるべく魔晶世界内の要素に作るマジックアイテムの性質を寄せること”。これね」


「魔晶世界内の要素……?」


 聞いたクロは周囲の風景に目を向けた。巨大な薔薇が咲き乱れ、合間をイバラがのたくり、黒犬が遠巻きに敵意のこもった唸り声を上げている。空は相変わらずサイケデリックな色彩で、見ていると気分を害しそうだ。


「……この世界で言えば薔薇に犬、イバラ……といった所か。これらに寄せてアイテムを作れば良い、ということだな?」


「そゆこと。寄せ方は何でもいいの。形が似てるだけでもいいし、使い方が似てるだけでもいいし。魔晶世界はその魔物の魂のあり方を映したモノだから、それに似ていればより力を引き出せる……はず」


「……そこは自信を持って言い切って欲しいんだが」


「仕方ないじゃん魔晶の加工なんてしたことないんだからあ。でも、キミや妹ちゃんたちを見る限り的外れとも思えないけど?」


「どういう意味だ?」


 魔晶の加工の話から何故自分たちのことに話が飛ぶのか分からず、クロは再びぶらぶらと歩き始めたシャルロテに聞き返した。


「いやほら、キミや妹ちゃんだって魔晶を埋め込まれてるわけでしょ?それを“魔晶を使った人間の加工”っていう風に捉えれば親和性の高さには説明がつくと思うのよ。私もキミも、魂の相性はバッチリだし」


「俺とお前が……ね……」


「これに関しては断言してあげるわ。キミに魔晶世界があったなら絶対に私と似通った風景になると思うもの」


「俺の魂の中身があのようなファンシー部屋だとは思いたくないがな……それとも、あの何もない虚無そのものの空間の方か?」


 それを聞いたシャルロテは、一瞬面食らったような表情になった。


「……あれ、気付いてた?」


「あそこに入った時、あんたは“事故みたいなもの”と言っていたからな……あれもおそらくあんたの中に元から存在していた世界なんだろうと思った。俺に見せたくなかった物は映像だけじゃなくて、あの空間それ自体もじゃなかったのか?」


 シャルロテが観念したように肩をすくめてみせる。


「当たりだよ。私の本来の魔晶世界はあっち。なーんにもない、空っぽの虚ろな空間」


 つっまんないでしょー?と、シャルロテは乾いた笑いを見せた。普段の冗談めかした様子は鳴りを潜め、真面目なトーンになっている。


「ちょっと昔話をしてあげる。ある日の魔王様は己の身に物凄く魔力が漲っていることを感じ、早速新たな魔物の作成に取りかかりました。魔王様は漲る魔力を2つに分け、魔物の素体の1つに……便宜上100ってことにしとこうか。100の魔力、別の1つに100の魔力を注ぎ込みました。そうして2つの素体は見事、美しい夢魔の姉妹として、この世に生を受けたのです」


「その片割れが……あんたか」


「そうそう、マイナス100の魔力を注がれて生まれた方ね。意味分かんないでしょマイナスって。それむしろ魔力吸われてない?って、何度思ったか」


 それに関してはクロも理解に苦しんだ。“マイナス100の魔力を注ぐ”というその行為が、何か大いなる矛盾を孕んでいるように感じて仕方がない。だが現にこうしてシャルロテが誕生している以上、魔力は確かに吸われたのではなく注がれたのだろう。


「続けるね。100の魔力から産まれた方はまっとうに強力な夢魔でした。後に魔王様から3の序列と『閃虹せんこう』という二つ名を賜り、更には魔王様の伴侶として辣腕を振るうようになりました。それが【魔王妃】エリザベル。私のお姉ちゃんね」


「……魔王に妃がいたという話は聞いたことがないな」


「まーお姉ちゃんは基本城にこもってて前線には出ないしねー……戦えば物凄く強いけど」


 それに関しては疑う余地は無さそうだ、とクロは思った。何しろエリザベルの序列はシャルロテより上の第3位、魔将の中でも最強クラスだと言うのだから。


「一方妹の方……というか私のことだけど、は、なんかこう生まれてしばらくの間は魂が入ってないかのようにぽやーっとしててろくに活動というものをしませんでした」


「冗談だろ……正直そんなことになってるお前の姿など全く想像がつかないんだが……?」


「だよねー……私もそう思うわ。でも魂が入ってないかのようにっていうのは比喩でも何でもなくてね。その時の私は本当に空っぽだったのよ。外からの刺激に反応はしても自発的には一切行動しないっていうよくわからない奴だった。心が空っぽだから行動の指針?っていうのかな、そういうものが無かったんだよね」


「……やはり想像出来ん」


「流石の魔王様も困ったみたいであれこれ試してたんだけどどれも効果薄くてさ、最終的には私に武器を持たせて戦場に放り込むっていう魔王流荒療治を敢行したの。というのも私、心は空っぽでも攻撃されれば自己防衛本能か何かできちんと応戦はしてたみたいなのよね……魔法の破壊もその頃から使えてたから最低限戦力にはなると判断されたんだと思う」


 シャルロテの初陣と目される戦闘の記録は施設にも残されており、クロもイロハも座学の時間に何度もその話は聞かされていた。記録によれば、シャルロテは魔王軍の陣地へゴルディオール軍が放った魔法による奇襲攻撃を片端から掻き消し、その後壊れたように笑いながら殺戮を始めたという。


「で、まあ私は本能のままに応戦してたんだけど……その内とある感情が芽生えて来たんだよね」


「……当てて見せよう。“愉悦”だろう?」


「せいかーい。流石宿主くんわかってるぅ~!」


 シャルロテは急にクロの周囲を走り回って、手当たり次第に薔薇の大樹を斬り倒し始めた。黒犬たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


「こうして死を振り撒く度に感じるこの感情!もっと欲しい、もっと欲しい!私の空虚をこの楽しさで満たしたい!!……私はその時、初めて生きる理由を見出だしたわけね。宿主くんが知ってる私はそうやって生まれたの」


 破綻の悪魔は躍る。心底楽しげな笑顔と破壊を散らしながら、満たされぬ空虚を埋めるために。


「なるほど、あんたの虚無の所以は理解した。だが俺はあんたみたいに虚無感を抱えて産まれ創られた訳じゃない。明確に自分の意思はあった」


「それについては推測になるんだけど」


 シャルロテがクロの胸――魔晶が埋め込まれた心臓の辺りに細い指先を突き付ける。


「“自由を求める”っていうキミの渇望から鑑みて、多分キミは己の内に広がる空っぽの空間を、私みたいに虚しい物とは解釈しなかったんだと思う。例えるなら白いキャンパスみたいな……自分で自由に色を加えていい、自由な形に変えることができる空間っていう風に、無意識に捉えてたんじゃないかな。……そしてそれは、キミの反抗心の源にもなった」


「……どういうことだ?」


「あの施設の連中はキミたちを兵器として運用するために日頃からああしろこうしろあれするなこれもするなって言い続けてたんでしょ?自分の心の中の“自由な空間”にそんな言葉が塗りたくられてくのが我慢ならなかったんだよ、キミは」


 言われてみれば、クロにも大いに思い当たることがあった。脱走を決意した直接の原因は『あの施設にいては未来がない』と悟ったからだが、それがなくても抑圧され続けていれば遅かれ早かれどこかでその内なる渇望は爆発していたことだろう。


「空虚を埋める材料を周りに求めた私とは逆ね。空虚を塗り潰しにくる周囲を拒絶し、自分の内から溢れ出る多彩なアイデアで埋めたいと考えた。でも、方法論は違っても“心が空っぽ”っていう根っこの部分だけは共通だから魂の相性はバッチリってこと。理解出来た?」


「……ああ」


 クロとしては正直、シャルロテと相性がピッタリというのは喜ぶべきか悩むところだったが、実際特に不都合を感じたことはないのでこれで良かったのかも知れないと思うことにした。少なくとも相性最悪で敵に回すことになるよりかは、ずっと。


(さて、どうしたものか……)


 やるべきことは済んだとばかりに黒犬の群れを再び追い回すシャルロテの背中を見つめながら、クロは作り上げるアイテムの姿を考え始めた。

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