悪魔たちは闇に潜む




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 ――重苦しく淀んだ闇の中に、羽ばたきの音が舞い降りる。


「戻ったぜぇ」


 どこか気だるげな声音でそう言いながら、そのは月明かりの下に姿を現した。色素が抜けたような短髪に深紅の瞳を持ち、両耳から血の雫のような形のピアスを下げた軽薄そうな容姿の青年。一見すると普通の人間のようだが、その背からはツルリとした質感の皮膜の翼を生やし、ニヤリと歪めた口元からは発達した犬歯が覗く。夜闇に紛れて人の生き血を啜る『吸血鬼ヴァンパイア』という種族の悪魔だった。


「首尾はどうだ、ガンプ」


「とりあえず、最低目標は達成ってところだな」


 ガンプと呼ばれた吸血鬼は、腕組みをしながら黒々とした壁に寄りかかっている、重厚なプレートメイルを着込んだ巨漢の悪魔にひらひらと手を振りながら、転がっていた石材の塊に腰を下ろした。開いた膝に頬杖を突き、誰が見ても分かるように不満そうな表情を浮かべる。


「だが殺しには失敗した。一度目はやけに魔力の強いガキに邪魔され、日が落ちてからの二度目は斬りかかった奴がたまたま一般人に化けた女騎士でな……」


「なぁにそれ、笑い話?」


「うっせぇぞレラジェーン」


 クスクスと笑いながら、深い藍色の長衣を纏った青肌の女悪魔が闇の奥から進み出る。その妖艶な赤と黒に染まった瞳の瞳孔は蛇のように細く、大胆にはだけた胸元やスリットから覗く脚には鱗状の紋様が這い回っていた。長い黒髪は、龍の角を模した金色の髪飾りでまとめられている。


「今日を生き延びたとて、どの道まとめて滅びるのだ。人殺しを焦ることはあるまい」


「ハッ、分かってねぇなぁグラジオン。自分の手で直接命を奪う手応えを感じてこその殺しだろうが。大雑把にまとめて殺すってのも悪くはないが、等級としちゃあ何ランクか落ちるぜ」


「……理解に苦しむ。殺しということに変わりはないだろうに」


「損してるなぁ……お前」


 やれやれ、とガンプは大袈裟に首を振った。このグラジオンという巨漢の悪魔とは結構な付き合いだが、どうにも噛み合いの悪さを感じていた。


「そういや、俺たちの参謀サマはどうした?」


「バウアールルならまだ奧に引っ込んだままよぉ?『何があってもここを開けるな』ってかわい……じゃなくて、こわぁい顔で言ってたから、中の様子はわからないけど」


「何だかなあ……」


 呆れたように、ガンプは後頭部を掻いた。脳裏に浮かぶのは、数週間前の出来事。


復讐リベンジするのよね?なら私に付き合いなさい?』


 とある任務にしくじり、再起を図るべく身を潜めていたガンプら3名に、開口一番にそう告げた悪魔がいた。一見非力そうだが、そのあどけない瞳の奧に猛烈な野心と自信を滾らせた少女の悪魔だった。


 もちろん3人は突然現れた、序列もあまり高くない上特に評判も聞かない魔将、バウアールルの提示するプランには当初懐疑的だった。特に魔王軍の中でも役立たずで知られるメフィストフェレスを作戦に組み込むという話が出た時には正気を疑いさえした。


(だが……あいつが言った方法で、実際に勇者は捕まえられた)


 蓋を開けてみれば、バウアールルが先んじて声を掛けていたらしい魔将フラウローズはメフィストフェレスが展開した劇場魔法を乗っ取り、2つの魔法の相乗効果で勇者ユウジ・ブレイブス・モノクロームを見事封殺してのけた。そのおかげでガンプら3人も水面下での活動が非常にし易くなり、バウアールルへの評価を改めることとなった。


(そのフラウローズはどうも討たれたようだが……)


 フラウローズからの定期連絡が途絶えた後も、バウアールルの顔から余裕の笑みが消えることはなかった。ただ「ここからはスピード勝負になるわね」と呟いた後、ガンプに騎士の鎧と指示を与えて拠点の奧にさっさとこもってしまい、そこからは姿を見せていない。


「あいつの様子を見るに、いよいよプランも大詰めってことだな……まったく、あの役立たずといいシャルロテの奴といい、夢魔ってのはロクな奴がいねぇと思ってたが……うちの参謀サマは違うかもしれねぇなあ……」


「ちょっとぉ……不用意にシャルロテの名前出さないでよ……また癇癪起こされたら堪らないわ?」


「おっと危ねぇ……」


 慌ててガンプは、バウアールルのいるであろう奧の暗がりの様子を見る。


 重苦しく淀んだ闇が、揺らめくことはなかった。




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(あと少し……!あと少しで……私の計画は成就する……!!)


 無数の寝台と暗緑色の不気味な光で満たされた空間で、その夢魔は額に汗の珠を幾つも浮かべながら、魔力を練り上げていた。魔力の枯渇で幾度となく倒れそうになり、今も中央にある古木のような質感の装置に手を突いて荒い息を吐きながら、しかしその闇色の瞳は爛々と輝いていた。


「証明してやる……私の実力を……!巻き起こしてやる……この二つ名に掛けて……史上最大級の『惑乱』を……!!」


 額の汗を手で拭いながら、夢魔バウアールルは天を仰いだ。


「最果ての地の魔王様……どうか、御照覧あれ……!人間共の心に、永劫消えぬ疵を刻み込んでやりましょう……!!」


 悪魔の哄笑が、直後に暗緑の空間を染め上げた――

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