魔人兄妹は会食をする
「さあ、皆様ご着席を。シチューが冷めてしまいますよ」
パンパンと手を叩き、ミラが着席を促した。テーブルを挟んだ、入り口から見て左側のソファーにオリヴィアと兄妹が座り、ミラはオリヴィアと向かい合ってガルゼムの隣に腰を下ろす。
「……『自由』なりしマキト大司教様。清き夕餉を捧げます。いただきます」
教会式の食前の言葉を発したミラに続いてオリヴィアとガルゼムが、更に1拍遅れてほとんど見よう見まねの兄妹が唱和し、スプーンを手に取った。
「今の言葉は……どういう意味なんだ?」
「祈りを捧げながら食事をすることで、既に肉体無き聖人へと食の味わいを届けようということですね。食道楽を切り拓いたマキト大司教様がもう何も食べられないというのは忍びないと、大司教様と親交のあった当時の聖王、リューゼオン猊下が始められたそうです。以来他の聖人を祀る教会でも行われるようになっていき、今日に至るまでずっと続けられています」
「なるほど……?」
まともに味の付いた料理など摂ることの出来なかった兄妹にとって、もともと食事とは単なる栄養補給でしかなく、その行為にそれ以上の意味を求める習慣があるなど考えもしなかった。
(これが、知識にはある“信仰”……というものか。これも、何か魔法のイメージの参考になるか……?)
内心でそんなことを考えているクロの隣で、イロハは瞳を輝かせながら夢中でスプーンを動かしていた。
「すごく、おいしいわ……!」
「このミナミマキトウリは今がいっちばん美味しい時期だからねー。甘くてホクホクしてるわよね」
ほわぁ……と感嘆しながら、イロハはスプーンで掬ったオレンジ色の欠片をまじまじと見て、口に入れた。深緑の皮ごと食べられるその野菜は、一噛みするごとに甘味をひろげて口内を満たしてくれる。
「……食事中のところ申し訳ありませんが、そろそろ本題に入りたく思います」
スプーンを動かす手を止めて静かに口を開いたミラへ、全員の視線が注がれる。
「クロくんたちに出会った経緯についてって話だったよね?メモに書いてあったけど」
オリヴィアがショートパンツのポケットから小さな紙片を取り出す。ガルゼムもまた、同様のものを持っていた。
「わざわざそのような話をするということは……やはり君たちは普通の旅人ではなかったということか?」
「そう言えば、騎士団長様は勇者から俺たちの話は聞いているとのことだったな。具体的にはどのような?」
「大した話じゃない。『知り合いの屈強な冒険者が2人、ミラのところで世話になるから宜しく頼む』という程度でしかない。ああ、そうそう」
そこでガルゼムは、思い出したように手荷物を探った。
「ユウジから、君たちにこれを渡してくれと頼まれている。なんでも『世話になったお礼』とのことだったが……」
クロがガルゼムに手渡されたのは、赤い紙袋で包装された握り拳大の物品だった。中身が何かを知っているクロは、予想より早く手に入ったことに内心驚きながら包みの封を開ける。その瞬間、勇者パーティーの面々、事前に話を聞いていたミラでさえもが息を飲んだ。
クロの手にあるものは専用の円筒形容器に収められた、赤みがかった深緑の球体――紛れもなく、あの
「嘘……これ、完全に将軍級の魔力量じゃない。ユウジったらこんなものを……!?」
魔物が持つ魔力の高密度結晶体である“魔晶”。特に将軍級のそれが持つ価値は入手機会の少なさと入手難度の高さから計り知れないものとなる。他人に明け渡すとなれば、それは相応の理由が存在するということに他ならなかった。
「……単なる知り合いという訳ではなさそうだとは薄々思っていたが……まさかここまでとは」
「ああ、私はいったい何回この2人に驚かされればいいのかしら。ミラ、そろそろ種明かしして。お願い」
「かしこまりました。それでは――」
ミラは厳かに襟元を正すと、静かな声音で語り始めた。
「――明かしましょう。此度の1件の功労者たるお二方と、勇者様がどのような経緯で出会ったのかを……」
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