魔人兄妹は疑問を語る
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「――以上が、勇者様が閉じ込められていた島、仮称迷幻の孤島で起きた事件の顛末です」
全員のシチューの器が空になってすっかり熱も冷めた頃、ミラと、補足を入れていた兄妹が語り終える。オリヴィアとガルゼムはしばらく言葉を失っていたが、やがて信じられないものを見るような目を兄妹に向けながらこう絞り出した。
「……大恩人じゃん」
「……大恩人だな」
「はい、大恩人でございます。勇者様が将軍級の魔晶をお渡しになられた理由にも納得が行くというものですね?」
「というか……2人はホントにこれ公表しなくていいの?『国の英雄たる勇者ユウジの窮地を救った』なんて功績、この魔晶だけじゃなくて王様からもめっちゃ褒賞が貰えると思うけど」
「いいんだ。勇者を助ける形になったのは成り行きだったし、悪魔に挑みかかった理由もあまり誉められたものじゃないんでな。この魔晶をまるごと貰えるだけでも十分ありがたい」
「うん、私たちは悪魔に苛立ちをぶつけただけ。これ以上は貰い過ぎ」
「もっと欲かいてもいいと思うけどねぇ……」
呆れ顔のオリヴィアはそう言ったが、クロは彼女が思うよりも自分は欲深いと思っていた。何しろ、単なる金や宝物よりも尚得難いものを渇望してやまないのだから。
「理由はどうあれ、君たちがユウジを救ってくれたのは紛れもない事実だ。心より感謝する」
「ホントにありがとうね。私たちもかなり方々に手を回してユウジを探してたんだけど手がかりがほとんどなかったからさ……その犯人候補だった奴も味方寄り……というか被害者に近い感じだったわけだし」
「あいつは……どうにも複雑な立ち位置だな」
クロの脳内でメフィストフェレスが疲れきったような顔をしていた。本人の意図しない形とはいえ元凶になってしまい、しかし間違いなく勝利の立役者たる劇作家の悪魔については聞く者によって評価が分かれそうだった。
「まあ、今回その悪魔には素直に感謝してよいだろう。ユウジからの証言もあったことだし、じきに指名手配も解除されるはずだ」
「めふぃ……良かった」
このまま犯人扱いされ続けてはあまりにもメフィストフェレスが不憫だと思っていたため、兄妹は安堵した。
「だが、ここまで聴いていて、1つ分からないことがある。そのフラウローズという悪魔が、いったいなんの目的でユウジを監禁したのか、ということだ」
「あ、それ私も思ってた」
「あんたたちも、そう思うか」
ガルゼムとオリヴィアの疑問に、クロがそう返す。
「やつは監禁した人間から魔力を奪い取る力を持ってはいたが、その奪った魔力で何をしていたかというと勇者ユウジの封印の維持だけだった。別の何かのために魔力を集めていたとかそういうことはしていない」
勇者を監禁して魔力を吸い上げ、そしてその吸い上げた魔力と、足りない分は他の人間から搾取した魔力も使って更に勇者の監禁を維持するというループ構造があの島では形成されていた。勇者から奪った魔力を使い更に良からぬことを企んでいるなどといった様子がないことがクロには疑問だった。
「島を出る時に、にぃ様が気になることがあるって言ってたけど、このことだったのね?」
「ああ。まるで勇者をあの島に閉じ込めておくことそのものが目的だったような……そんな気がしてな」
「つまり、悪魔フラウローズにとっては勇者様がメダリアにいるのは不都合だったと、そう考えることができますね。例えば勇者様不在の隙に、この街へ何かを仕掛けるとか」
「ちょっと怖いこと言わないでよミラ……でも確かにその可能性がないとは言い切れないのよね。今日だっておかしな通り魔があった訳だし……」
「ハンターズギルドの付近で起きた事件のことか。私もゼシカ団長からの報告で聞いた。既に街の東側の警備人員を増強したらしいな」
通り魔と聞いて、イロハはあのニセ近衛騎士の剣を受け止めた時の手応えを思い出していた。仮に鎧の中身が人間ではなく魔物だったとしたなら、あの人並み外れた怪力にも頷けるというものだった。
「悪魔が再びこの国を脅かそうとしているならば、早急に状況を把握して手を打たなければならないな。何処に痕跡があるのかもわからないが……」
「悪魔が暗躍している証拠探し……かあ。うん、丁度明日はクロくんたちを案内するつもりだったし、並行してやってみようかしらね」
「そのことなんだが……」
意気込むオリヴィアに、クロが申し訳なさそうに声を掛けた。
「いつ悪魔とまみえるかわからない以上、この魔晶を一刻も早く加工してしまいたいんだ。すまないが、俺は同行出来そうにない」
「にぃ様……」
「ごめんな。にぃ様の代わりに、色んなものを見てきてくれ」
「ううん、大丈夫。私もにぃ様が作る凄いモノ、楽しみにしてるからね!」
クロはイロハの頭を優しく撫でながら、「ああ、約束しよう」と応えた。作るもののハードルは上がったが、その方がクロのやる気も燃え上がる。
「分かった、そういうことなら仕方ないね。じゃあイロハちゃん、よろしくね」
「お、お願いします」
「では、私はこれで失礼しよう。今出た懸念点は早めにゼシカ団長にも伝えておきたいのでな。今日はご馳走になった」
「はい、お疲れ様でした」
「残業もいいけど、また書類の束に潰されないうちに寝ておきなさいよ?」
「善処するさ」
ガルゼムは最後に兄妹へ向けて一礼すると、応接室から出て行った。
「ガルゼムの『善処する』はあてにならないからなぁ……じゃ、私も帰ろうかな」
「せっかくですから、泊まって行ってはいかがですか?部屋の空きはありますし、朝にはまたこちらに来るつもりだったのでしょう?」
ソファーから立ち上がって背伸びをしたオリヴィアに、ミラはそう声を掛けた。
「そう?じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
「そろそろ入浴の時間となりますので、準備しておいて下さいね。最初は男性からです」
「……時間帯で分けているのか、分かった。お先に戴こう」
「それじゃあ、にぃ様と一緒には入れないのね……」
イロハがポツリと呟いた言葉に、オリヴィアがぎょっとしたような顔になる。
「世間一般では男女は風呂を同じくしないらしいからな。仕方ないさ」
「残念……」
「いやどんだけ仲良いんだ君たち……」
「仲が良い分には問題ないでしょう」
それから食器を乗せたワゴンを持ち、浴室まで案内するというミラに続いて兄妹も応接室を後にした。
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