魔人兄妹と勇者パーティー
再び通された応接室には、既に先客がいた。
ゴドノフやドルガンに匹敵する巨躯を持つ、刈り上げられた金髪に、ワイルドな顔立ちの美丈夫。ラフな服装ではあったが、傍らに置かれている兜が彼の職業を示していた。
「あらガルゼム。もう来てたのね」
「なんとか早めに切り上げられてな……それで……」
ガルゼムと呼ばれた美丈夫は立ち上がってクロたちの方を向き、騎士の礼を取る。
「ユウジから話は聞いている。クロ殿に、イロハ嬢だな?私はガルゼム・ドラン、第1騎士団を預かる者だ」
「お初にお目にかかる。クロとイロハだ」
答えるクロの横で、イロハもぺこりと頭を下げる。その様子にガルゼムは柔和な笑みを浮かべた。
「緊張しているな?私も同じだ。ユウジから話を聞いた時はいったいどんなに屈強な女傑が待ち構えているのかと思っていたが……よもやこんなに可憐なお嬢さんだったとはうぐっ……」
突然ガルゼムが言葉を切り、胸を押さえながら呻く。その時クロは、騎士団長の体から何か纏わりつくような黒い魔力の奔流が滲み出るのを感じ取った。
オリヴィアが呆れたような顔をする。
「ああまたやった……不用意に女の子の容姿を誉めるから……」
「……いったい彼はどうしたんだ?何やら強力な魔力の気配を感じるんだが」
「気にしないで、ガルゼムの奥さんが【不貞封じの呪い】をかけてるだけだから。女の子を口説いたりすると息がつまったり胸が痛んだりするやつ。いや別にガルゼムは浮気性じゃないし、むしろ逆なんだけどね……」
「何……愛が深いことの、証明だろう……流石に、2歳の姪にまで反応するのは……勘弁して欲しいものだが……」
荒い息をつきながら、ガルゼムは胸をさする。呪いの症状自体は数秒で収まったらしい。
「にぃ様、ふていって……?」
「俺たちには縁のない単語だよ……差し支えなければその呪い、ちょっと見せて貰えないか?もしかしたら修正できるかもしれない」
「あまりオススメはしないぞ……?この呪いをかけた私の妻は魔術師団長なんだ。どんなカウンターが仕込まれているかわかったものじゃない」
「だが身内を可愛がれないのは辛いだろう?大丈夫だ。別に解いてしまおうという訳じゃない」
自分がイロハを満足に可愛がれないことなど想像したくもないため、クロはかなりガルゼムに同情的になっていた。再び腰掛けたガルゼムの頭に手のひらをかざし、呪いの源を探って行く。
「皆様、夕食をお持ちしました」
そのタイミングで、ミラが料理を乗せた台車ごと応接室に入って来た。湯気の立つ黄色いシチューがテーブルに並べられていく。
「……あの、クロ様は何を?」
「アリーシェさんがガルゼムに掛けた呪いを弄るんだって。まあ……クロくんじゃなかったら全力で止めてるところだよね」
「それは……そうですね。確かに、私も闘技場で目の当たりにしていなければ止めていたでしょう」
「シスターミラ、闘技場に来てたの……?」
イロハが尋ねると、ミラは悪戯っぽく微笑んだ。
「ええ、実はいたんですよ。素晴らしい戦いでしたね、私も紹介状を書いた甲斐があったというものです」
「ほんとにとんでもないのを送り込んでくれたわね……ミラ」
女性陣がそんなやり取りをしている内に、クロはガルゼムへの魔力干渉を終え、かざしていた手を下ろした。ガルゼムは2、3度まばたきをしながら己の身体中を見回す。
「終わったのか……?」
「ひとまず一定以下の年齢の女性には反応しないようにした。そこにいる絶世の美少女で試してみて欲しい」
「に、にぃ様!?」
「そこまで言い切るのか……いやもちろん、イロハ嬢は文句無しに可愛らしいが……お?」
そこまで口に出したところで、ガルゼムは自分の胸を撫でさすった。【不貞封じの呪い】が発動した際に生じる呼吸障害や胸部の重苦しい疼痛が感じられなかったのだ。
「おおおお!本当に何も感じなかった……ありがとう。これで心置きなく姪を可愛がってやれる」
「礼には及ばない。ほんのちょっと弄っただけだ」
ガルゼムにかかっている呪いは、施設の魔人たちに付けられているあの首輪の各種機能より多少修正する難度の高い代物であったが、クロはその気になれば完全に解いてしまうことも可能だと考えていた。そうしなかったのは、縛られているはずのガルゼム本人が呪いを『愛の証明』として受け入れていたためである。
(夫を誰にも奪われたくないという想い……俺にそれを否定することは出来んな)
呪いをかけた人物の気持ちもなんとなく分かるため、クロは解呪まではしないのが得策と判断した。
「うわぁ……ほんとになんとかしちゃったんだアレ。私なんか構造見ただけでウンザリするような代物だったのに……いや、そもそもクロくんがそういう魔法の使い手だったわ」
「はは。アリーシェには今回のことは伝えないでおこう……多分あいつなら地の果てまで呪いを修正した術者を追うだろうからな」
「それは勘弁願いたい……」
只でさえ追われている身だと言うのに更に追っ手が増えては堪らないと、クロは内心で思うのだった。
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