魔人兄妹と子どもたち

「あ、おかえりシスターミラ!!シスターマリーベルが来てたのよね?今日のお野菜は?」


 教会に入るや否や、静謐な空気の礼拝堂に溌剌とした女の子の声が木霊した。


 見れば、栗色の髪をショートカットにしてカチューシャを付けた10歳くらいの少女が駆け寄って来るところだった。奥からは更に、黒髪のロングヘアに眼鏡を掛けた少女が、分厚い本を両手で抱きながら歩いて来る。二人ともお揃いの黒いジャンパースカートに白のブラウスという格好だった。


「こちらです。今日は新しい旅の方々が入居されましたので、いつもより多めですよ」


「やっほー、メグちゃん。リルルちゃんも」


「オリヴィアお姉さんもこんにちは!新しい旅人さんは……そっちの白い髪の二人ね!!」


 メグ、と呼ばれた少女はトパーズ色の瞳でクロとイロハを眺め回し、スカートの裾をつまみながら一礼して見せた。


「初めまして、私はメグよ。この子はリルル。隣の孤児院で暮らしてるの!!」


「リルル、です」


「俺はクロ。しばらく世話になる」


「イロハよ。よろしくね」


 一通り自己紹介をし終えるや否や、メグがイロハの周りを感嘆の声を漏らしながらぐるぐる回り始める。


「かわいい!イロハお姉さんの服すごくかわいいよ!何処で買ったの!?」


「お、おね……?」


 慣れない呼び方をされて一瞬動揺したイロハに代わり、メグの質問にはクロが答えた。


「ああ……この服は俺が縫ったんだ」


「え、うそ!お兄さんの手作り!?すごーい……」


「たぶん、お金取れるレベル……」


 リルルも交ざってドレスをぐるぐるぐるぐると眺め回され、イロハはオロオロと助けを求めるような視線をクロに送るが、クロもクロで困ったように首を傾げることしか出来なかった。オリヴィアはニヤニヤと笑っているだけだし、ミラも「あまり礼拝堂で騒いではいけませんよ」と注意はするもののそれ以上の行動には出ない。


 そんな中、イロハへの助け船は思わぬところからやって来た。


 突然、「おりゃあ!」というかけ声がして、メグのジャンパースカートの後ろ側が盛大にめくれ上がる。いつの間にか、彼女の背後に黒い短髪と鼻の頭の絆創膏が特徴的な少年がいた。


「きゃあっ!?」


「へっへーん、隙ありだぜ!ほら捕まえてみやがれ!!」


 兄妹が状況を飲み込めないでいる内に、少年は足元の床の一部を持ち上げ、そのまま飛び込んで行った。


「えっ……えっ……?」


「こらジュードぉ!今日と言う今日はゆるさないんだからあ!!」


 呆気にとられるイロハの前で、メグもまた床の下へ入って行ってしまう。


「隠し通路、なのか?」


「はい。万が一の時に備えて用意してあります。もっとも、基本的にはこの通り子供たちの遊び場となっていますので“隠し”かと言われると怪しいですが……通路の性質上、むしろ積極的に潜って慣れておくべきですので」


「そうそう、この下はすっげぇんだ!!」


 背後から聞こえた声にクロが振り向くと、先程隠し通路に消えていったはずの少年、ジュードが、得意気な様子で立っていた。隣にはもう1人、ジュードと比較するとかなり大柄な、しかし穏和な雰囲気の少年もいる。2人もまたメグたちのものと似た意匠のモノクロの服を着ているが、活発に動き回っているためか袖やズボンにあちこち擦れた跡が見えた。


「オレ、ジュード!こっちはガイだ!旅人のにいちゃん、ねえちゃん、宜しくな!!」


「よろしく~」


 兄妹も自己紹介を返そうとしたが、その前にジュードを見つけたメグが走って来たため、少年たちは孤児院に繋がる扉の先へ逃げて行ってしまった。


「騒がしくて、すみません」


「気にしないでくれ。子どもとはああいうものなのだろう?」


「そう言って戴けるとありがたいです。みんな旅人の皆さんのお話を聞くのを楽しみにしていますので……ちょっと興奮気味なのかもしれません」


「期待に応えられるかはわからないぞ……?」


 主にキラキラした視線を向けてくるリルルに対してクロはそう言ったが、彼女の瞳の煌めきはより一層増すばかりだった。


 その時、


「ああ、戻っていらっしゃったのですね」


 教会の奥に繋がる扉を開けて、礼拝堂にもう1人のシスターが入って来た。クロに肉薄する長身で、ゆったりとした服の上からでもはっきり分かる程グラマラスな体型をしている。ウィンプルからは儚げな微笑と、青みがかった銀の髪が覗いていた。シスターはゆっくりと兄妹に歩み寄って一礼した。


「お話はシスターミラより伺っております、クロ様、イロハ様。筆頭シスターの、メリル・キャンデレアと申します。ごゆるりと、お過ごしくださいね」


「ありがとう。しばらく世話になる」


「シスターメリル。先ほどお話しした通り、我々は別室で夕食を摂ります。子供たちを宜しくお願いします」


「はい。さあリルルさん、行きましょうか」


 無言でこくりとうなずいたリルルの手を取り、メリルは孤児院に繋がる扉の先へ去って行った。


「クロ様、イロハ様。この後は夕食の時間になるのですが……お二人はご予定などございますか?」


「いや、俺たちは特に。……何かあるのか?」


 クロが聞き返すと、ミラは声のボリュームを落とした。


「内密に――勇者パーティーで“例の件”についての情報共有をしたいのです……」

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