魔人兄妹は聴取を受ける

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 それからしばらくして、住民からの通報を受けた騎士たちが大通りにやって来た。彼らは昼間の広場での騒動の時と同様、意識を失った住民たちを次々と馴れた手つきで運んで行く。


 高周波による被害は広範囲に及んだものの、あれでもイロハの魔力干渉によって威力は抑えられていたらしく、幸い鼓膜を破られたり命に関わるような怪我をした者は1人もいなかったらしい。


「――それで追って行ったところ、その騎士は運河に身を投じて姿を消した……と」


 一方、当事者である兄妹とオリヴィアは、橋の上で赤い長髪を兜の裾から覗かせる女性騎士に取り調べを受けていた。オリヴィアが言っていた通り、その兜に付いている羽根飾りは青色で、フェイスガードも上げられている。


 ゼシカ・エルサーク。王都や各街の守護を任務とする第2騎士団の団長で、兄妹がギルドで出会った弓使いアーチャーの少女、セリア・エルサークの姉であるらしい。整った顔立ちが良く似ていた。


「にわかには信じ難いな。我が国の騎士……それも王の盾たる近衛騎士が辻斬りを行うなど」


「私もびっくりよ……何でここに近衛騎士が?って思ってたらいきなり通行人に斬りかかるんだもん……イロハちゃんが間に合ってなかったらと思うとゾッとするわ」


「それに関しては私からも感謝を。民の命を救ってくれて、ありがとう」


「あ、いや、えっと……その……」


 兜を外したゼシカに頭を下げられて、イロハはあたふたした。こうして感謝されるというのは、兄に褒められるのとはまた違うむず痒さがあった。


「団長ー!上がりましたぞ!!」


 堤防の方から、立派なひげを蓄えた騎士が走って来た。その手には通り魔が身につけていた兜が提げられている。


「ご苦労、カイセル副団長。下手人はわかったか?」


「いえ、残念ながら沈んでいた装備一式は全て精巧に作られた模造品でしてな。下手人の特定には至りませなんだ。……この通り」


 副団長カイセルが、水を滴らせる兜の内側を指し示す。


「『刻印』がされておりませぬゆえ」


「そうか……いや、むしろ良かった。ひとまず正式品を身に付けたまま凶行に及ぼうとした底抜けの愚か者は近衛にいなかったらしいとわかったからな」


「『刻印』……?」


「ああ。近衛に限らずこの国の騎士の装備は全て当人に合わせたオーダーメイド品でな。持ち主の識別が出来るようにこうして刻印がされているんだ」


 疑問符を浮かべたクロに、ゼシカが自分の兜の内側を見せた。“ゼシカ”という文字を崩したような円形の紋様がそこには彫り込まれていた。


「ただ、これで犯人を絞りこむことは非常に難しくなってしまったとも言えるがな……イロハ殿の証言から人並み外れた怪力の持ち主だということはわかったが……それを確認することはやはり困難だろう」


 ゼシカは兜を被り直し、一礼した。


「ご協力に感謝する。今後はより一層街の警備を強化しよう。それが現状の我々に出来る最善の策だからな……」




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「……ゼシカさん、内心では滅茶苦茶怒り狂ってたんだろうな」


 事情聴取を終えて再び教会への道を歩いていると、しばらく黙っていたオリヴィアが不意にそう呟いた。


「……わかるのか?」


「結構付き合い長いし、なんとなくね。騎士に化けて悪事を働こうなんて、騎士の誇りを貶める行為だもん。私だって許せないよ」


 民を守る騎士の姿を騙り、守るべき民へと刃を向ける。それは確かに、騎士という存在への冒涜に他ならない。なんとなく、渾身の一作を台無しにされてしまった、作家の悪魔の力ない顔がクロの脳裏を過った。


「だからゼシカさんは間違いなく本気出すね。早ければ、今夜にも警邏の数が倍になるんじゃない?」


「早く……捕まればいいね」


 イロハが搾り出すように言う。民間人への被害を抑えることは出来たが、目前まで迫っていた犯人の背中を取り逃がしてしまったことへの悔しさの方が勝っていた。


 そんな妹の肩を労うようにポンポンと叩きながら、クロは考える。


(いったい、奴はどうやって運河から逃げおおせた……?)


 話を聞く限り、通り魔が運河に飛び込んでからイロハが追い付くまでにはほとんど間はなかったらしい。そのような短時間で鎧を脱ぎ、あの透明度の高い運河から泳いで人の視界外まで逃げることはまず不可能だろうと考えられた。


 ならば魔法を使って身を隠したのかと言えば、それも騎士団の調査によって否定されていた。魔力の痕跡が何1つ確認されなかったらしい。


(どう、やって……)


「その、ごめんね?」


 オリヴィアが振り返って申し訳なさそうな顔をする。


「案内してあげるって言ったのに……ちょっと、そんな気分じゃ無くなっちゃってさ」


「気にするな。あんたが悪い訳じゃない」


「そうよ。全部あの騎士モドキのせい」


「……ありがと」


 そしてオリヴィアは、音高く両手で頬を叩いた。


「よっし!今日の埋め合わせは明日するよ!!2人は予定ある?」


「いや、特に決めてないな」


「おっけー、じゃあ明日の朝迎えに行くね!今日の分まで案内したげるから楽しみにしてて!」


 そうこうしている内に、ミラの教会が目の前に迫って来た。その大きな両扉の前に、ミラともう1人、野菜が盛られた籠を抱えた小柄なシスター服の背中が見える。


「お帰りなさい、クロ様、イロハ様。オリヴィアもよく来てくれました」


「あ、もしや新しく入居されたと言うハンター様ですか!?」


 振り返ったシスターが明るい笑顔を見せる。ミラとお揃いのウィンプルから短い赤毛が覗き、頬にはそばかすがあった。年齢はミラとそう変わらないように見える。


「初めまして。セントマキト教会第116支部と付属第1孤児院所属のマリーベル・カリュシオです。ちょくちょくお野菜をお届けしますので、宜しくお願いしますね!」


 クロとイロハが自己紹介を返すと、マリーベルはミラに野菜を渡しながら一礼して去って行った。


「彼女はここのシスターではないのか」


「この王都には、北にここより大きな教会があるんです。シスターマリーベルはそちらの所属でして、敷地で採れた野菜を、こうして良く届けてくれるんです。今夜の夕食はこれで作りましょう」


 さあ、こちらへ。と言うミラの後に付いて、兄妹とオリヴィアは教会に入って行った。

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