魔人兄妹は追跡する
住人たちは、平穏な夕方の時間帯を過ごしていた。標的にされた女性もまた、自分たちを守ってくれているはずの騎士から攻撃を受けることなど想像すらしておらず、その刃が届く範囲に自然と足を踏み入れてしまっていた。
故に、騎士の突然の凶行に反応出来た者はいなかった。
――ただ1人を除いて。
ガキィン!!というおよそ平和な街中には似つかわしくない凄まじい金属音が響きわたる。騎士の凶刃が女性の首を捉えるその寸前で、純白の刃が割り込んでいた。騎士の細かな挙動を風によって捉えていたイロハが、危険を察知して飛び込んでいたのだ。
「逃げて!!」
「え……ひっ、ひゃあっ!」
鋭いその一声でようやく事態を把握したか、標的にされた女性と周囲にいた人々が悲鳴を上げながら逃げ去って行く。
騎士のフェイスガードの奥で、舌打ちの音が聞こえた。直後に騎士の剣に加わる力が増し、仕込み杖ごとイロハをへし斬らんと白刃が押し込まれる。
(……なんて、力……!?)
魔法を使っている様子がないにもかかわらず凄まじい膂力を見せる騎士にイロハは驚愕を隠せなかった。魔人であるイロハの腕力は成人男性のそれを軽く上回るが、それでも気を抜けば一瞬で押し込まれかねない。しかもイロハは杖を両手で握っているのに対して相手は片手しか使っていないと、単純な力比べでは完全に負けていた。
「あなた……人々を守るのが仕事でしょう?いったいどういうつもり……!!?」
騎士は答えず、なおも力を入れて来る。圧力に耐えている四肢が悲鳴を上げ、イロハは危うく膝を崩してしまいそうになった。
すると突然、騎士の頭が横合いに弾かれた。上からの重圧が急激に抜け、イロハはその隙を逃さず騎士の剣を跳ね上げて拮抗状態を脱する。
「イロハ!」
声の方向へ視線だけ動かすと、指先を騎士に突き付けたクロの姿があった。逃げる住民たちに揉まれながらも、【
その時になって敵が1人でないことに気付いたのか、騎士は剣を構えたままクロたちとイロハを交互に見比べる。そして、すぐさま逃走を選択した。これまた常人離れした速度であっという間に教会の方向へ遠ざかって行く。
「先行しろイロハ!逃がすな!!」
何とか住民たちの波を脱したクロが叫ぶ。イロハは返事をする間も惜しいと行動で応えた。【
「全く……私の目の前で悪事を働こうとは舐められたもんだね……」
クロに並走しながら、オリヴィアが怒気を孕んだ声を出す。その手に持つ長杖に嵌め込まれた宝玉が蒼い光を放っていた。
「【
「了解した」
その時、遥か先を走る騎士が右手を後方に伸ばした。広げられた手のひらには、既に何らかの魔法と思われる空気の淀みが蓄えられている。
「!!」
クロは咄嗟にノーアクションで【
瞬間的に大通りを席巻したのは、人間の聴覚を苛む大音量の高周波だった。
「ぐ……ァ……!!?」
「か、っハ……!!!?」
不運にも騎士の近くにいた人々が瞬く間に意識を断たれてバタバタと路上に倒れていき、200メートル程離れていたクロとオリヴィアもまた強制的に膝を突かされる。
(【
耳を押さえながら、クロが頭に1つの魔法を思い浮かべる。しかし、彼の知るこの魔法は本来広範囲にテレビの砂嵐を増幅させたような雑音を撒き散らして耳を塞ぐというものであり、人間を気絶させる程の威力はないはずだった。
(そうだ、イロハは大丈夫か……!?)
こんなものを近距離でまともに受けたであろう妹の身を案じて、クロは明滅する視界を探る。
すると、騎士を追ってかなり前方を駆けていく白いワンピースの背中が見えたためクロは安堵した。風駆けこそ解除されてはいるが、そのスピードに遅れは見られない。
実際、イロハはダメージを受けていなかった。
(危なかった……音の攻撃だったからなんとかなったけど……)
イロハは周囲の空気に魔力で干渉することで自分に向かって来る高周波を減衰させることに成功していた。集中するために風駆けは解かざるを得なかったが、幸か不幸か風になって躱さなければならないような人の波はもう周りにない。
運河にかかる橋に差し掛からんとする騎士との距離は20メートル程にまで縮まっており、イロハは一気に仕留めるべく更にスピードを上げた。
しかし、そこで騎士が予想外の動きを見せた。突如進行方向を傾け、一息に橋の欄干を飛び越えたのだ。
「えっ……!?」
前方で重いものが着水する音が響き、丁度下で魚を採っていたのだろうアルヴァンスシロコウモリの群れが驚いて飛び出して来るのが見えた。
1拍遅れて橋に辿り着いたイロハは欄干から運河を覗き込み――そして、思わず言葉を失った。
「イロハ!」
そこへ【
「にぃ様!」
「奴は何処に行った?」
「それが……」
イロハが運河を指差したため、2人も欄干から下を覗き込む。運河は夕陽を照り返して少々見辛くなってはいたが、元の透明度が高いおかげで川底の様子はよく分かった。
だが、
「どういう、ことだ……?」
川底には騎士の身に付けていた鎧や兜が沈んでいるばかりで、肝心の中身は影も形も存在していなかった……。
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