魔人兄妹は報酬を得る

「おっつかれさまー!!」


 狩りを終え、最寄りの高速ゴンドラ停泊場で解体されたサメの素材を受け取った兄妹の元へ、オリヴィアが歩いてやって来た。


「いやぁ、やっぱり2人の敵じゃなかったね。鮫の首がポンポン飛んでくから一瞬何事かと思ったわよ……あれって【透明インビジブル】……じゃ、ないよね?」


「私光系統の魔法は使えないよ……そんな超高等魔法ならなおさら……」


 オリヴィアの言う【透明インビジブル】とは、光を屈折させて自身の姿を眩ます光系統の最上級魔法の1つで、極めて複雑な魔力操作を要求される魔法だった。その難度は光系統を得意とするあの魔人1号でさえ(本人の性格の問題もあるが)敬遠するレベルである。


「あれは一時的に自分の身体を風に変えてるの。風だから見えないし、足場がいらない」


「それはもう人間じゃなくて風精シルフィードの領域に片足突っ込んでない……?まあ、とにかくイロハちゃんの本気は分かったよ」


 つくづくおっそろしい兄妹だなぁ……と、オリヴィアは内心で呟いた。クロの妨害が入る中で姿の見えない斬撃を躱しきるビジョンがどうしても見えなかったのだ。


「このあとはギルドに戻るよね?」


「ああ。早いとこ達成報告もしたいしな」


「じゃあ私が送ったげよう。【空間転移テレポート】」


 兄妹が何か言葉を発する間もなかった。次の瞬間には運河も停泊場も消え去り、3人を聞き覚えがある喧騒と果実酒の香りが包み込む。


「え、え……!?」


「よっし。それじゃちゃっちゃか報酬貰っちゃおうか」


 混乱するイロハの手を取り、オリヴィアはスタスタとベアトリスが受付をしているカウンターへ歩いて行ってしまう。


「ベアちゃーん。達成報告したいんだけど!」


「俺たちの依頼だけどな」


 少し遅れて来たクロが、営業スマイルに少し困惑の色が見えるベアトリスに依頼書を手渡した。


「はい、確かに依頼の達成を確認しました。こちらが報酬ですので、お確かめ下さい」


 受付カウンターに置かれた袋を開き、クロは中身を改めた。依頼書の記載通り、20枚の金貨が収まっている。間違いなく、兄妹が初めて手に入れたお金だった。


「ところで、オリヴィアさんは何故お二人と一緒に……?」


「ちょっと見学させて貰っただけ。依頼書見れば分かるだろうけど私は手出ししてないよ」


「そんな機能まであるのか……」


「依頼書は記録媒体としての側面もありますからね。お金も絡む話なので、誰が依頼を受けて誰が受けていないのかははっきりさせないといけませんから。ちなみに依頼を受けていない方が他人の依頼に介入した場合はその方の分の報酬と素材の入手権は発生しないことになっています。『ピンチになっていた他のハンターを助けた』等の場合も考慮してペナルティの類いはありませんが、基本タダ働きになりますので横槍を入れることにメリットはないと覚えておいて下さい」


「了解した。解説感謝する」


「いえいえ、これも仕事ですから。お疲れ様でした。素材の買い取りや金貨の両替は隣のカウンターをご利用下さいね」


 ベアトリスが隣を指し示すと、買い取りカウンターの番をしていた受付嬢チロルが小さな身体を弾ませながら兄妹を手招きしていた。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 サメの頭は4つで金貨1枚分程度の値段で売れた。金貨を5枚だけ残してその他を銀貨と銅貨に崩してもらい、兄妹とオリヴィアはギルドを後にした。日はかなり西側に傾き、買い物や仕事帰りらしき人々が目立ち始めている。


(銅貨1枚で安いパンや野菜が1つ。銀貨は銅貨10枚分で、金貨は銀貨10枚分……か)


 空間収納ストレージに入れた硬貨のズシリとくる重みを思い浮かべながら、クロは教わった貨幣価値をおさらいしていた。少なくとも当分は食べるのに困らなそうな額を稼げたと思われた。


「一応先輩として忠告しておくけど、金貨21枚なんて結構あっという間に無くなるから、油断は禁物だよ?……私なんか1日で使い切ったことさえあるしね」


 そう語るオリヴィアの瞳には淀みと実感がこもっていた。


「……肝に命じておこう」


「そうしなされそうしなされ……この後はどうするの?」


「流石に疲れたからな……教会に戻ろうと思う」


 思い返せば、今日はまず犬頭の悪魔と激戦を繰り広げ、試験戦闘で高ランクハンターを2人同時に相手取り、更にはほとんど間を置かずにサメのハンティングに挑む、と、かなりハードな1日だったのだ。魔人の肉体はタフではあるが、それでも疲労は着実に蓄積していた。


「ん、分かった。実は私も教会には用があるんだよね。せっかくだしこのまま一緒に行ってもいい?」


「歓迎。ね、にぃ様?」


「ああ。もちろん」


「ありがとう!じゃあお礼じゃないけど、こっから教会までの面白い所をガイドしてあげるよ。例えばあそこのブティッ――」


 前方の大きな窓が目を引く石造りの建物を指差したオリヴィアだったが、直後に怪訝な顔をして言葉を切る。


「……どうしたの?」


「いや……その……」


 兄妹もオリヴィアの視線を追うが、2人は特に怪しげなものを見つけられなかった。強いて言えば青銅色の鎧と、頭頂部からうなじに掛けて垂れ下がる赤い羽根飾りの付いた兜を身に付けて道の端に立っている、パトロール中らしき1人の騎士が景色から浮いているように見えるくらいだった。


 しかし、オリヴィアの訝しげな視線は、正にその騎士へと向けられていた。


「市内警邏の騎士ってね、基本は不測の事態に備えたり視野を広くするために2人1組で行動するものなの。あと威圧感を与え過ぎない為にフェイスガードは上げておく。何より……」


 低い声でそう説明したオリヴィアの視線が少し上向いた。彼女が抱く、最大の違和感に向けて。


「兜の羽根飾り。赤色はの証だから――こんな場所にいるはずがないんだけどなぁ?」


 その、直後だった。


 ゆらりと、


 件の騎士が腰の剣を鞘走り、丁度目の前を通りかかった若い女性目掛けて振りかぶったのは――

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