魔人兄妹のシャークハント 続

「あれは……コウモリか?」


「アルヴァンスシロコウモリだ。ここいらじゃ珍しくもない生き物だぜ」


 ダンカンが白い影の正体を明かしながらゴンドラの速度を落とす。翼長40センチ程度のコウモリたちは一定範囲を滞空しながら、時折水中に飛び込んで小魚を捕らえていた。


「奴らがたむろしているのは直下の水中に魚群があるからだ。そして魚群があるってことは、そいつらをエサにしている大型の魚も寄って来るってことよ」


 となれば当然、と、ダンカンが言うか言わないかの内に、水面を引き裂いて大剣鮫シャークレイモアが飛び出した。口に咥えられている魚もかなりの大物のはずだが、それが小魚と錯覚させられてしまう程の圧倒的なスケールを誇る巨体。着水の衝撃で押し寄せた波がゴンドラを揺さぶり、バランスを崩したイロハが短く悲鳴を上げる。


「さっきの奴より一回りデカいか……?」


「恐らくメスだな。繁殖期が近いからいつも以上の食欲だろうぜ」


 サメは食事に夢中なのかまだクロたちには気付いていないようで、獲物の品定めをするかのように運河の底の方をゆっくりと旋回している。


「イロハ、空中で待機しておけ。どうも飛び上がるのが好きみたいだからな」


「分かったわ」


 指示を受けたイロハが【風駆け】を使ってゴンドラの上から消えると、クロも立ち上がって電流を流し込んだダーツの先端を水中のサメに向けた。


 その時クロは視界の左奥、かなり離れた位置に緋色のマントを羽織ったオリヴィアの姿を認めた。手にした長杖を目立つように激しく振りながら、何かを訴え掛けているように見えた。


 直後にイロハの声が風に乗って飛んで来て、クロはオリヴィアが何を訴えようとしていたのかを知った。


『にぃ様!前方からサメ、追加で2匹!!』


「何だって……!?」


 見れば、遠方の水面が激しく波打ち、2匹のサメが縺れ合うようにして空中へ躍り出た。錐揉み回転するように飛沫を散らせながら着水したサメたちに驚いたコウモリたちがキィキィ喚きながら飛び去っていく。2匹のサメはお互いしか視界に入っていないかのように暴れ狂い、巨体を壮絶にぶつけ合っていた。


『何これ……ケンカしてるの?』


「こりゃF-4にいたはずの連中か!?どつき合いしながらこっちまで移動して来やがったのか!!」


 予想外の光景にダンカンが驚きの声をあげる。2地点に分散していたはずの討伐対象が、ここに集結してしまっていた。


「しかし何故こいつらは同族で争い合っているんだ?」


「ありゃメスの取り合いだ。ほら、さっき繁殖期が近いって言ったろ?」


 そのケンカの原因らしきメスの個体はオス同士の争いなどどこ吹く風と言った様子で、相変わらず魚群を追い回していた。


「と言っても、この季節になるとオスは普段以上に気が立ってやがるから、近くにメスがいようがいまいが関係なくすぐケンカになるんだがな」


 一方のオスがもう一方の首に噛みつきながら大ジャンプしてその巨体を水面に叩きつけ、爆裂した水飛沫がクロの頬を叩いた。水中を激しく動き回っているせいで、ゴンドラの上からオス2匹の動きを把握するのは至難の業だった。


『にぃ様、多分私の方がサメの動きが分かりやすいと思うの。合図したら、メスを引きずり出してくれる?』


『何か策があるんだな?分かった。お前に任せよう』


「おいおい、いったいどうしようってんだ?お嬢ちゃんはどっか行っちまうし……」


 イロハの提案を受け、再びメスに向けて魔銀のダーツを向けるクロへと、ダンカンが困惑気味に尋ねる。遠く堤防のオリヴィアもまた、兄妹をじっと見守っていた。


 首に噛み付いていたサメの顎が激しい抵抗によって離れ、形勢が逆転する。お返しとばかりに、今度は噛み付かれていた方のサメがもう一方を引き摺り回すように円弧を描いて水底を泳ぎ回り始めた。


『今よ!』


 その様子を見て鋭く叫んだイロハに応え、クロは電流を湛えたダーツを【明晰なる飛空刃シャープ・シューター】で水中へ放った。魚雷の如く猛進した銀の輝きは過たずメスのサメの脇腹を穿ち、その体内で電撃を解き放つ。


 堪らず空中へ飛び出したメスに、一陣の風が肉薄した。


「【舞燕まいつばめ】」


 ジェット噴流じみた突風で加速したイロハが縦回転斬りを見舞い、一瞬の内にサメの首を刎ね飛ばす。更にイロハはサメの胴体を両脚で蹴り、弾丸の如く後方へ飛び出した。


 そこに、丁度運河を突き破った2匹のオスが躍り出た。ケンカに夢中になっていた彼らに、迫り来る風刃を防ぐすべなど無い。


 瞬間的に伸長させた【乱流刃ストーム・セイバー】を体ごと回転させながら振り下ろし、イロハは2匹のサメの息の根を同時に絶った。首と胴体が泣き別れとなった3匹のサメの死骸が次々に運河に没して盛大な飛沫を上げる。


「にぃ様!やったわ!!」


「よくやった!!……うぉっとっ、と」


【風駆け】を解いて飛び込んで来たイロハを受け止めてクロは1回転するも、足元が不安定だったためにバランスを崩してゴンドラの縁に手を付いた。


「ありがとよ、お二人さん!しっかし、よくオス共の飛び出して来るタイミングが分かったな……」


 ダンカンが感心したように言う。イロハによる一瞬の殲滅劇は、オス2匹がジャンプする瞬間を読み切らなければ到底成立し得ないことだったからだった。


「ジャンプする前、あのサメたちは必ず円を描くように助走付けてたんだもの。慣れたら簡単だったわ」


「大した奴だぜ……こんな新人が育ってるならこの街も安泰だわな」


 ダンカンは白い歯を見せてニヤリと笑った。


「さて、こっからは俺らの仕事だ。報酬、楽しみにしとけよ?」

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