魔人兄妹はゴンドラに乗る

「2人共お見事!あと3匹だね!!」


 オリヴィアが堤防の石段を駆け下りながら兄妹たちに声を掛けた。クロが依頼書を確認すると、討伐数の部分に『1』としっかり刻まれている。


「ああ、残り2ヶ所だがまずはE-4番運河という場所へ行こうと思う。分かるか?」


「もちろん!しっかりナビゲートしてあげるよ」


 そう次の狩り場に向かう算段を立てている兄妹たちへ、更に近づいて来る者がいた。


「おぉーい魔女さまあ!今回の鮫狩りはあんたたちなのかい!?」


 3人が声のする方へ目を向けると、水兵セーラー風味の白い制服を着込んだ恰幅の良い壮年の男が走って来た。その手にはしゃもじのような形の先端部に青い宝石が嵌め込まれた長柄のオールが握られている。どうやらゴンドラの操船士であるらしい。


「あら、ダンカンさんじゃない。ううん、鮫狩りはこっちの新人2人。私は付き添いよ」


「新人んん!?いや新人の手際じゃなかったろあれ!?」


 ダンカン、と呼ばれた操船士は困惑したように兄妹と停泊場に突き立った鮫の首を交互に見やった。


「ま、まあそれはいい。鮫の胴体はいつも通りこっちで買い取るが構わないな?」


「……ああ、依頼書に書いてある通りだな」


 依頼書の報酬欄には、“大剣鮫シャークレイモアの肉の運河組合買い取り分が報酬に上乗せされる”との注釈が明記されている。討伐した鮫の肉をその場で買い取って貰う手筈が既に整えられていたらしい。


「だが、何故そんな仕組みに……?」


「それを知らねぇってことは……マジで新人なんだな。一言で言えば、この鮫の肉の需要が限られてるせいだ」


 ダンカンが首を失った鮫の死骸を見やる。集まった他の停泊場関係者たちが、馴れた手つきで鮫を解体していた。


「この鮫は角と装甲以外武具の素材になる部位はないし、肉はとても人の口に合う味じゃねぇってことで、もっぱらザンバレー牛の飼料の材料になってる。混ぜると牛肉の質が段違いになるんだとさ」


 ザンバレー牛、という名前にクロは聞き覚えがあった。ギルドでドルガンが注文していた料理に使われていた名前だった。


「で、そのザンバレーまで鮫の肉を運ぶにはゴンドラでアルヴァンス川を下って行くのが1番早いんだが、わざわざ停泊場で倒した鮫をギルドに運んで売却して、また停泊場に戻して出荷ってのは手間だろう?だから、倒した鮫をその場で俺たちが直接買い取るようになった訳だ。もちろんギルドも了承した上でな」


「なるほど、道理だな」


「ああそれと、武具に使える部位と魔晶は討伐したあんたたちのもんだ。荷物になるだろうから、依頼完遂までここで預かっといてやるよ」


「それはありがたい」


「よろしくお願い、します」


 クロの空間収納ストレージにはまだ余裕があるため鮫の首を収納するくらいは問題なさそうだったが、まだ魔晶の摘出には時間がかかりそうに見えたため、クロは早めに次の狩り場に移動すべく好意に甘えることにした。


「で、他に鮫が出たのはE-4とF-4だったな?そっちには行ったのかい」


「えっと……ここが最初」


 おずおずとイロハが答えるとダンカンはそうかそうか、と何度か頷き、


「よっしゃ、なら高速ゴンドラを出すから乗ってってくれ。鮫の所まではそれが1番早いからな。もちろんあんたたちの足の方が速いってならそれでいいが……」


「せっかくだから乗っけてって貰えば?私が案内するつもりだったけど……この街で暮らすなら、1回ゴンドラの乗り心地は味わっておいた方が良いと思うのよ」


「そうするか?イロハ」


「うん、私も乗ってみたい」


「決まりだな。運賃に関しては新人の応援ってことで今回はこっちで持ってやる。次回からは報酬から差っ引くからそのつもりでいろよ?」


「……何から何まですまないな」


「気にすんな。その分鮫をさっさと倒してくれる方がこっちとしてもありがたいからよ」


 ちょっと待ってろ、とダンカンは手をヒラヒラと振りながらゴンドラの所まで走って行った。


「じゃあ、私は先に行ってるね」


「あんたは乗らないのか?」


「チャラにして貰えるのは君たちの分だけだろうしねー。あとゴンドラより速いのよ、私」


 それだけ残して、オリヴィアは踵を返すと瞬間的に姿を眩ました。クロも舌を巻く程の鮮やかな空間転移テレポートだった。


「……期待に応えなきゃね、にぃ様」


「ここまで便宜を計って貰ったんだ。希望通り早々に片付けるとしよう」


 ダーツをくるりと手の中で回し、クロはイロハと共に出港準備の終わったゴンドラに飛び乗った。



◼️◼️◼️◼️◼️◼️




 風と波を切り裂き、白い流線型が運河を南の方へ突っ走って行く。鮫とほぼ同じサイズ感の高速ゴンドラは、遮るもののない運河の中央を時速70キロ程で航行していた。川縁を歩く住人たちが何事かと足を止めていく。


 操船を担当するダンカンの腕もあってか、これ程のスピードが出ているにも関わらず不快な揺れはほとんどない。


「普段は他のゴンドラもいるからこんなに飛ばせねぇんだ。緊急時の特権ってやつよ。気持ちいいだろ?」


「最っ高!!」


 ゴンドラの端に手を付いて身を乗り出すようにしながら、イロハがキラキラと目を輝かせる。もちろんイロハはこの高速ゴンドラよりスピードを出すことも出来るが、自力で高速移動する場合は周りの景色を眺める余裕などないため新鮮な気持ちだった。


 そんな高速ゴンドラを操っているダンカンだが、彼は別に手にしたオールで船を直接漕いでいるわけではなかった。クロが注視したところ、ダンカンの魔力がオールを伝い先端の宝石から水中に発散されているようだった。その発散された魔力が水の流れを操作し、ゴンドラを加速させている。


「にぃ様、にぃ様!」


 イロハに声をかけられ、ダンカンの繊細な魔力操作に見入っていたクロは我に返った。


「すまない、どうした?」


「まだ遠いけど、前の方で何かの群れが水面スレスレを飛び回ってる……鳥、じゃないみたいだけど」


「お、分かるのか嬢ちゃん!だったらその近くに多分鮫がいるぞ!!もうすぐE-4番運河だしな」


 ダンカンの口から出た鮫という単語に、兄妹はすぐさま気持ちを切り替える。


 程なくしてゴンドラの進行方向に、飛び交う白い影の群れが姿を現した。

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