魔人兄妹のシャークハント
「あれが
橋の欄干から身を乗り出すようにして、クロが水中の巨体を観察する。全体的なシルエットは名前の通り鮫そのものだが、鱗が変化したものと思しき銀色に輝く装甲が身体の前面を覆い尽くしており、普通の鮫と比べてかなりマッシブな体型に見えた。背鰭すらも隆起した装甲に埋没してしまっていてほとんど確認出来ない。
そして何より特徴的なのは、前面装甲の先端から突き出した、両刃の大剣のような形状の巨大な角。5、6メートル程もある全体長の約3分の1を占めており、その角のおかげでかろうじて流線型のシルエットを保っていた。
ベアトリスからの情報によれば、極めて気性が荒くかつ神経質で、自分の付近に小石が着水する程度の刺激でもたちまち水面から飛び出て暴れ出すという。
「……凄い角」
「でしょう?普段はあれで水底をかき分けて獲物を探すんだって……ヒラメとか、ヒラメとかさぁ!」
ギルドで食していたムニエルが好物らしいオリヴィアは言葉の途中から肩を怒りで震わせつつ、欄干をギリギリと音がする程に握り締めていた。
「そうでなくとも、あんなものが運河を泳いでいてはおちおちゴンドラも動かせまい……漁をするにせよ人を運ぶにせよ……」
「運河は王都の第2の血管だからね。あいつがいると遊覧用、漁用、運搬用、高速型全てのゴンドラが動かせなくなっちゃうのよ。放置すると各方面に大打撃」
「……それなのに、特に緊急事態って訳でもないのね?」
イロハが橋を行き交う人々を見ながら言った。皆鮫が運河を泳いでいることなど気にしていないかのように、普段通りの振る舞いを見せているようだった。
オリヴィアが苦笑混じりに言う。
「それねぇ……さっきも言った通りこの鮫退治って街中で出来るじゃない?確かに慣れてないハンターにはキツイ仕事だけど、実力ある人たちにとっては『じゃあついでに鮫狩って帰るかあ!』みたいなノリで片付けられる依頼でしかないのよ。だから侵入されてもだいたいスピード解決されておしまい」
「その辺りはあくまで中の下クラスの魔物の域を出ない、ということか……」
あまり緊張する必要もないのかもしれない、とクロは思い直す。視線の先にいる鮫は、間も無く兄妹のいる橋から100メートル程離れた高速ゴンドラの停泊場に差し掛かろうというところだった。停泊場は堤防側の辺が長い台形をしており、戦うには十分なスペースがあった。ゴンドラの操船員などは堤防の上にある待合所の建物に避難しているらしく、今なら邪魔も入らない。
「仕掛けるならあそこが良さそうだ。いくぞ、イロハ」
「はい、にぃ様!」
言うが早いか、2人は揃って橋の欄干に飛び乗ると、そのまま川に向かって飛び降りた。泡を食ったように水面を見下ろすオリヴィアを置き去りに、兄妹はジェット気流じみた突風を纏って水面のスレスレを飛行し、鮫に先んじて停泊場へ着地した。
後方から風が水を裂く轟音が迫って来ることに驚いたのか、水中を銀色の巨体が激しくのたうち始める。
「奴の攻撃は俺が引き受ける。お前はその隙に仕留めろ。遠慮はいらん」
「うん、任せて」
靴の裏を石の床面に擦りつけるようにして制動を掛けつつ、クロがイロハに指示を出す。イロハが仕込み杖を解放し、さらけ出された白銀の刃が陽光を跳ね返した。
(おお、あれも全
追い付いて来たオリヴィアが堤防の柵に手を突くと同時に、煌めく水面を突き破って鮫がその全身を現した。
アーチを描くように着水の体勢に入りながら、その赤い瞳が兄妹を一睨みする。
「!!」
その瞬間に放たれた形無き魔法を、クロは瞬時に張った結界で弾いた。
「今のは!?」
「ベアトリス嬢の話にもあった物体脆化……分かりやすく言えば防御力低下の魔法だろう。食らってもさして影響はないが、防いでおくに越したことはない」
鮫は激しく飛沫を立てて着水すると、水中を高速で泳ぎ始める。既に兄妹を完全に敵として認識していることは明らかだった。赤い眼光が一瞬たりとも兄妹から離れない。
「【
「『風よ集え。我が望みしは断絶の刃』――!!」
攻撃に備え、クロは電光を這わせたダーツの先端を指揮棒のように突き付け、イロハは幾重にも風を纏いつかせた白刃を上段に掲げて上級魔法を詠唱する。対する鮫は大きく弧を描くように距離を取り、停泊場の北側の端から助走を付けて突撃して来た。
銀光照り返す巨体が宙へ躍り出る。触れる物全てを粉砕する大剣の如き角が構えられる。
決着は一瞬。
「――【
「――【
鮫の巨体が停泊場に乗り上げた瞬間、
激しく回転しながら高く宙を舞った鮫の首が停泊場に突き刺さり、その瞳から光が消失する。
「やったわ!にぃ様!!」
「見事な一撃だったぞ。イロハ」
ハイタッチする兄妹へ、堤防の上から拍手の雨が降り注いでいた。
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