魔人兄妹の初仕事

「――はい。これで依頼の受注手続きは完了です。達成状況は自動で記録されますので、『完了』の文字が表示されましたら、カウンターにこの依頼書をご提示下さい」


「ありがとう」


「気を付けていってらっしゃいませ」


 手続きを担当した受付嬢ベアトリスの笑顔に見送られ、兄妹はギルドの外に出た。


「……かなり、手の込んだ魔法がかけられているな」


 ギルド最寄りの運河に掛かる大きな橋の欄干に背を預けて、メモ帳サイズの依頼書をつぶさに観察しながらクロが言った。依頼書には『討伐目標と必要討伐数』『報酬金額』『予定地点』など、依頼のために必要な情報が書かれている他、『自動修復』『文書改竄防止』『不正防止用魔法が解かれた場合の緊急用アラーム』といった複数の魔法がかけられていた。


 また依頼書の裏面には、弓矢と剣と一対の翼を組み合わせたようなギルドの紋章がスタンプされており、仄かな黄緑の光を放っている。


(やろうと思えば術式を弄れなくもないが……まあやる意味はないな)


「達成条件を満たすと『完了』って文字が出るんだっけ?」


「らしいな。手続きをして貰った時に、ベアトリス嬢が押してくれたこのスタンプによって依頼書の各種魔法が起動する仕組みになっているようだ」


「そうそうその通り。よく出来てるわよね」


 突然割り込んで来た声に、兄妹は驚いて顔を上げる。そこには、緋色の帽子にマントを羽織ったギルド最強の魔女の姿があった。


「……なんだ、あんたか。驚いたぞ」


「ごめんね?気になって後を付けて来ちゃった。2人とも認識阻害なんか展開してるから見失わないようにするのが大変だったよ……」


「あんたみたいなのが追って来ないようにするためだったんだがな……」


 手続きの終わり際にホール方向から興味津々な視線を複数浴びていたため、クロとイロハは自由なる旅人の装束ワンダラーズ・クロスの認識阻害を発動させながらギルドを出て来ていた。しかしそれも、オリヴィアには通じなかったらしい。


「私の方が1枚上手だったね?」


 ふふん、と悪戯っぽく笑うオリヴィアに、クロは苦笑を返した。


「ところで、何の依頼受けたの?」


「えっと……『大剣鮫シャークレイモア』4匹。よね?にぃ様」


「ああ」


「んんんん?」


 兄妹が依頼内容を伝えると、オリヴィアは変な声を出した。


「……おかしいな。いくらDでスタートしたとは言っても、およそ新人の初仕事には到底おすすめ出来ない奴の名前が聞こえたんだけど?」


「やっぱりそうなの?ベアトリスさんに依頼書を見せた時もちょっとだけ難しい顔してたから……」


「最終的には標的について丁寧にレクチャーしてくれたから、俺たちであれば問題ないと判断されたんだろうがな」


「まあ……確かに2人なら大丈夫、かな?ちなみに何でわざわざこいつの討伐依頼を?」


「街中で片がつく依頼だったからだな」


「やっぱりかあ……」


 オリヴィアが気持ち天を仰ぐようにする。


「遠征する手間がかからないからって、昔はよくDランクに上がりたての連中が受注しては返り討ちにされてたのよね……今はベアトリスさんたちの熱心な注意喚起のおかげでそういうのは減ったけども」


「硬い・速い・攻撃を当てにくい……の三拍子揃ったかなり面倒な奴だとは聞いたな……まずは実物を確認しないことにはなんとも言えんが。いまいち、場所がわからん」


 依頼書によれば、兄妹のターゲットである『大剣鮫シャークレイモア』は街中を幾本も流れている運河に出没しているため空気に触れておらず、イロハの『風読み』が機能しない。街の地理に明るくない兄妹はまず探すだけでも骨が折れそうだと考えていた。


「ああそっか。2人は王都に来たばかりだもんね……ちょっと見せて?」


 オリヴィアはクロの持つ依頼書を流し読みし、すぐに周囲を見回し始めた。


「A-3番運河は……お、ちょうどここじゃない。他の2ヶ所はもうちょっと南の方かな」


「存外近くにあったんだな……ありがとう。助かった」


「いえいえ~。あ、せっかくだからこのまま私に道案内もさせてくれない?大丈夫、獲物の横取りはしないからさ」


「そうだな。お願いしようか」


「うん、私も賛成」


「おっけー、よろしくね!……んじゃあまあさしあたって――」


 オリヴィアが橋の欄干から運河を覗き込む。西の空に傾き始めた陽の光を反射して輝く透明度の高い水面には、普段行き交っているはずのゴンドラが1艘も見当たらない。


 代わりに、いつの間にか現れていた招かれざる銀色の魚影が、その巨体を左右にゆっくりと揺らめかせながら我が物顔で運河の中央を泳いでいる。


「――最初の1匹、サクッと狩っとく?」

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