魔人兄妹と『烈火の石人』
「
「流石にあんた程の容量はないけどな。何かと便利だから頑張って習得したよ」
クロはそうオリヴィアに答えたが、施設にいた当時のクロはこの魔法は逃亡するために何かと便利、どころか必須であると考えており、かなり早い段階で習熟させていたのだった。
「だよね!私ももうこれを習得する前には戻れないなあ……手荷物がいらないのホント楽チンだし……」
「奇襲するにももってこいだしな」
「ああ……闘技場に武器全部持って来てたアレね。ビックリしたわよもう……いきなり床を壁にしたかと思ったら次の瞬間には大量の武器がスタンバイされてるんだから」
「使える本数に制限はなかったみたいだったからな……せっかく用意されていることだし、ありったけ運び込んだ」
「普通はそういう考えにならねぇんだがなぁ……?まあお前さんの場合は
ドルガンが後頭部をガシガシと掻いた。模擬武器を積むワゴンには多種多様な武器類が用意されているが、通常余程の芸達者でもない限りは己の得意武器のみを選ぶものである。“せっかく用意されているのだから”という理由で全ての武器を使おうと考え、更にそれを自然と実戦に組み込めるような者は間違いなくレアケースだと言えた。
すると、ドルガンの発言を聞いたオリヴィアがハッとしたような顔をする。
「そうよ、そう、あの
「あ、待って
不意に、クロの背後の3人掛けテーブルから慌てたような声がした。兄妹が振り返ると、菫色のヴェールを重ねたような不思議なデザインの衣装を纏った女性が、身を乗り出すようにテーブルに手をついて荒い息を吐いていた。年齢はオリヴィアより少し上くらいか。露出している白い肌の面積の多さにイロハがまたもや目を丸くする。
しばらく場が沈黙した後、女性は自分に視線が集まっていることに気付いてか、我に返ったように椅子へ座り直して咳払いした。
「……突然割り込んでごめんなさい。私はシーラ・ルーチェ、
「!!」
自己紹介を聞いたクロは驚き思わずシーラの方へ向き直りながら姿勢を正した。
「なんと、本職がいたか。先程は御目汚し失礼した……」
「いやいやいやいやいやいや、むしろ逆だって!!私の方がご馳走さまって言いたいくらい見入っちゃったんだから」
頭を下げるクロと慌てふためいて両手を振るシーラのやり取りに、傍目で見ていたオリヴィアはクスッと笑った。
「そうだよね。せっかく
「え、いいの?ありがとう」
「せっかくだ。参加させて貰うか」
オリヴィアの誘いをシーラの仲間2人も了承したため、一同はテーブルを気持ち近付ける。
「じゃあ紹介するね。こちら『烈火の
「ロイド・アーグレー、宜しく」
クロの方に手を伸ばすのは、灰色の髪にウェーブをかけたラフな服装の成人――クロの見立てでは30代には達していない――男性。背中に黒
「セリア・エルサークよ。宜しくね」
一方イロハの方には、髪や瞳に合わせたのか全身を赤で統一した少女が手を差し出す。仲間のシーラとは対象的に肌の露出はほとんどなく、各所のポケットから何らかの薬品入りと思われる試験管が覗いていた。
「お初にお目にかかる。クロとイロハだ」
「あ、えっと……よろしく……」
新たに反省会へと加わった2人に自己紹介と握手を交わす兄妹。特に動きにぎこちなさが目立つイロハに、赤いポニーテールが目を引くセリアは優しく微笑みかけた。
「ちょっと緊張してる?大丈夫よ。これからみんな仲間になるんだしさ」
「……こうして見ると人畜無害な美形の令嬢にしか見えねぇんだがなぁ。とてもドルガンの旦那を正面からブチ抜いた奴と同一人物とは思えん……」
「おめぇも1回手合わせして貰えばいい。あのプレッシャーは尋常じゃあねぇぞ?」
「いや遠慮しとくよ……さっきも目で追いきれなかったからな」
ロイドがヒラヒラと手を振って辞退すると、ドルガンは豪快に笑いながら麦酒を呷った。綺麗に片付けられていたはずのテーブル上にまたも空のジョッキが並び始めている。
「でも確かに可愛い服だね……かなり強力な魔力を感じるけど」
「あ、それは私も思ってた。攻撃が掠めると表面に電気が弾けるのよね。どこかのオーダーメイド品とか?」
イロハは小さく首を横に振ると、よくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張った。
「にぃ様が作ってくれたの」
「へぇ……そうなんだ。凄いね……」
シーラが菫色の瞳で兄妹を流し見る。ハンターの武器防具は基本的に店売りの物を買うか武具工房へオーダーメイドを依頼する場合が多いため、装備を自作出来る者は少数派だった。兄妹はシーラの他にもあちこちから物珍しげな視線を注がれているのを感じ取っていた。
「マジかよ。お前さん裁縫なんか出来んのか……おれぁ細けぇ仕事はどうもなぁ……」
「いや、俺も自分の手で縫ったわけじゃない。
「……………………はい?」
クロのその言葉に、シーラは困惑しきった表情を浮かべた。
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