魔人兄と石人形使い

「待って……待って?」


 シーラの隣で、オリヴィアもまた額を押さえていた。聞いた情報を己の常識と照らし合わせ、理解出来るように噛み砕こうと苦心している様子が伺える。


「ごめんもう1回聞いていいかな?何を使って、何をしたって……?」


「5体の石人形ゴーレムで服を縫った。おかげで良い時短になったよ」


「聞き間違いじゃなかったかあ……」


 揃って頭を抱える魔法使い2人に、空になったジョッキをテーブルに置いたドルガンが不思議そうな顔を向けた。


「どうしたよ?こいつがやったことはそこまでおかしいことなのか?そりゃ俺だってあんなちょこまかした石人形ゴーレムなんか初めて見たけどよ……」


「申し訳ないけどはっきり言って狂気の沙汰」

「私はプロじゃないけど流石に石人形ゴーレム裁縫が曲芸の類いだってことくらい分かるわよ……」


 魔法使い2人はドルガンの疑問を即座に切って捨て、すぐにシーラが言い聞かせるような口調で話し始めた。


「えっとね?ドルガンさん。さっきロイドとセリアにも言ったんだけど問題点は石人形ゴーレムがちょこまかしてることじゃなくてその精巧さと同時に操作してる数の方なんだよ。石人形ゴーレムって正確に人間を模したりしようとすると自然と多機能になっちゃうからそれに比例して操作する難度も上がってくの天井知らずに。だから普通の石人形使いゴーレムマスターはなるべくシンプルな形になるように戦闘用石人形ゴーレムを組むんだよ。極論殴れて壊れないだけでいいんだから」


「お、おう……」


 急激に言葉が加速していくシーラにドルガンがたじろぐ。普段は泰然としている印象が強いだけにここまで興奮している彼女の姿はある意味新鮮であった。


「でも彼の石人形ゴーレムはそうじゃない。普通の石人形使いゴーレムマスターが二の次にする敏捷性を最優先に、とにかく『オリヴィアの動きを封殺する』という目的に必要な機能をありったけ詰め込んでた。それだけでも相当高難度なはずなのに彼はそれを5体同時に操ったんだよ自分でも普通に戦闘しながら!これは神業なんてレベルじゃないもう設計思想というか頭の中身というか魔力操作技術というか何もかも違い過ぎて……あああ自分でも何言ってるのか分からなくなって来た」


「シーラ、シーラ1回落ち着こう?とりあえずあんたの石人形ゴーレム愛は伝わったから……」


 セリアが差し出した水を呷りシーラはひと息つく。


「……要は規格外なんだよ。いい意味で普通じゃないから多くの人はあれの正確なヤバさが分からないってこと」


 ね?と、シーラが周囲に目配せすると、同じ石人形使いゴーレムマスターであるらしい数人のハンターが激しく首肯した。


 予想外の高評価に、クロは内心少々驚いていた。今よりも性能が低かったとはいえ、施設にいた頃は“盾、及び近接打撃戦という石人形ゴーレムに求められる役割をこなせないため使いものにならない”と断じられてばかりいたためだ。


「いや、安心した。本職の方々のお眼鏡にかなったのなら、これ程光栄なことはない」


「君も十分本職を名乗っていいと思うけどね……?一般的じゃないってだけで、石人形ゴーレムを作り動かす技術はあれだけ凄まじいんだしさ……というかあそこまで精巧だと芸術作品としての価値もありそうだね」


「そうそう、ホントに小さい女の子が動き回ってる感じで……あれってやっぱりモデルはイロハちゃんなの?」


「ああ」


 と、クロがイロハの肩を引き寄せる。


「俺もかつては小さい石人形ゴーレム2、3体の操作が限界だったんだが……こいつをモデルにしたら性能が飛躍的に向上した。好きなものをイメージの中心に据えたからかもしれない」


「も、もう、にぃ様ったら……」


 頬を気持ち膨らませるようにしたイロハが兄に抗議するような視線を向けるが、まんざらでもない様子なのはその場の全員に伝わっていた。


「参考になる話と兄妹愛をありがとう。そうか……好きなもの、ね……」


 聞いたシーラは少し考え込む。【石人創成ゴーレム・バース】とは汎用魔法であり、その他の汎用魔法の例に漏れず、多くの人々が使えるよう魔法の構造や組み立てるべきイメージは教本などで統一されていた。すると必然的に、習得者たちはみな『岩石で出来た巨大な人形』を作り上げることになり、それこそが石人形ゴーレムのあるべき姿であるというイメージが固定されていく。シーラもそういうイメージを持っていたし、シーラに【石人創成ゴーレム・バース】を教えた師やギルドにいる他の石人形使いゴーレムマスターたちも同じだった。


 そんな彼らにとっては、実用圏外と思われていた小型石人形ゴーレムを用いてオリヴィアとドルガンという実力者2人を翻弄して見せたこのクロという男は正に新しい風だったのだ。


(彼、もしかしたら……たった今石人形使いゴーレムマスター界隈に革命をもたらしたんじゃ……)


 シーラはそんな想像さえしてしまっていた。恐怖とも歓喜ともつかないゾクゾクとするような感覚が全身を駆け巡る。


 受付嬢ベアトリスがテーブルにやって来たのは、そんな時だった。


「ご歓談中失礼します。クロ様、イロハ様、試験結果を通知致しますので、私に付いて来て頂けますか?」


「ありゃ……残念だけどお開きっぽいわね」


「なぁに、これから話す機会なんていくらでもあらぁ」


 話足りないといった様子のオリヴィアに、ドルガンがそう返す。兄妹の合格を、微塵も疑っていないようだった。


「ああ、とても有意義な時間だった。ありがとう」


「ええと……ご馳走様でした」


「おう!行って来い」


「あんたたちなら大丈夫さ」


「そうそう、心配ないって!端から見てても文句ない戦いぶりだったんだからさ!」


「吉報、待ってるよー」


 同席していた面々に見送られながら、兄妹は頷き合って席を立った。

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