魔人兄妹は舌鼓を打つ

「つじ……ぎり……」


「おうよ、『辻斬りジルヴァン』。何年か前にここメダリアとセルリオを結ぶ街道沿いにいた、甲冑姿の風精シルフィードだ」


(確定だな)


(確定ね)


 と、兄妹は気取られぬようアイコンタクトする。ドルガンの言う賞金首の特徴に、イロハの内に宿る風精シルフィードがピッタリと当てはまるのだ。


「しっかしこれが何とも奇妙な魔物でよ……辻斬りなんて呼ばれちゃいるがただの通行人や馬車には見向きもしねぇで、実力のある奴にだけ一騎討ちを仕掛けるっつうのを繰り返してたらしいんだわ」


「しかも打ち負かした相手へトドメも刺さずに去って行くっていうじゃない。おかげで死者は出てないらしいけど不可解過ぎるわ」


「……それなのに、賞金がかかったの?」


 兄妹も『賞金首』という概念は知っている。人々の生活に度々被害をもたらす魔物の中でも、特にその規模が甚大――いくつか村を滅ぼしたなど――なものが指定される区分だ。討伐に成功すれば、依頼の報酬にギルドからの懸賞金が上乗せされて支払われる。


 しかし話を聞く限りでは、ジルヴァンは何人か手練れのハンターを負傷させただけ。村を潰すどころか誰一人殺しておらず、賞金首の定義に当てはめるには被害規模が小さすぎるように兄妹には思えた。


「おうよ。っつーのも、奴が短期間の内に何人もの手練れを戦闘不能にしたせいでそいつらが受けるはずだった高難度依頼が解決されないまま放置されることになっちまってな……そういう依頼のターゲットは危険度も高いから被害がどんどん増えるばかりになるわけよ」


「なるほど……間接的にその他の魔物による被害を拡大させた咎で賞金首指定をされたということか」


「そういうこった。俺も当時は残ってたクリスタルドラゴン狩りの依頼なんかを幾つか掛け持っててよ……キツかったぜえ……」


 当時を思い出すようにやれやれと首を振りながら、ドルガンは5杯目の麦酒を空にした。イロハの目が点になる。


「だから、ドルガンさんは辻斬りの討伐には参加出来なかったのよね?」


「そうなんだよ……出来れば俺も一戦交えてみたかったが……帰って来た時にゃもうゴドノフの野郎が追っ払った後だったからなぁ」


(追っ払った……?)


 その言葉に、ジルヴァンの為人ひととなりを知るイロハは違和感を覚えた。以前「強者との戦いで死にたかった」というようなことを語っていた彼が、自分を追い払うような強者を相手にして撤退を選択するとは考えにくかったからだ。むしろ己の命尽きるまで斬り結ぶことを選びそうな気がしてならない。


(今度、会えたら聞いてみようかな……)


 そんなイロハの思考を受付嬢チロルの間延びした声が打ち切った。


「お待たせしましたぁ。アルヴァンスカワヒラメのムニエルとザンバレー牛ステーキ、蚯蚓の香草焼き2つなのです」


「お、来た来た」


「ムニエルこっちお願ーい」


 料理の乗った皿と入れ換えに空のジョッキ杯分を抱えたチロルが「ごゆっくりなので~す」と去って行くと、テーブルからは食欲をそそる香りが漂い始める。


 兄妹の前には、彩り豊かな多種のハーブで飾られた、薄桃色の肉の塊が乗った皿があった。食前の挨拶をしつつ、2人はナイフを肉に通して行く。ナイフの刃は一切の抵抗なく肉の繊維を断ち切り、その内に秘めていた肉汁と芳香を解き放った。


「ふわぁ……なにこれぇ……」


 鼻腔を刺激されたイロハが一瞬にしてうっとりとした表情になるのを横目で見ながら、クロは切り分けた肉片をフォークで口に運んだ。


「!!!!」


 途端に口中へ広がる肉の味わい、そしてハーブの香り。甘いような苦いような、辛いような弾けるようなそれが肉の旨味を更なる高みへと昇華させ、クロの未熟な味蕾を蹂躙した。とてもここ最近食べていたものと同じ種類の肉とは思えなかった。


 手が止まらない。ナイフを動かして肉を口に放るだけの機械になったかのように、クロとイロハは香草焼きを食べ進めていく。


 とろみのあるソースによく焼けた肉片を浸けながら、ドルガンが苦笑した。


「おいおい……まるで初めて料理を食べた人類みてぇな反応するじゃねぇか」


「そう言っても過言ではないかもしれん。何しろ、旅の間はちゃんと味の付いた料理とはほぼ無縁だったからな……」


 過言ではないどころか事実“ちゃんと味の付いた料理”を産まれ創られて初めて食べたクロはそう返した。施設での『栄養が取れて空腹が紛れるというだけのナニカ』とも、『肉をただ茹でたり焼いたりしただけの旅飯』ともまるで格が違う。これぞ“料理”を名乗るに相応しい代物だ、と自分に言い聞かせながら。


「そうよねぇ……私も遠征中はどうしても携帯食料とかが多くなっちゃうから、気持ちは分かるわ……食料は保存出来ても魔物を警戒して調理する暇が無かったりね」


「なんだオリヴィアおめぇまた空間収納ストレージがヒラメでいっぱいになってんのか?」


「いやまたも何も一度だってなったことないわよ!?せっかくの美味しいヒラメが絶滅するでしょそんなことしたら!!」


「……!!?」


 含んだ肉片を思わず吹き出しそうになるのをなんとかこらえ、クロはオリヴィアに視線を向ける。


「……いっぱいにするとヒラメが絶滅しかねない程の容量なのか?」


「おう。最高でドラゴンが1頭まるごと入るぜ?だから大物狩る時はこいつに声を掛けない手はねぇのよ。もちろん戦力的な意味でもな」


「おかげで私もホクホクよ。相応に忙しくもあるけどね」


「それは、凄いな……」


 クロのポケット内から繋がる空間収納ストレージの容量は一般的な六畳間程度であり、とてもではないがドラゴンを収めることなど出来ない。それが可能であるというオリヴィアの容量は少なく見積もっても家一軒程度はありそうだった。試験の時に見せた全方位火球やすり抜け回避を見ても、オリヴィアが空間系統魔法に相当熟達していることが分かる。


(何事も上には上がいるものだ……反省会を抜きにしても少しご教授願いたいかもしれんな)


 香草焼きの最後の一欠片を口に含みながら、クロはそんなことを考えるのだった。

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